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■ブラッドの紅茶禁止令1

 さて、余所者ナノ。
 めでたくブラッドの物となり、幸せな日々を送っていた。

「やあナノ。紅茶研究に精が出るようだが、少しは私の――」
「忙しいんで後にして下さい」

 バタン。

 ブラッドの目の前で扉を閉め、テイスティングの続きに戻る。

 ここは屋敷内の私専用の紅茶研究室。
 ボスの妻の特権で勝手に作った。
 最近はここにこもりきりで、最高の紅茶制作に余念が無い。

 今は千時間帯以内に、市場に流通できるレベルの紅茶を制作したいのだ。
 あー、忙しい忙しい。
 眠気覚ましにナノブレンド紅茶をグイッとあおる。
「お嬢様〜、ちょっと飲み過ぎじゃないですか〜?」
「ていうか、飲み過ぎじゃない状態のときが無いような〜」
 助手役のメイドさん何人かが、心配そうに言ってきた。
 アルコール依存症のような扱いである。
「大丈夫ですよ。カフェインをもってカフェインを制す。
 たくさん飲めば、カフェインが覚めてきますから」
「……それ、初めて聞いたわよね〜」
「今回も担架の準備、しておきましょうよ〜」
 メイドさんたちがヒソヒソ話し合っている気がするが、気のせいであろう。
 私はガブガブ紅茶を飲み続け、三時間帯後にぶっ倒れた……。
 
 …………

 ………… 


 ベッドに横たわる私に、愛する夫は重々しく告げた。

「ナノ。しばらく紅茶製造に携わることを禁ずる」

「離婚しましょう」

 ……耳元を銃弾がかすめた。

 状況を整理しよう。
 ここは帽子屋屋敷のブラッド(と私)の部屋。
 私はいつも通り、紅茶を飲みすぎて急性中毒でぶっ倒れ、医者から死ぬほど
説教を聞かされた。だがいつも通りである。
 見舞いに訪れたブラッドに新種の茶葉について報告し、今後の製造方針や
流通ルートについて意見を聞くつもりだった。
 そうしたら、重々しく宣言されたのだ。
 紅茶を禁ずると。

 私はカフェインの作用で興奮しすぎる心臓を抑え、抗議した。
「ブラッド。あなたともあろう方が、なぜ私に紅茶を禁ずると仰るのです!」
 ようやくこの不思議の国で、身を落ち着けた余所者だ。
 不思議の国に来て様々な体験をし、紅茶に関するスキルはある程度の
レベルに達してると思っている。
 そして今のファミリー内での地位がある。
 マフィア業にこそ関わっていないが、今は帽子屋屋敷の紅茶総責任者。
 茶園だって持っている。
 元々はブラッドが私のため、半ば道楽で作ってくれたものだ。
 でも今はファミリーの収入源の一つに成長した。
 
 ……が、そんな私にブラッドは冷たい。

「君こそ、紅茶を禁止するなり離婚を宣言とは。ずいぶんと偉くなったものだ」
 冷ややかに妻を見すえ、ブラッドが言った。
 私はその眼光に押されそうになりながらも、
「こ、紅茶はあなたに喜んで頂くためのもの。
 そのために日夜頑張っているのに……なぜそんなむごい仕打ちを!」
 ヨヨヨと泣き崩れると、

「果たしてそうかな」

 氷のような声に、ピタリと泣き真似を止める。
 執務机に両肘をつくブラッドは、相当不機嫌に見えた。
「ナノ。君の紅茶好きは度を超している」
「そっくりそのまま、ブラッドにお返ししますが」
「少なくとも、私は君のように日課でカフェイン中毒を起こすことはない」
「不思議の国の方と、か弱い余所者の体質の違いでしょう」
「そんな稚拙な理由では説明がつかないほど、君は紅茶を飲んでいる。
 ……飲み過ぎだ」
「あなたも飲んでらっしゃるでしょう」
「私は君と違って質にこだわるのでね。最高の紅茶を一杯か、粗雑な
紅茶を十杯かと問われれば、迷わず前者を選ぶよ」
「私もですよ!」
 言葉の一部は聞かなかったことにして、うんうんとうなずくと、

「で、君が飲んでいる紅茶の量を、部下に監視させたが――」

 ブラッドが静かに、何かの書類を出す。
 そこに記載された量に、私は愕然と目を見開く。
「そ、そんなはずは……もっと少ないはずです……」
「私とのお茶会、各種紅茶研究にテイスティング、休憩時間に飲む紅茶、
思いついたときに行うブレンド、もちろん毎食後にも紅茶。
 ――量を調節する。これは夫として、ファミリーの主としての決定だ」

 私はしわになるほど書類を握りしめ、身体をわななかせた。
 よもや紅茶狂と、内心嘲笑っていたブラッドより紅茶量が増えていたとは……。
「当然、各種健康データも徐々に悪化している。
 医者には入院を勧められたが、屋敷療養にすることにした。
 ナノ――しばらく紅茶は禁止だ」

 私は顔面蒼白になり、我が夫を見つめた。
 マフィアのボス、ブラッド。
 冷酷非道、残虐無慈悲、壊滅的な服装センスだとは思っていたが、まさか
紅茶の同志たる私にそんな宣告をするなんて……。

「じゃあ私は何をすればいいんですか!!」

 絶望的な気分でブラッドに詰めよると、邪悪な笑みを返される。

「もちろん、私と仲良くしていればいいだろう?」

「他の領土に泊まりに行ってきます。それじゃ!」

 片手を上げ、扉にダッシュする――押せど叩けど、扉は開かなかった。
「療養に専念してもらうため、しばらくはこの屋敷から出るのも禁止だ。
 ……ではナノ」
 背後からポンと両肩をつかまれた。
 ちなみに私はネグリジェ姿でございます。
 以前のような質素なものではなく、ブラッド好みの……私にはやや
露出が過剰と思われる、際どいデザインの……。
 
 そして悲鳴が上がる。

 そんなわけで、ブラッドとの戦いがスタートしたのであった。

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