続き→ トップへ 小説目次へ ■エースとエリオット・後 「ずいぶん走ったなあ……」 追われていてもエースさんはマイペースだ。 後ろからは使用人さんたちの追いかける音。 でも皆、エースさんを追いつめはしない。 そうすればまた私を盾にされ、同じことだ。 有利な場所に追い込むか、エースさんが疲れるのを待っているのだろう。 でもそれはそれでエースさんの命が危ない。 一緒に走って逃げながら、私は叫ぶ。 「エースさん!女王様にはそのうち謝りに行きますから! このままじゃ、あなたが危険ですよ!?」 私を離すよう必死に叫ぶがエースさんはむしろ楽しそうだ。 「ねえ、何かこれって駆け落ちっぽいよな。 しかもお相手はマフィアのボスの情婦だろ。 演劇にしたらきっと盛り上がるよなー」 「いえ……ベタすぎて閑古鳥ですよ。 というか、本当に離してください!」 エースさんは仕事熱心にもほどがある。 犯人逮捕にこだわって殉職するようなタイプには見えないのに。 「ん? だから言っただろ。 俺は騎士だから仕事は果たさなきゃ」 「女王陛下に忠実なんですね」 走りつつ(というか走らなければ茂みの中を引きずられてしまうので)ちょっと称賛する。 少しだけ彼が騎士らしく思えてきた。 だけどエースさんは私に笑い、 「え? 陛下なんかどうでもいいよ。 俺のハートを盗んだ怪盗君を放っておけないのさ」 「…………」 ――そのネタ、まだ引きずってたんですか。 私はちょっと白い目になった。 そして……崖の上である。 下から吹き上げる風にコートをなびかせながらエースさんは笑った。 「あはは。ちょっとピンチになっちゃったなあ。 でも何か本当にクライマックスって感じじゃ無いか」 「役者が大根じゃ盛り上がるものも盛り上がらないですよ」 崖の上に追いつめられた私たち(というかエースさん)だが、相変わらず誘拐犯は気楽だ。 数十人に増えた使用人さんたちの先頭に立つエリオットは、 「ナノをこっちに返せ! 増援はまだまだ呼んでいる。 もうてめえに勝ち目はねえはずだ!!」 鋭い瞳のエリオットは、ウサギなのに肉食獣のようだ。 「エースさん……」 私はエースさんを見上げる。 エースさんは困ったように笑い、 「うーん、これじゃあどっちが悪役か分からないぜ。 なあ、ナノ。 こんなときって崖の上に追いつめられた恋人同士はどうすると思う?」 言われて呑気に私は考えた。 まあ平凡な私の頭は、平凡な展開しか思いつかない。 「そうですね。マフィアに囲まれて追いつめられた恋人同士でしょう? ドラマとか映画だったら、ちょっと古いけど二人で飛び下りて心中とか――」 まあ、エースさんはこういう人だからそんな役は似合わないけど。 「ナノっ!! そいつに余計な知恵つけんな!!」 エリオットが悲鳴のように叫んだ。 「へ?」 「あはは。やっぱり君もそう思う?」 「は?」 「それじゃあ、行こうか。せーの!」 「ナノっ!!」 「お嬢様ぁー!!」 笑い声。いぶかしげな声。叫び声。 エースさんは私の手首をしっかりと握り、崖からダイブしたのだった。 3/5 続き→ トップへ 小説目次へ |