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■再会

久しぶりに見るハートの城は相変わらず見目麗しくありました。
その派手やかさたるや、荘厳華麗、絢爛(けんらん)豪華。ケセランパサラン、ケセランパサラン。
「うう、来たくなかった」
泥棒に入ったときのことを嫌でも思い出す。
「本当にずいぶん前のことみたいだよな。なあナノ」
エースもニヤニヤと私を見る。
「そういえばナノ、おまえハートの城に泥棒に入ったんだったな」
ユリウスまでもが冷たい目で私を見ている。エースはわざとらしく目を閉じ、
「今でもハッキリ思い出せるな。俺にとっては運命の瞬間だぜ。
夜風に乗って、レオタードのナノが俺の前に舞い降り、そして叫ぶんだ。
『私は怪盗”黒いアフタヌーンティー”あなたのハートを盗みに参上!』」
叫ぶか。ハッキリどころか捏造してるだろう、おまえ。
……それはそうと、そろそろ人の集まる場所に行く。
出来れば、帽子屋屋敷の主と顔を合わせる前に、身を隠したい。
――でも、勝手な行動をしたら二人に迷惑かけちゃいますよね。
私は少し考え、エースに、
「あの、エース。ちょっと案内してほしい場所があるのですが……」
うつむいて少し恥ずかしそうに言ってみる。
すると、エースは爽やかに笑って、
「ナノ。そういうことはユリウスの前で言うもんじゃないぜ。
まあ君が昼間から三人で楽しみたいって願うのなら、君を案内するのにやぶさかじゃあ
ないけどさ。それじゃあ、三人で俺の部屋に……」
「ユリウス、ご不浄に行ってきますね」
「ああ、そうしろ」
後腐れなく、私は馬鹿に背を向けたのでした。

「とりあえず、広いお城で道に迷ったことにして、舞踏会が終わったら出て行って残念がるフリでもしていればいいですよね」
ユリウスはああいう性格だから私の行方なんて気にしないだろうし、エースもここの人間だ。
何だかんだ言って、本拠地に戻れば舞踏会の手伝いに回るに違いない……たぶん。
私は気楽にお城の中を歩いて行った。

舞踏会当日のお城は、部外者の出入りも多い。
自分で言うのも悲しいけど、薄汚れていて、ほとんど身支度をしない私の格好は、
裏方のお手伝いさんにでも見えるらしい。
通りすがる兵士さんやメイドさんたちは、私の横を素通りしていく。
「さて、どこに行きますか」
……とはいえ、行き先は一つしかない。
私の足は一点に向かった。

「久しぶりですね」
私は通路を抜け、ひと気のない一室に入った。
ハートの城の紅茶保管室。
ワインの貯蔵庫を思わせるそこは、様々な銘柄の紅茶が詳細に区分けされ、棚におさまっていた。
舞踏会に使用する紅茶は運び出した後なのか、誰もいなければ、出入りする人も見かけなかった。
紅茶好きの女王様だから、こういった部屋には見張りがいてもおかしくないはず。
だけど、兵士を処刑しすぎて紅茶保管室の警備に回せる人手はない……とはハートの
城の軍事責任者の弁。ちなみにそう話したときも時計塔で笑っていた。
本当に大丈夫か、この城。

私はまっすぐに一つの棚に直行する。
その棚にはこんなラベルが貼ってあった。

『Darjeeling,First Flush』

ダージリンのファーストフラッシュ。
私はその棚の前でがさごそと紙袋を開ける。
それは時計塔から持ってきたものだ。
中に小さな缶が入っていた。

……実はこの缶の入手経路は未だに謎だったりする。
『何か、欲しいものはあるか?』
と、あるとき夢魔が聞いてきた。
夢の中の話だ。
彼とはときどき夢の中で会い、つかみどころのない会話をしては別れていた。
何か亀に乗ったり虹に乗ったりと、彼はなぜか私を楽しませようとしてくれていた。
そのときも、欲しいものを出してあげると、言ってきた。
『夢だからこそ、抑えることは無意味だ』
彼は読みかけの本とか、元いた世界のものを何でも出す気のようだった。
けど私は別のものを頼んだ。
夢魔はすぐに出してくれ、私はとても喜んだ。
それは夢の中だけの話のはずだった。

でも目が覚めたとき、それは確かに枕元にあった。
ダージリンの最高級ファーストフラッシュの缶。
未だに分からない。
夢魔は夢の中だけの登場人物ではなかったのか。
でも確かに私の手の中に缶はある。
ユリウスがこっそりプレゼントしてくれたのかと思ったけど、そうでもないらしい。
とにかく、あのとき盗んだ紅茶と同等のものを私はなぜか手に入れた。
私はクローバーのマークのついた缶をそっと棚の中におさめた。
万引き犯が万引きしたものを返せば罪が消えるわけもない。
でも私の中の重荷は少し楽になった。
引き出しを閉めると、私は玉露を抱え直し、倉庫のような保管庫を出ようと後ろを……

「盗んだものを返しに行くなど、君は本当に律儀なお嬢さんだな」

振り向けない。
私は後ろから抱きしめられていた。
誰よりも何よりも強い力で。

「君は、私から逃げられると本気で思っていたのか?」

耳を打つ、正体の知れない時計の音。
かすかに忍び込む紅茶の香。

「最近のブームはアッサムですか? ブラッド」
振り向かず、つとめて冷静に答える。
私の盗んだファーストフラッシュはどうやら終わったらしい。
で、舞踏会をいいことに、マフィアらしく強奪に来たというところか。
そして紅茶を返しに来た私と再会してしまった。
私はきれいではない身なりで、ただでさえ不釣り合いなのが、さらに拍車がかかっていることだろう。
「君からは強い珈琲の臭いがする。
時計屋を殺してやりたいな……ナノ」


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