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■ユリウス対ブラッド

「ユリウス!」
彼を見た途端、私の心に暖かい灯がともる。
金縛りが解けたように私は動き、わずかに力の緩んだブラッドの腕から逃げ出す。
「ユリウス!!」
「ナノ!!」
まるでダンスをするようにユリウスが、飛び込んだ私の手を取り、彼の大きな背中に隠してくれた。
そしてブラッドの視線から私を庇うと、ユリウスは低い声で。
「よくも私の預かりに手を出してくれたものだな」
「お嬢さんはともかく、葬儀屋と長話をする気はない。
ナノを渡してもらおう。それは、もともと帽子屋屋敷のものだ」
『それ』ときた。しかしブラッドは少し考え、
「いや渡してもらう必要もないな。
おまえを殺してお嬢さんを連れ帰ればいいだけだ」
そう言ってブラッドは、いつ取り出したのか大仰なマシンガンを取り出した。
私は思わず背筋が寒くなるけどユリウスは平然と、
「帽子屋ブラッド=デュプレが女一人に大した執着ぶりだ」
けれどユリウスも銃を構える。どうみても殺傷力には著しい不均衡がある。
「ナノはもう時計塔に所属している。
この女がそれを選んだ。こいつの意思を少しは尊重しろ」
こんなときだけど嬉しい。ブラッドとは正反対だ。
ユリウスは私が欲しい言葉をくれる。
「私はしたいときにしたいことをする。
欲しい物は手に入れる。逆らう意思があれば変えればいい。
お嬢さんも、完全に私の手の内に入れば変わるさ」
「…………」
あまりの言い分にユリウスも絶句した。
……と思ったら、少し間を置き、ユリウスは笑みを浮かべた。
「は。そいつが『お嬢さん』ではなくなったとしても、まだこだわるか?」
するとブラッドが急に鋭い目になる。
「……時計屋」
私はよく分からず、男同士のやりとりをただ眺めるだけだった。

「時計屋。お嬢さんに、手を出したと?」
「ああ。この女はもう、私のものになっている」
「ユリウス……!?」
だけどユリウスの目は『話を合わせろ』と私に強く言っていた。
で、でもいくら何でもこんな話に合わせるだなんて。
ブラッドはだるそうな目を少し見開き気味に私を見た。
「それは本当か。お嬢さん。この男は葬儀屋だぞ?
それでも身体を許したというのか?」
ブラッドの声に、ようやく動揺が混じるようになった。
マシンガンの銃口も心なしか揺れている。
ユリウスは容赦なく言葉を続けた。
「調べなくともいずれ分かる。ナノのお腹には子が宿っているからな」
「……っ!」
今度こそ私は吹き出すところだった。
しかし渾身の力で自分を抑える。
ユリウスは淡々と嘘八百を口にする。
いつも真面目なだけに、嘘と分かっている私にも、でたらめという気がまるでしない。
「葬儀屋!出まかせを言うな!」
「だから、いずれ分かると言っただろう。
子まで出来ては、完全に時計塔の所属になる。
無理やり連れ帰っても、他の男との子を産むのだぞ。
それをどうする?育てて、顔無したちの笑いものになりたいのか?」
何だか流れが完全に変わっていた。
ユリウスは嘘をついていても全くそれらしく見えない。
私はうつむき、ひたすら肩を震わせるので、かえって真実味があるように見えたかも知れない。
「ナノ、本当なのか!? 
ずっと話していたがそんな事は一言も言わなかっただろう!?
本当に私よりこんな陰気な男を選んだのか!?」
ブラッドの声からいつもの余裕が完全に消えている。
とりあえず、流れに乗るしかない。
私は黙ってお腹を押さえる。
そして愛おしげになでながら
「話したら、この子に何かされるかと……。
でも知られた以上は仕方ありません。
どうか子どもにだけは手を出さないでください」
「ナノ……」
ブラッドは長く沈黙した。
いつもだるそうな彼の内側で、何かが凄まじい葛藤をしているようだった。

やがて、ブラッドは顔を上げた。
「君の願いを尊重しよう」
「ブラッド……」
が、ブラッドは去り際まで最低な男だった。

「子が生まれたら、すぐ殺しに行く。
私のものにならないのなら、この手で命を奪うまでだ」

「妻は私が守る」
ユリウスは素っ気なくブラッドに言った。
そしてブラッドは私たちに背を向け、去って行った。

一度も振り返らずに。


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