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■舞踏会に行きたくない

「嫌、嫌、嫌です! 絶対に行きません!!」
私は柱にしがみついてでも、という気分だった。
まあ焙煎中だから火から離れられないけど。
焙煎というのは豆の薄皮が大量に飛び散るもので、今の私は、その薄皮がゴミのように
髪や服にこびりついている状態なのだ。
起きてすぐ焙煎に入ったから、髪だってボサボサだ。
舞踏会とあらかじめ知っていたら、ちゃんと準備したのに……。
「だから、何度も話したのにおまえが珈琲に熱中して聞いていなかったんだろう」
このカフェイン依存症が、とユリウスは私を叱る。
「ナノ。往生際が悪いぜ。俺と旅に出よう!」
エースも乙女の悩みを理解せず気楽に笑っている。
「こんな格好じゃ、人前に出られないです……」
半ば泣きそうな顔で言うと、
「そんなことはない!」
「え?」
やけに強く否定され、顔を上げるとユリウスが私を見ていた。
「おまえはきれいだ。私が保証する」
「ど、どうも」
ユリウスに保証されたところで、何を言えばいいというのか。
「おいおい。舞踏会前から口説くなよ」
エースは呑気にはやしたててきた。
私はと言うと、どうも気勢を削がれ、とりあえず火の通っていない生豆を火から下ろし
手早く処分した。厨房の中だと知りつつも、構っていられず、髪をわさわさ振って薄皮を出来るかぎり落とした。
しかしエプロンを取った後は、服を替える間もなく、
「とりあえず服は向こうで何とかしてやる。とにかく行くぞ」
「ま、待ってください! ちょっと!」
ユリウスに手を握られ、強引に引っぱられた。
いつもの玉露と、それと紙袋を一つ慌ててつかむのが精一杯だった。
「ん? いつも持っている玉露はともかく、何だその紙袋は」
ユリウスに心底不思議そうに聞かれた。
私は少しユリウスを見てから、そっぽを向き、
「乙女の荷物について聞かないでください!」
「あはは。ユリウス。ナノも女の子なんだぜ?」
――いえ、そういうアレではないんですが。
セクハラかどうか線引きが微妙なところだ。

かくして、私は手を引かれ、本当に久しぶりに外の世界に出た。
エースは気楽に笑いながら私たちの後からついてくる。
こうして、私は舞踏会に参加……というより舞踏会の裏方仕事に参加するようなひどい格好で塔を出たのであった。

久しぶりに出る外の空は、快晴の陽気だった。
そういえば、ユリウスは仕事にかかりきり、私は珈琲にかかりきり、エースは迷子にかかりきり(?)で、外のことはほとんど聞いていない。
私の手を引きながらユリウスは言った。
「ナノ、大丈夫か?」
なぜか未だに手を離してくれない。
「大丈夫だと思いますか?」
私はユリウスを睨む。
最悪だ。珈琲に点数はつけてもらえないし、支度もしないのに連れ出されて。
半分は自分が悪いのだけど、ついついユリウスを恨んでしまう。
ユリウスもため息をついた。
「この間から、おまえを怒らせてばかりいるな、私は」
「え……ユリウス?」
その様子があまりにも落ち込んだ風だったので、内心焦った。
「そ、そこまで怒っていないですよ。私はただ……」
ただ、何だろう。

……分かっている。
ずっと。強烈なカフェインも彼だけは私の心から追い出してくれない。
帽子屋屋敷の主が来る。
私は同じ場所に行く。それだけ。
だから、最近は少し心が荒くなっている。
彼が今どうしているか、新しい女は出来たのか。
二人は知っているだろうに、聞けなかった。
彼に恨まれていると思うと気が重い。
でも忘れられて、彼の隣に新しい女がいると思うと心がむかむかする。
私はなんて最低な奴なんだろう。本当に落ち込む。
――ああ、お茶が飲みたいな。
腕の中の玉露と、紙袋を見下ろす。
そのときぎゅっと手を握られた。
「……?」
顔を上げるとユリウスが私を見ていた。
「大丈夫だ。心配いらない」
ユリウスはただ私を案じてくれている。
私にひどいことをしたブラッドを、私が怖がっていると。
私の複雑な感情には全く気づいていない。
けれど心配してくれるのが嬉しくて、私も微笑んで手を握りかえした。
「……おまえっ!」
握り返すやいなや、なぜかユリウスが顔を真っ赤にした。
「え?大丈夫ですか?熱があるんじゃ?」
額に手をあてようとすると、
「いい!き、気にするな!」
勢い良く否定された。
手をつないだまま、なおも追及しようとすると、
「よし、二人とも! こっちが近道だぜ!」
「エース!?どこに行くんですか!!」
「獣道に行こうとするな、馬鹿者!!」
二人がかりで止める羽目になり、私たちはあっさりとつないだ手を離したのだった。


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