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■シチューと夢魔

どれくらい経っただろう。
口元に何かが押し当てられている。
――?
「ほら、口開けて」
誰かが何かを言っている。
でも目を開ける体力もない。
「ほら、開けて開けて」
おっくうだったけど、私は仕方なく口を開ける。
すると口の中に何かが入る。この硬い感触は、
――スプーン?
あと、それに乗って口の中に流し込まれた……シチューだろうか。
生理的な反応で、私は音を立てて飲み込む。
すると身体がほんの少し暖かくなった。
「よし、いい子だ。はい、もう一回口を開けて」
言われるまま、口を開ける。
今度はもう少し大きく。
またシチューが流し込まれる。
温かい。
口の中に唾液がわくのが分かった。
「はい、あーん」
口を開ける。
もう一度シチュー。
飲み込む。
それを何度も何度も繰り返し
「よし、これくらいにしとくか」
私は何かに横たえられる。
どうも今まで誰かの膝の上で頭を支えられ、食事をさせてもらっていたらしい。
上に温かい何かがかけられる。毛布だろうか
「おやすみ、ナノ」
誰かが頭をなでる。
大きな手。私は少し安心して、眠りの世界に入っていった。

「ナノ! 今どこにいるんだ!?」
「ナイトメア。久しぶりですね」
夢の中でも私は元気がない。
気だるく横になり、夢の中の存在を見上げた。
だけど、いつもはミステリアスな夢魔は余裕を完全になくして焦っているらしい。
「だから入り口に警備をつけるなと言ったんだ。
そうすれば君は中に入って、すぐ私と会えたというのに……。
だがそのことは後で謝らせてくれ!」
私は首をひねる。言っている意味がさっぱり分からない。
まあ夢だからそんなものか。
けど夢魔は私の思考にかまわずまくしたてた。
「今、こっちはあいつに命じて、君の事を探している。
でも見た事がない君一人を探すんだから、困難を極めている。
ナノ。君の今いる場所を教えてくれ!そしてそこから動かないでくれ。
そうすればあいつが君を迎えに行くから!」
一気にしゃべり、私の反応を待つ。
迎えに行くというのはどういうことだろう。
夢は願望を表すという俗説に従うなら、私は誰かに迎えに来てほしいのか。
ずいぶんと無精になったものだ。
でも夢魔はイライラしたように、
「違う違う! 今の私は、もう夢の中の存在じゃない!
今はクローバーの国で、私と君はもう直接会うことが出来る!
頼むナノ。君の居場所を教えてくれ。
今どこにいる!?」
そう言われても……どこだったっけ。
何しろ夢も見ない眠りに落ちて、かなりになる。
それにしても、つまり私はこの夢魔さんに直接会いたいのか。
夢の中の存在にすがるほど疲れていたなんて。
私はそこまで遊園地に行きたかったんだ。
「ナノ。いや、その話は後にしよう。
とにかく君の今いる場所を!」
そこで夢の輪郭があいまいになる。
どうやら目が覚める時間らしい。
「それじゃあ、またお話してくださいね」
私は夢魔に手を振る。
目が覚め、夢の国に別れを告げる最後の瞬間まで、夢魔は私に叫んでいた。
「ナノ! 頼むから居場所を……」

「ほら、口を開けて」
私は言われるままに口を開ける。
そしてまた流し込まれるシチュー。
でもあんまり欲しくない
「はは。もういらないの?じゃあ仕方ないな」
嬉しそうな声。
そして食事が終わる。
私はそっと目を開けた。
見えたのは、赤。
「……?」
「やあ、久しぶり」

スプーン片手に、ハートの騎士エースが笑っていた。


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