続き→ トップへ 小説目次へ

■ブラッドの紅茶禁止令2

「…………」
 
 私はベッドからゆっくりと身を起こす。
 その灰色の部屋には、ベッドと机とイスと数冊の本しかない。
 窓は小さいものが一つ。ただし鉄格子がはめられている。

 鉄格子に手をかけ、外を眺める。
 木の葉っぱが風で揺れている。 
 その向こうには帽子屋屋敷の庭園。
 この前、あそこを走ったのはいつだっただろうか。
 
 私ナノ。帽子屋屋敷の女主人の身分に関わらず、紅茶を禁止された。

 冤罪である。飲んでいたのはごく些細な量である。
 そりゃあ、現在の血液データは凄まじいことになっているらしいが。
 きっと緊張していたため数値が狂っただけだろう。よくあることだ。

 健康にも配慮していた。
 紅茶には角砂糖を入れていない。
 ミルクの脂肪分も考え、ミルクもなし。
 ほーら、紅茶ではなく、限りなく単なる味付きのお湯。
 何ら毒はない。
 その味付きのお湯を。途切れることなく朝から晩まで飲んでいただけだ。
 それでいったい、健康にどんな害があるというのだ。

「ナノ」

 トントンと扉が叩かれ、エリオットの声がする。私は扉に駆け寄り、
「エリオット! 例のブツは!?」
「いや、ンな約束してねえだろ……ほら、朝食を食えよ」
 鉄の扉につけられた小さな窓が開き、朝食のトレイが入ってくる。
 マフィンにベーコンエッグにサラダに……この匂いは……紅茶!!
「ありがとうエリオット! また頼みますよ!」
「いやだから、『また』も何も、何の約束もしてねえだろ。
 俺に変な疑いがかかるような話をしないでくれよ。
 あとその紅茶な――」
 私は半分しか聞いておらず、紅茶を口に含み――止まる。

「ノンカフェインだ」

「エリオットー!!」

 扉をガンガン叩く。
「お、落ち着けナノ! 今医者を呼んでくるから!」
「何で医者なんです。私は極めて正常ですよ!」
 私は狂ったように扉を叩きまくる。
「怪我するから止めろ!! それに正常な奴がノンカフェインの紅茶で
何で暴走するんだ! 味が同じだし、いいだろう!!」
「カフェインがない飲み物のどこが紅茶ですか! 
 誰が単なる味付きのお湯を飲みたいと言った!!
 カフェインが無いと……カフェインが……!!」
「来たか、こっちだ! 早く鎮静剤を!」
 最後の声は私に向けられたものではない。
 そして扉が開き、顔なしのお医者さんがあわただしく入ってくる。
 エリオットが私を押さえつける。
「いーやー!」

 そして私は眠らされた。

 繰り返すが私は……冤……罪……ガクッ。

 …………

「くたー」

 効果音を出しながら、ブラッドのベッドに横になる。
 あー、頭痛が痛い。
 カフェインは抜けたが全身に虚脱感。何もする気にならない。
「ナノ、こっちに来なさい」
 ブラッドは少し離れた場所に座っている。
「くたー」
 効果音で返事をし、目を閉じる。
 ダル辛い。ブラッド嫌い。
「ナノ」
 だが何度も呼ばれ、のそのそとブラッドの元に這う。
 膝に頭をのせると耳を撫でられた。くすぐったい、止めてー。
 監禁生活? 割と短かったです。
 たった三百時間帯で終わりましたよ。
 ……鎮静剤を打たれるとか、ヤバい患者か、私は。
 オマケに憎きブラッドもちょくちょく泊まりに来る。
 頭痛で寝ていたいのに寝かせてもらえず、何度涙を流したことか。
 これがマフィアのボスの女だから、屈辱的な扱いである。

 しかし、気のせいだろうか。以前にもこれと同じようなことがあったような……。

 で、どうにか囚人は外に出られた。
「これからは紅茶の量は私が管理する。許可なく飲まないように」
「くたー」
「人間の言葉をしゃべりなさい」
 仕方なく顔を上げた。ブラッドに顔をこすりつけ、
「紅茶の製造にも関わっちゃダメなんですか〜?」
「君は入れ込みすぎだ。上の者は部下に任せ、大きく構えていなさい」
 わたくし、現場主義なのに。
 いじいじしていると、ブラッドに何か渡された……いや頭に乗せないで!
 何を乗せたのと、手に取ってみると。
 こ、これは……!

 軽くない重さのお財布であった。

「外に行き、服でも宝石でも好きに買うといい」
 即、買い物依存症になりそうですな!
「紅茶で健康を害されるよりはいい。君の使う金など微々たる出費だ」
 さ、さすがマフィアのボス。太っ腹で!
「ありがとうございます、ブラッド! では行ってきます!」
 膝から飛び起き、走りだそうとしたが、スッと足を出された。
「うおおお!!」
 つまづいて顔面から床にこけ、ゴロゴロゴロと見事に三回転し、止まる。
 D、DV……これが噂のDVか!! そういえば監禁されたし!!
「外を見なさい、今は夜の時間帯だろう」
 うあああ! ブラッドに靴でぐりぐりされている。
 愛妻を踏みにじるその顔には、サディスティックな愉悦が浮かんでいた!

「では、君が外に出る前に楽しませてもらうか」

 え? 何を?

 きょとんとするが、ブラッドは私の襟首つかんで立たせる。
 痛い痛い。首しまる!
 そしてベッドに引きずられ……。
「わっ!」
 ベッドに投げられた。スプリングで身体が一瞬跳ねる。
 起きようとしたが、ブラッドに背中からのしかかられた。
「ん……っ」
 うなじに口づけられ、意味ありげに腿をなでられた。
 膝がこちらの足を割り、服に手が掛かる。

「あのー、ブラッド。私、夜遊びに行きた……」

「君の奉仕次第だな。私をここまで苛立たせた報酬をいただこうか」

 恐怖に心臓をわしづかみにされる。

 そして今夜も帽子屋屋敷に、哀れな悲鳴が響くのであった……。

2/4

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -