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■奴はとんでもないものを

ハートの騎士エースさんは爽やかに私に笑いかけた。
「やあ、久しぶり。あの夜以来だね。
怪盗『黒いアフタヌーンティー』君」
「ナノです! 恥ずかしいから忘れてください!」
最新の黒歴史を蒸し返され、私はうめいた。
エースさんは、以前、紅茶を盗み……いえ拝借に来た私を見逃してくれた。
彼もまた『役持ち』と呼ばれる特殊階級の方で、ハートの城の軍事責任者だそうだ。
そんな重鎮が帽子屋屋敷に用と言うことは、何かきな臭いことでもあるのだろうか。
「いやー、時計塔に行こうとしたら道に迷っちゃってさあ」
「時計塔……?」
時計塔は私のとりあえずの目的地だ。
一回しか行ったことのない場所だけど、一応道は覚えている。
エースさんはこの世界の住人なのに、なぜ道が分からないのだろう?
私は内心奇妙に思う。
「でも君に会えたから本当に良かったよ」
そう言って、エースさんは門の前にいる私にスタスタと近づいてくる。
「私に何かご用ですか?」
のんびりと聞き返すと、エースさんは笑って――私の手首をがっちりとつかんだ。
「はい、確保」
「……え!?」

エースさんはニコニコ笑っている。
「俺、軍事責任者だから罪人は取り締まらなきゃ」
「ええっ!?」
――し、しまった……っ!
そういえば、私の件でこの人はずいぶんと叱責を受けたと聞く。
私を捕まえるのは当たり前のことだ。
「それじゃあ、お城に行こうか。
君を取り調べなきゃな」
「そ、そんな……。
あ、カツ丼は出ますか?出ますよね?
費用はそっちもちで!」
個人的にそれだけは譲れない。
「うーん、出るかな。そんな東洋料理」
エースさんは自信なさそうに首を傾げている。
吉野屋なめんな。
けれどエースさんは私の手首をつかんだまま、さっさと出発する。
騎士だけあって手の力は強い。
小娘にふりほどけるものではない。
私は牢屋に連れて行かれる囚人のようにうなだれながら、
「うう……やはり不法侵入罪ですか。
あと窃盗罪もあるか……」
ハートの女王様は首斬りで有名な人だ。
さすがにこんな形で終わるのはちょっと……。
でも私が悪いことをしたのも事実。
ごめんですんだら警察はいらない。
――いえ、でもここ警察はないんでしたっけ。
「うん、まあ窃盗罪といえば窃盗罪かな。
それもすごく罪が重い。
盗んだものが盗んだものだからね」
エースさんの言葉に私はうなずく。
「あの紅茶は貴重品でしたしね……」
するとエースさんは首をふった。

「いいや」
「え?」
聞き返す私にエースさんは片目をつぶった。

「君はあの夜、紅茶よりもっととんでもないものを盗んでいった。
俺のハートだ」

――銭形警部!?

エースさんが一瞬トレンチコートを着ているように見えた。

「……ナノ、何で地面にうずくまって頭を抱えてるんだい?」
「いえ、どうして私の頭はこう、どうしようもないネタに限って記憶が正常なのかと……」

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