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■ブラッドの紅茶禁止令3

 前回までのあらすじ。紅茶禁止令が出ましたが、代わりにお金を渡されたので、
腹いせに買い物に行って参ります☆



 晴れた日の帽子屋領商店街にて。

 私は笑顔で買い物に出ていた。

「さて、どこのカフェで紅茶を飲み尽くしますか!」
 
「いいか、紅茶を一滴でも飲ませたらズドン、と行くからな」

 ……エリオットが構成員さんに脅しを入れている。

 私が立ち止まると、エリオットは『悪い男』の笑みで構成員を指し、
「あんたも、こいつらを撃たれたくなかったら、紅茶には手を出さないでくれよ」
 私の天使のような優しさにつけこみ、部下を人質に取るとは……。
 ショックを受けて数歩後じさると、

「どこかに隠しても無駄だよ。紅茶を飲ませるなってボスの命令だからね」
「カフェイン検査もちゃんとするから、こっそり飲んだって分かるからね」

 大人の門番双子が私を支え、釘をさしてくる。

 なぜたかが女一人の買い物に、帽子屋ファミリーの中枢がボディガードに来る。 
 いやボディガードもあるんだろうけど、私の監視の方に重きが置かれているような。
 
「わ、私をお薬中毒の人みたいに扱わないで下さい!
 私にだって紅茶以外に買いたい物くらいありますよ!」
 エリオットは一切表情を変えず、
「珈琲はもちろんダメ。緑茶も不可だ。栄養ドリンクも論外な」
「な……っ」
 絶句する。それと、あるのか栄養ドリンク。
「なら本屋に行き――」
「紅茶関連の本もダメだよ、お姉さん」
「紅茶の写真を食べかねないからってボスが言ってた」

 あの男。私をどこまでバカにすれば気が済むんだ……。

 怒りに身体を震わせていると、エリオットがポンと肩を叩いてくる。
「ほらほら、紅茶のことは忘れてパーッと金を使おうぜ。
 手始めに俺が美味しいニンジン料理の店を――」
『却下っ!!』
 双子と私の声がそろったのだった。

 …………

 そして数時間帯後。

「うーん……」
「お嬢様、こちらのネックレスも素敵ですよ〜」
「これをおつけになったら絶対にお綺麗です〜」
 マフィアのボスの妻、ただいま、宝石店にいる。

 宝石店といっても街角にあるようなものではなく、三階建ての本格的な貴金属店。
 場所も高級店の多い通りにあり、店内も店外もこれ以上にないくらいキラキラ。
 そして漂うセレブ臭。毛皮のコートのマダムや、スレンダーな愛人を連れた
金持ちのおっさん以外はお断り、的な。
 入り口にはもちろん警備員がいて、いかにも一般の人が入ろうとすると
『当店は会員専用のお店でして……』と、追い払う。
『上流階級以外はお呼びでない』という意識を隠そうともしない。

 目的もなく街を歩いていた私は、たまたまその店を見つけた。
 庶民派の私は本能でその店を避けようとしたが、
「あそこに入るんだな、ナノ」
 エリオットが私の背を押し、よろめくように私は前に出たのだ。

 すると警備員さんが私を見――顔色が変わる。
 すぐに店の中に合図が飛び、美男美女の店員さんがザッと二十人ばかり飛び出してきた。
 入り口の両脇に並び、号令したかのように一斉に頭を下げる。

『いらっしゃいませ、ナノ様!』

 ……さすが帽子屋領というか、私の顔と名前もご存じだ。
 私はドン引いてしまい、エリオットの服のすそを握った。
「ん? 入らないのか? それとも撃つか?」
 言葉の前半と後半が全くつながっておりません。
「入ります入ります。だけど……」
 どうも分不相応な気が。
 私だってマフィアのボスの妻という肩書きが無かったら、追い払われる側だ。
「あんたも、もう少し派手な格好しようぜ。ほら、入るぞ」
 エリオットに引きずられるまま、ずるずると店に入れられた。 
 はい、回想シーン終了。

 
 で、VIPルームにいる。きらびやかな部屋の最高級ソファに座っている。
 私はブラッドの妻。つまりこの帽子屋領で二番目に偉い。
 ボスの奥様に歩かせるなどとんでもない!と、VIPルームにお通しさせられた。
 エリオットたちについてきてもらうべきか迷ったけど、私の態度を誤解・曲解して
どう暴れ出すか分からん。外で待ってもらった。
 万が一の護衛役に、構成員服のメイドさんがついててくれてるし。
「お待たせいたしました、ナノ様っ!!」
 ……おかげでさらに胃が痛い。
 超ベテランな雰囲気を醸し出す、初老の店員さんが接客担当となった。
 店に展示してあるものはもちろん、店に展示していない超大物客用の逸品を
惜しげもなく見せて下さる。
「こちらはこの店一番の――」
「当店がオークションで手に入れ、最高レベルの職人に加工させ――」
「これほどの出来のブリリアントカットは世界にも稀で――」
 途中からは美術展の中にいるような気分でした。
 自分に購入可能なもの、というより手の届かない美術品を鑑賞する認識。

 ……疲れた。キラキラしたものを見過ぎた。頭の処理システムがパンクした。

「お嬢様、大丈夫ですか〜?」
 最高級ソファでぐったりする私に初老店員さんが慌てて、
「ナノ様! ご気分がお悪いのですか!?
 申し訳ございません! 当店最高の品をお見せしたつもりでございましたが、
ナノ様のお眼鏡に叶わずご失望を……」
 いやガッカリしたから脱力って、料理マンガのグルメ審査員っすか私は。
「お待ち下さい、ただいま――」
 あ、ベテラン店員さんが走っていっちゃった。

 でもどうしよう。ここまでVIP待遇されて、何も買わないのも悪い気がする。

「お嬢様、何をお買いになってもいいんですよ〜?」
「どれだけ高くてもボスは怒りませんって〜」
 短くないつきあいのメイドさんたちは、私がぐったりした理由をよくご存じである。
 でもなあ、全部が全部、目の玉が飛び出るような高価な品だ。
 マフィアのボスの妻ったって貧乏性が簡単に直るわけじゃない。

 ああああ! 何でこの店に入っちゃったんだ、どうすればいいんだ、この展開!

「うふふ。適当に五個六個買っちゃえばいいんですよ〜」
「宝石に身をつつんだナノ様を見ればボスもお喜びになりますよ〜」
 メイドさんたちは、悪人の笑みで私に浪費をささやきかける。

 く……そ、そう言われてしまうと女としての本能が……。
 言われてみれば綺麗だし、キラキラだし、こ、こんなものが私の手の届くところにあるなんて。
「じ、じゃあ、せっかくだし……」

 と私が小市民から卒業しようとしたとき。

「お、お待たせいたしました!」

 さっきのベテラン店員さんが走ってきた。見ると手にはトレイ。トレイにはカップ。
なのにこぼしていない。なんという執事スキル!
 もはや店員という野暮ったい言葉ではなく、コンシェルジュという言葉がふさわしかろう。
 私が勝手に感嘆の念に打たれていると、コンシェルジュ氏が恭しく私に、

「どうぞナノ様。ボスに劣らぬ紅茶の好事家とのお噂は聞き及んでおります。
 そこで用意させました当店の最高級紅茶をぜひご賞味いただきたいと――」

 メイドさんが真っ青になって立ち上がる。

 その後のことは覚えていない。

 …………

 …………

「で、宝石店に行って買ってきたのが、紅茶だと」
 
 ブラッドの目は冷たい。

 ここは帽子屋屋敷のブラッドの部屋。
 私はその絨毯(じゅうたん)の上で、急性カフェイン中毒で伸びている。
 いやギャグで毎回やってますが、症状はシャレにならないっすよ。
 紅茶は一日最低一杯に留めましょう!……あれ?

「本当に、どうしようもない」

 ため息をつき、私を靴で転がす旦那様。
 私はピクリとも動かない。

「申し訳ありません〜。お止めしたのですが、ものすごい勢いで……」
 撃たれる宣言されてたせいか、メイドさんたちは直立不動で戦々恐々。
 もちろん、エリオットたちもメイドさんも、元凶たるコンシェルジュ氏を撃とうとした。
 私がボスの妻の権利を全力行使して阻止しました。
 そして宝石にも劣らぬ価格の最高級紅茶を、ありったけ買いとって帰ってきましたとさ。 

「さて」

 私を見下ろす最愛の旦那様。今は拷問吏にしか思えない。
「私の言うことを聞かない妻に、どう仕置きをしたものかな」
 紅茶。紅茶さえあれば何もいらない。

「ブラッド〜、愛してます」
 足にすりすりするが、靴ではらわれた。ひどい。

「君は私より紅茶に焦がれているのだろう、紅茶と結婚したらどうだ?」
 と言って何かを取り出す。

 ……え。縄?
 ブラッドが縄を取り出した。人一人、余裕で支えられそうなくらい頑丈な縄だ。
 何に……使うのかなあ……。

 つなぐなら引く。縛るならもっと引く。

 正直言って、そっち方向は範囲外だ。

 ブラッドが縄を両手で引っ張り強度を確かめる。
 その『ビシッ』という音に私は震え上がった。
 そんな私を見下ろし、奴は悪魔の笑みで、
 

「しつけるなら縄、だろう?」


 ……かくて今夜も私の悲鳴が上がる。
 私に『お仕置き』を敢行するブラッドは心底から楽しそうだった。

 が。

「……まさか、君が『こちら』もイケるとはな。
 言いたくはないが、君の嗜好範囲の広さには時々、引――」


 あんたが言うかっ!!


 なお、縄の用途についてはご想像にお任せいたします☆

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