続き→ トップへ 小説目次へ ■遊園地はどこ? 風が冷たい。 どこか遠くで鐘の音が鳴っている。 元の世界にも、ああいう鐘があったんだろうか。 あの音を聞くと『家に帰ろう』と言われているように聞こえる。 「…………」 私は玉露の袋を抱え、丘の上から茜色に染まる不思議の国を見ている。 森がある、巨大な塔がある、ハートの城がある……帽子屋屋敷がある。 でも遊園地がない。 どこを探しても、目を懲らしても見つからない。 本当に不思議だ。 私は遊園地がないことを不思議に思って、いろんな人に聞いた。 遊園地はどうしたんでしたっけ? 遊園地は今どこにあるんですか? 遊園地はどうすればいけるんですか? 誰もが『何でそんな当たり前のことを聞くんだ?』という顔をして、でも何人かの人は教えてくれた。 ――もちろん、引っ越したんだ。 ――別の国に引っ越したに決まってるだろ。 ――引っ越したんだから、いけるわけがない。 引っ越し? 何ですか、それ。 どういうことですか、それ。 ……どうやら遊園地は『引っ越し』したらしい。 不思議の国の引っ越しは、やり方も豪快だ。 施設丸ごと、住民ごと引き連れ、ドカッと別の場所に行くらしい。 ゲームの盤面がスライドし、切り替わるように。 もしくは一枚のカードが取られ、別のカードが新しく置かれるように。 新しい盤面の名を『クローバーの国』。 ここはもう、前の国じゃないようだ。 いや、不思議の国はすごいなあ。 未だに理由は分からないけど人の中に時計が入っていたり汚れが自然に治ったり。 何もかもが魔法みたいだ。 でも困った。 せっかく遊園地に遊びに行こうと思ってたのに遊園地がどこにもない。 鐘が終わったけど、私はまだクローバーの国を見下ろしている。 遊園地はどれだけ目を懲らしても見えない。 どうしても見えなかった。 「…………」 私は木の根元に座っている。 遊園地がなくなった衝撃で少し忘れていたけど、私は風邪を引いていた。 だから遊園地を探すことをあきらめて、ハートの城に行こうとした。 ハートの城には知り合いがいる。 知り合いは、一応私に好意を持ってくれているようだから、多分泊めてくれる。 でも行こうとしたら、足から力が抜けてしまった。 私はどうしても遊園地に行こうとしていたから。 あきらめきれず、あちこち歩き回った。 でもどうしても見つからなくて。 この国は狭いから、個人で回りきるのは不可能では無くて。 でも遊園地はなくて、 それで、遊園地にどうしても行けないんだなあと。 お馬鹿な私にもようやく分かって。 そうしたらがっかりして動けなくなった。 ああ、行きたかったなあ、遊園地。 コーヒーカップのジェットコースターとか、乗ってみたかった。 でも絶叫系は嫌いだってユリウ…… 「ああ、遊園地が無くて本当に困りました」 私はなぜか一人呟く。 そして玉露の袋をぎゅっと抱きしめ、また遊園地のことを考える。 不思議と遊園地のことを考えるほど、ハートの城に行く気がなくなる。 ――でも、風邪引いているのに外でまた寝るなんて……。 熊さんやオオカミさんだっているし、いかがわしい考えを持った男の人だってうろついているかもしれない。 何より、風邪が悪化する。 いや、すでに悪化している。もう立つことも辛い。 ――でも、もういいですよね。他に行くところもないし。 私は、遊園地の人に置いていかれた。 それはそうだ。 引っ越し出来るのは遊園地丸ごとと、従業員さん、従業員のご家族らしい。 あと周辺敷地内に住んでる人たち。 つまり遊園地に属する人。 お客さんの私が、遊園地の引っ越しについていけなかったのも当然だ。 私は遊園地のお客さんで、遊園地に所属しているわけじゃないんだから。 ――行きたかったですね、遊園地。 ひたすら、遊園地のことだけを考えた。 目を閉じたらもう起きられないのではないかという気もしたけど、別にいいかと思えた。 私は玉露の袋を抱えて目を閉じる。 ついていきたかったなあ、遊園地。 遊園地遊園地遊園地遊園地遊園地遊園地遊園地…… …………。 ――私を置いて引っ越して行くくらい、私の事を怒っていたんですか? 怒る?と私は首をかしげる。 一度も言った事のない遊園地の人が、なぜ私を怒るんだろう。 まあいいか。難しいことは考えないに限る。 そして私は、夢も見ない深い深い眠りに落ちていった。 1/4 続き→ トップへ 小説目次へ |