続き→ トップへ 小説目次へ ■舞踏会のお誘い 私はやってきたエースをにこやかに歓待する。 「いらっしゃいませ帰れこの似非騎士。 てめえ、また来やがったんですか?ああうぜえ。 今美味しい珈琲をてめえは泥水でも飲んでろ」 「あはは。本音と建前がブレンドされちゃってるぜ、ナノ」 「ええ。少し前まで『ニホンジン、ホンシンワカリマセーン』と海外の方にずいぶんと叩かれたものですよ」 エースの言葉に私はしたり顔でうなずく。 時計修理の手を止めたユリウスが小さく、 「というかおまえ、最近少しずつ口の悪さが戻ってきてないか?」 「え? 何か?」 笑顔を向けると、なぜかビクッとして口をつぐまれた。 するとエースが笑い、 「あはは、ナノ。しっかりとユリウスを尻に敷いてるじゃないか。安心したぜ」 何をどう安心したというのか、てめえ。 しかし私はすまして言う。 「尻に敷くなんて、家主に向かってとんでもありません。 男尊女卑は、もはや死語と言えましょうが、昔の日本女性は夫から『俺の後ろに立つな、命が惜しければ』と言われたら、それを忠実に守ったものです」 「いや、後ろに立つと銃で撃たれるなら、誰でも守ると思うぞ……」 遠慮がちにユリウスが呟くのが聞こえた。 ――え、ええと、三歩下がって歩く、でしたっけ。 何か濃すぎる眉毛のスナイパーが私を狙ってる絵が何度も浮かぶけれど、これは記憶が戻る前兆なのでしょうか。 だけどエースは愉快そうに笑う。 「あはははは。君が俺を嫌い抜いてることは分かったぜ。 でも、そういう子って俺、大好きだなあ」 マゾ発見。 何で真面目なユリウスはこんな変な人と友達なんだろう。 そして私が淹れた(三十五点程度の)珈琲を飲みながら、エースは機嫌良く話してくれた。 それを聞いて私は驚く。 「舞踏会、ですか?」 「そう。もうすぐ開催されるんだ」 「ええと、何でです?」 私がエースに聞くと、何杯目かの珈琲を飲んでいたユリウスが、 「ゲームのルールだ」 「そういうこと」 エースも合わせる。 そしてエースとユリウスは、催しについて私に手短に説明してくれた。 「そうですか、行ってらっしゃい」 私はソファに正座して三煎目のほうじ茶をすする。 するとエースが嬉しそうに、 「何言ってるんだ、ナノ。 君は行きたいだろ?城の舞踏会」 ――私が帽子屋のボスに会いたくないと知ってて言ってるんですか? エースはユリウスの友人で、つまり一通りの事情をご存じのはずだ。 なのに舞踏会を勧めるなんて非常識にもほどがある。 私は非難の意味も込めてエースを睨もうとした。 するとエースが、 「……行きたいだろ?」 「…………」 なぜか背筋に悪寒が走った。 その赤の瞳を見た瞬間。 ユリウスの友人で、いい加減で無責任な、騎士らしくない騎士が。 何か別の、もっと恐ろしい何かに見えた。 私が答えられずにいると、 「ほら、ユリウス、彼女も行ってみたいって言ってる」 何だか勝手に話を進められてしまった。 ユリウスはブツブツ言いながらも、押されてしまっているようだ。 でもまあ、いいかと私は考え直す。 ――きっと人が多いんだし、要は帽子屋屋敷の人たちと会わなければいいんですよ。 あんな華やかな人たちだから、きれいどころとダンスフロアに出っぱなしに違いない。 私はと言えばダンスの心得もなければ女王様に会うのも怖い。 それにエースはユリウスと一緒に舞踏会に行きたくて私を誘ったような感じがする。 だからお城まで一緒に行って、その後別れたらいい。 ――どこか人のいない場所を探して、舞踏会が終わるまで隠れていましょう。 4/4 続き→ トップへ 小説目次へ |