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■笑顔

エースは旅する変な騎士だ。
ハートの城の軍事責任者で、それなのに職場放棄している困ったお役人さんでもある。
どこかはよく覚えていないけど、しょっちゅう会っていた人だ。
私はエースにおんぶされ、森の中で話をしていた。
「それで、さっきも遊園地に行こうとしてたんです」
「うんうん」
「でも遊園地が無くて、すごくガッカリして」
「へー、そうなんだ。それで?」
「遊園地がないからハートの城に行こうとしたけど、風邪引いちゃって」
「そうかそうか」
「遊園地が無いと本当に困りますよ。さっきも遊園地に行こうとして」
「そうだね。本当に困るよな。で、それから?」
エースは軽くはない私をおんぶしながら、歩調を全く緩めず歩いて行く。
私はひたすら遊園地が遊園地がと繰り返している。
しかも話がループする。
でもなぜか話さずにいられないのだ。
聞いている方にはさぞかし拷問だろう。
と思いきや、ループし続ける話を聞くエースは、少しも嫌そうではない。
むしろ、どこか嬉しそうにも見えた。

あのとき。
遊園地が無くてガッカリした私は木の根元で寝た。
それで完全に衰弱して動けなくなった。
それを通りがかった(というか迷子になっていた)エースが見つけて助けてくれた。
命の恩人なわけだ。彼は本当にいい人だ。

それからずっと私は彼に背負われ旅をしていた。
玉露の袋はエースが腰にくくりつけてくれたので、ずっと一緒だ。
しかし座る程度は出来るようになったけど、歩くまでは回復していない。
本当に長い風邪だ。
「ごちそうさま、美味しかったですよ、エース」
食事の時、私は頭を下げ、皿を返した。
エースは返された皿を見て、
「一杯目だぜ、ナノ。
しかもほとんど残してるじゃないか」
「もうおなかいっぱいですよ」
それは本当だ。何だか胃の辺りに妙な感覚があって、食欲がわかない。
きっと風邪で胃が荒れてるのだろう。
病中は胃に負担をかけない方がいいというし。
「そっかそっか。なら仕方ないよな」
騎士は笑い、私の残りを食べ始めた。
その笑みに、どこか暗い喜びがにじんでいるように見えたのは気のせいだろうか。
「それで遊園地の話なんですけどね、エース」
私は玉露の袋を抱え直し、また遊園地の話を始める。
「うんうん、それから?」
エースも応じてくれる。
私は遊園地が無くていかにガッカリしたかを話し続ける。
エースは相変わらず笑いながら聞いてくれる。
私はあんまり笑わない。
――あれ? さっき笑ったのはいつでしたっけ。
私は思い出そうとする。どうしても思い出せない。

……もしかして、クローバーの国になってから一度も笑ってない?

そう思った私は笑顔を作ろうとした。
でも口の端が妙に上がっただけで、変な表情になってしまう。
「ナノ、何やってるんだ?」
笑うエースが、目を細めて私を見ていた。
――あれ?
と私は気づく。
エースの目は笑っていない。
よく本で『顔は笑うが目は笑っていない』と表現する、ちょうどあんな顔。
笑顔ではない笑顔。
ああなんだ、と私は気づく。
笑っていないのはエースも同じだ。
「ちょっと笑おうとしたら、失敗しちゃって」
私は言う。
「あはは。君って本当におかしな子だよな」
エースは笑顔だ。でも本当は笑っていない。
私たち二人は、再会してから一度も笑っていない。

私の風邪はやたら長引いている。
風邪だから胃が痛い。
だから胃に負担をかけないよう、あまり食べない。
エースもその方がいいと言う。
だから食べない。
なのに風邪が治らない。
だから歩けない。
悪循環というやつだ。

「エース、ここはどこなんですか?」
ある時間帯。珍しく(いや初めて?)私の口から遊園地以外の話が出た。
……エースに背負われた変化のない旅路だけど、一つ何かあるとすれば夢だ。
夢の中の登場人物は、倒れっぱなしの私の身を心配し続けている。
私は夢の中では、だるさ全開で倒れ伏し、ほとんど話さないから。
それで夢魔は、この間は私を心配するあまり吐血していた。
悪い気がしたので、最近になって、やっとエースと一緒にいることを話した。
すると、みるみる厳しい顔になり、
『奴は危険だ』『今すぐ奴から離れろ』『場所を教えろ』
としつこく繰り返す。
エースは危険かと言われると、何となく分かる気もする。
でも歩けないんだから仕方ない。
旅の途中だから場所も分からない。
でもあまりにしつこいから、やっとさっきの夢で、夢魔に場所を教えた。
とりあえず周辺の地形を話したけど、分かったかどうか。
もっと詳しい場所を教えてあげようかと思った。
で、エースに場所を聞いたのだけど。
「さあ、どこだろうね。おっと、ここで行き止まりか」
エースが立ち止まる。
目の前は断崖絶壁だった。
何だか前にも同じようなことがあった気もする。
でもあのときより、はるかに険しそうな崖だ。
「ナノ、なあ、一緒に落ちようか?」
「え?」
私は思わず問う。
「下がどうなってるか、俺にもよく見えない。
一緒に落ちて、助かるか、助からないか。
賭けをしないか?」
「助からなかったら賭けになりませんよ」
「あはは。そうだね。
それじゃ、行こうか」
エースは崖の方へ歩き出した。つくづくチャレンジャーな人だ。
まあ、私はおんぶされてるから彼の決定には逆らえない。
――でも遊園地がないから、別にいいですかね。
体力と共に、判断力の鈍った私はぼんやりと考える。
遊園地が無ければ行くところもない。

「待て、騎士」
そのとき後ろから声がした。

今にも崖を飛び下りようとしていたエースの足が止まる。
私は緩慢に後ろを振り返った。
両の手にナイフを構えた男性が立っていた。

トカゲのタトゥーが、首元に見えた。


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