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■私とブラッドと、とある死闘・後

 ※R18

 そしてしばらく後の帽子屋屋敷にて。

 私はエントランスのあたりにて、使用人さん達に押さえ込まれていた。
 ボスの妻に何たる扱い。しかし命令したのは、もちろんブラッドである。
「あ、あのブラッド。離していただきたいのですが……」
 私はうめくがブラッドは完全に無視し、他の使用人さんに、
「これで全部か?」
「はい〜。隅々まで探しつくしました〜」
 使用人さんも疲れ気味だ。
 彼らは不眠不休で労働をさせられたのだ。
 そしてブラッドは私を――複数の使用人さんによって床に押さえ込まれた
私を冷たく見やる。『テーブル』をトントンと叩き、
「よくもまあ、これだけ隠せたものだ」
「…………」

 帽子屋屋敷のエントランスに、臨時に設置された大テーブル。
 そこには、小袋にわけられた茶色と白の粉が何百と置かれていた。
 ……誤解しないでいただきたい。中身は珈琲とミルクの粉末だ。
 そばに控えたエリオットも心底から呆れたように、
「置物の壺の中、テーブルの裏、絨毯の下、クローゼットや本棚の
引き出しの裏側、カーテンの中に縫い閉じた奴まであったな。
 よくもまあ、使用人どもの目を盗んで、そこまで隠せたもんだ」
「普段は置物のごとく動かないというのに、困ったお嬢さんだ」
 押さえつけられた私の額を、ステッキの先で軽くこづくブラッド。
「で、出来心なんです、お許しを」
「出来心の奴が、ここまでするか!」
 エリオットごときからツッコミ!
「ナノ! もう珈琲はやらねえって誓ったじゃねえか!!
 頼むよ、元の明るいナノに戻ってくれ!」
 い、いや、そんな、お薬の常習者をなじるように言わなくとも。
 そして、扉の方からは別の声がする。

「ボス、連れてきたよ」
「さんざん逃げ回ってたから苦労したけどね」

 帽子屋屋敷の門番、ディーとダムだ。
 大人になっている彼らは、連れてきたらしい何かを蹴り飛ばす。

「ちゅう〜」

 床に転がったのはお掃除ネズミのピアスだ。
「ピアス!」
「ナノ〜」
 私たちは互いに駆け寄ろうとして――使用人に阻まれる。
 ブラッドは冷酷な目でネズミを見、
「ナノに誘惑され、密通か。ずいぶんと舐められたものだ」
「い、いえ、密通じゃないですよ、ブラッド。
 そりゃ、珈琲の取り引きにはご協力いただきましたが――」

 ガンッと、耳元をつんざく銃声。

 ピアスのいたあたりの床に銃痕と硝煙。

 気弱なネズミさんは真っ白な顔で、失神寸前だ。
 私は床に押さえつけられながら、
「お、お願いです。私が無理やり頼みました。
 ピアスにはどうぞ寛大なご処置を!」
「奴を助けたいのなら誓ってもらおうか、お嬢さん。
 もう二度と珈琲を飲まないと」
「…………いや、それはちょっと」
 言いかけ、私は唾液を呑み込み、
「わ、分かりました。お詫びします。もう飲みません……屋敷内では」
「屋敷外でもだ。永久に珈琲と縁を切ってもらおう」
「――っ!!」
 その言葉の残酷さに私は息を呑む。無理やりに顔を上げ、
「ブラッド! あなた人間ですか!? 
 人類の友たる珈琲を二度と飲むな、だなんて!」
「私には敵だ。名を聞くことさえ耐えがたい――ああ、全て燃やせ」
 珈琲の始末を問うた使用人さんに、非情に答える。
「ブラッドぉっ!!」
 私は必死に珈琲に近づこうとした。が、彼は辟易した顔で、
「ナノ。君には失望した。いつになったら、物事をちゃんと覚えてくれるんだ」
 何か失礼なことを言われているが、
「ブラッド! 何で屋敷の外でも珈琲がダメなんですか!
 珈琲にだって、私の大切な思い出があるんです!」
「時計屋との大切な思い出が?」
「あ、そうです。そうです。ユリウスとの――」

 バキッ!
 
 ブラッドのステッキが真っ二つに!!

 地雷踏んだ。超踏んだ!
 しかしスタスタと地雷原に歩いて行ったのは私だ。

「あんたさ。何て言うか、こうさぁ……」
 エリオットが何が言いたそうだが、私は聞いちゃいない。
 使用人さんの力が緩んだ隙に起き上がる。
 ブラッドと私の視線が合ったとき、火花が散った気がした。
「ブラッド!」
「ナノっ!」
 私たちは互いの名を、殺意をこめて呼ぶ。
「なぜ分からないんだ! 私は珈琲だけは我慢ならん!」
「何で分かってくれないんですか! 私は珈琲が大好きなんですよ!」
「ダメだ、許可はしない! 外で飲むのも禁止する!
 妻があんな劇物の悪臭を漂わせるなど、死んでも御免だ!
 どうしても飲むのなら、鎖で縛り付け、二度と屋敷からは出さない!」
 そこまで言われてはどうにもならない。
 今の私は本当に彼の所有物となってしまっている。
 彼がこうだと決めたら逆らうことは出来ない。
「ブラッド……そんな……ひど……」
 ポロッ。
「……え?」
 ブラッドが目を見開く。
「え? ナノ……?」
「ナノ様?」
 周囲の人たちも息を呑んでいた。
 だけど私はまぶたを抑え、
「ひどい、ひどいですよ、ブラッド……」
 シクシクと泣き声を上げた。
「ちゅう……ボスがナノを泣かしちゃった」
 逃げる隙をうかがってたらしいピアスがポツリと呟く。
「な……っ! 何を言っているんだ、ピアス。わ、私は……」
 まともに反応するブラッド。
 声がもろに狼狽しているが、部下の前で醜態はさらせない。
「ナノ、その、私は……その……」
 何度も私の様子を見ようとしては、身体を引く気配。
 プライドが邪魔をするのか、珈琲だけは譲れないのか。
「あ〜あ、お姉さん、泣いちゃった」
「ボスがお姉さんを泣かした〜」
 ディーとダムまで同調する。
「違う! わ、私は……!」
「ブ、ブラッド。と、とりあえず場所を変えて話し合おうぜ。な?」
 取りなすように、エリオットが私たちの間に割って入る。
 だがそれは逆効果だった。彼は気を取り直し、
「い、いや。話し合う余地などない。どんな権限を行使しても、私は
ナノの珈琲を永久に許可しない」
「ひどい! ひどいです、ブラッド!」
 私はシクシクとまた泣き声を上げ、ヨロヨロと数歩後じさり、
「そんな心の狭い方とは――やっていけませんっ!
 今までお世話になりました!! さようなら!!」
 クルッと背を向け、猛ダッシュ!
「ナノ!!」
「っ! おい! ナノを追いかけろ!!」
 エリオットが慌てて皆に指示を出す。
 しかし、いつもと違う私に、皆も若干戸惑っているようだ。
 その間に、私は遠くまでダッシュするのであった。

 …………

 …………

「うう、いったいどうすれば……」
 数時間帯後、森の中で私は正座して珈琲を飲み、困り果てていた。
 ハートの城は紅茶派の女王がいるし、クローバーの塔はグレイがいる。
 彼とは親しい友人づきあいをしてもらっているが、痴話喧嘩の逃げ込み先に
選ぶのは、さすがに申し訳ない。
 遠くからドアの声がする。
『おいで……』
『あなたの望む場所に……』

 ――ユリウスのとこに行っちゃおうかなあ。

「なーんちゃって。あはははは!」
 というかドアを開けようものなら、割と本気でブラッド&私の部屋に
Uターンする気がする。
 ブラッドのことだ。手錠と鎖を準備して待ち構えているだろう。
「うう。だからといって、一生珈琲を飲めないのは……」
 頭を抱え、頭を抱え……。
「えい☆」
 ガチャッと扉を開け、中に入った。
 そして目の前にいた相手にガバッと抱きつく。

「ユリウスー、ブラッドと喧嘩をしたんで一万時間帯くらい泊めて
いただけますか? お礼はわ・た・し(はぁと)」

 律儀に『(はぁと)』まで音声発音し、私は顔を上げ、営業スマイルで――

「…………」

「…………」

 怖い。沈黙が怖い。
 彼の手は、ギリギリと私の肩に食い込んでいる。
 そりゃそうだろうなあ。ユリウスの名前を普通に口走っちゃったし。

「おかえり、お嬢さん。時計屋ではなく、すまなかったな」

 地の底を這うような声でブラッドは言う。

 ドアの向こうは、やはりブラッドのところだった。 
「冗談です。超冗談です。あなたの気を引きたいがための冗談です。
 現にどこでもド……森のドアをくぐって、あなたのとこに帰りました」
「ナノ。一ついいか?」
 私の頭を撫でながらブラッドが言う。
「はい、ご主人様」

「その口を閉じ、永久に黙っていろ」

 ブラッドったら怒りっぽいなあ。

 …………

 実際のところ、あの扉はブラッドのところに通じていると思っていた。
 いや、それ以外はありえないのだ。
 彼の物となった私に、他に行く場所なんてないのだから。
 でもすごすごと帰るのは、降参するようで面白くない。
 だからあのとき『ユリウス』の名前など出してみた。
 私なんかより頭の良いブラッドは、そんなことはご承知のはず。

 承知の上で、面白くなかったみたいだ。
 ……当たり前か。


「だから……冗談ですってば、超冗談ですって……ん……だから……」
「『だから』? どうしてほしい?」
 ブラッドの声は冷ややかだ。
 私は熱に浮かされたような呆けた顔をしているだろう。
 服は無残に裂かれて胸がこぼれている。
 脚はブラッドに無理やりに開かされ、秘部が彼の目に晒されている。
 しかも両手首を縛り上げられ、ベッドの柵に縛り付けられていますが何か?
 ついでに言うと気分なのか、首輪までされている。
 引き千切られた服をどうしてくれるとか、腹いせにこういうのは止めて
ほしいとか、あまり考える余裕がない。
「ん……んん……」
 ブラッドに充血した箇所をくすぐられ、声が漏れる。
 指でいいから、もっと刺激が欲しくて無意識に腰が動くが、彼の手袋の
感触はすぐに離れる。
 これだ。さっきから一番してほしいことを絶対にしてくれない。
「ご主人様、お願いします……もっと……」
「君には矜持とか慎みといったものが無いのか?
 ネズミや時計屋に気を移す、嘘泣きはする、挙げ句に……」
 あ。嘘泣きとバレバレでしたか。動揺したくせに。
「ん……く……っ……」
 指で乱暴に『広げ』られ、入り口を軽くこすられる。
 背筋がのけぞり、愛液があふれるのが分かった。
 溢れた蜜はもう十分すぎるくらい、シーツに染みを作っている。
 こうして、どれだけ遊ばれているだろう。
「お、お、お願いです。もう、私……」
 全身が熱い。涙がにじむ目でブラッドにねだる。
 だが私の首輪をクイッと引っ張り、マフィアのボスは、乱暴に胸をつかむ。
 痛みと、触れられた悦びで喘ぐ私に、
「まだ駄目だ。躾はじっくりと丹念に行わなくてはいけないからな」
「反省しました……もう、逆らわないですから、だから……」
 首筋に犬歯を立てられ、別の手でまた、濡れそぼった私の秘所を弄る。
 もう弄られると音が出るくらい、壊れたみたいに滴り続けている場所を。
「あ……あ……ん……ダメ……っ……」
 最後のは、またブラッドの手が離れたことへの失望だ。
「ブラッド……ご主人様……おねがい……っ……」
 手首の枷を引っ張り、必死に懇願した。
 もう羞恥心は欠片もなく、欲望に動かされるままに暴れる。
 ブラッドは心底から楽しそうに、いっそ優しげに微笑む。
「ナノ。他の男と浮気すれば、もう次はない。分かったか?」
 ピアスとは本当に珈琲の取り引きしかしてないし、ユリウスのは冗談だけど。
「しません、絶対にしません……私が欲しいのはあなただけです、ブラッド……」
「まあ、いいだろう」
 ブラッドはやっと、自身の衣服をゆるめ始める。
 私は自分の目が、期待に輝いたのが分かった。
 だがブラッドは、十分に××状態になったそれを私の××に押し当てながら、
「では私への忠誠の証しに珈琲を捨てられるな」

「…………いや、それはちょっと」

「だろうな」

 一気に押し入った。
「――っ!! ん……やあ!……ぁっ……ああ……!!」
 怒られるか、お預けを食らうかと思ったのに。
 だけどブラッドは一気に最奥まで侵入した。
 私の身体は貪欲に彼を呑み込み、続く激しい動きに全身で喘いだ。
 腰をつかまれ、揺さぶられる。
 直前の会話さえ分からなくなるくらいの快感が、全身を包む。
「ァ……あ、いや……ダメ……、こわれ、ちゃう……っ」
「ああ。もともと、壊れているだろう、君は……」
 自由にならない身体に何度も何度も穿たれ、全身に口づけられる。
 私はただ髪を振り乱し、汗ばんだ身体に涙と愛液を零し続ける。
 けれど、焦らされすぎた。
「ご主人様……ダメ……もう、我慢が……」
 絶頂を迎えるのが嫌だと主に訴える。ブラッドはフッと笑い、
「こんなときばかり、気が合うな。ナノ」
「ひっ!……ブラッド……っ……」
 最奥を激しく抉られ、嫌々と首を振る。けれどブラッドは止めてくれない。
 もう止められない。全ての理性が崩壊し、私はただ快楽の中で、
「ブラッド……あ……あ……ああ――っ……!」
 真っ白になり、果てる。
 その直後に身体の内に生温かい迸りを感じる。
「……ナノ……」
 ブラッドの荒い息と私の頬を撫でる手。
 彼の指が鳴ると、どういう仕組みなのか枷が勝手にほどけた。
 私はやっと自由になった腕を動かし、彼に悪戯っぽく微笑む。
 さっきまでの喧嘩が嘘のように、私たちは唇を重ねた。
 けどブラッドはまだ身なりを整えない。
 それどころか、私の服の残骸を脱がし、また私の身体を探るようにする。
「ん……」
 残り火が再び燃え上がる気配を自分の中に感じ、私もブラッドを抱きしめる。
「ブラッド……愛しています、あなただけを……」

「ナノ……なら、私のために珈琲は捨ててくれるな?」

「いや、それはちょっと」

『…………』

 沈黙。ただただ見つめ合う、私たちであった。
 
 …………

 …………

 森の中で小鍋の珈琲がふつふつと泡を立てる。
 熱源が焚き火ともなれば、温度調整にも一苦労だ。
 だが長年の勘は最適な時を見逃さない。
「よし、出来ましたよ、ピアス!」
 鍋をつかみ、珈琲カップにとくとくと珈琲を注ぐ。
 手順に色々問題ありだが、出来るだけ美味しく淹れたつもりだ。
「ちゅう。美味しそうだね!」
 と言いつつ、大量の角砂糖片手にスタンバっているピアス。
 まあ味覚は人それぞれだから、とやかくは言うまい。

「飲み終わったら30秒で片付けますよ。
 珈琲豆と砂糖の袋は厳重に密閉して地中に埋めます。
 決して焚き火の跡を残さないように。
 屋敷に戻る前に服を着替えて珈琲の匂いを消しますよ」
「任せて! 俺、お掃除は得意なネズミなんだ!」
 私の勢いに押されてか、真剣な表情になるピアス。
「……ねえ。そこまでする必要、あるの?」
 珈琲をふうふうと冷ましながら、呆れたようなボリス。
「各領土のカフェは全て見張られています。
 裏ルートで珈琲豆を入手するのですら命がけだったんですから。
 あの××××帽子に二度と悟られてはいけないのです」
「だから、そこまでして飲まなくても……まあ美味しい珈琲だけどさ」
 やっとちょうど良い温度になったのか、目を細めて飲んでくれるボリス。

「誰にだって、譲れないものはありますよ。
 ブラッドもそのあたりを理解して下さらなくては」

 珈琲は大事な味だ。もちろん嫌いな人に無理に勧めるのは論外だけど、
気づかれないよう最大限配慮して、こっそり飲むくらいは許されるべきだ。
「でも、ナノの珈琲って、時計屋さんに教わったものだろう?
 ブラッドさん、それも面白くないんじゃないかな」
 手渡した二杯目にも懸命に息をふきかけるチェシャ猫。
「とにかく、珈琲は譲れません。時間をかけて説得しますよ」
「まあ、時間だけは掃いて捨てるほどあるけどね」
 ボリスは、なぜかシニカルに笑う。
「でも、あんまり怒らせない方がいいよ。旦那さんなんだろ?
 意地を張り合うより、ナノから折れてみたら、ブラッドさんも
ちょっと考え直すんじゃないかな」
 う。何か痴話喧嘩の仲裁をされてる気分。
「ちゅう? よく分からないけど、屋敷で珈琲が飲めるようになったら、
俺も嬉しいな」
「ま、まあ考えておきます」
 やはり珈琲、何はなくとも珈琲だ。
 私は決意を強くするのであった。

 …………

 ピアス達と別れ、屋敷の門まで帰ってきた。
 が、そこでブラッドに出会った。

「おかえり、ナノ。ディナーにするか、私と風呂に入るか、それとも
この場でくびり殺されたいか」
「っ!!」

 すぐ逃げようとしたが、ブラッドはディーとダムに素早く命じ、私を拘束させる。
 そして地中奥深くを流れるマグマを思わせる声で、
「珈琲を、飲んだな、ナノ」
「な……っ! 何を仰るんです、ブラッド!!」
 電動何とかのごとく全身を震わせ、最愛の人を見やる。
 まあ、尾行されていたんだろうなー。
「ナノ。全てを失うか、珈琲を放棄するか」
 そんな究極の二択を突きつけるとか、どこまで珈琲嫌いなんだ、この方は!
 私を両側から拘束する門番ズが、
「お姉さん。もう観念しちゃった方がいいんじゃないの?」
「僕ら、お姉さんにはずっとお屋敷にいてほしいよ。ね、捨てちゃいなよ」
「いえ、でも、その……」
 ごにょごにょ呟く。
 うーん。相手は、ほとんど勝ったことのないマフィアのボス。
 ――まあ、適当に答えておいて……後でこっそりと……。

「適当に答えておいて、こっそり飲もうという姑息なことを繰り返すのなら、
君の茶園はつぶさせてもらう」

 ど外道がいた。

「ブラッドぉ……」
 今度は本当に涙がこぼれた。だがブラッドはピクリとも表情を変えない。
「決断しなさい、ナノ」
『お姉さん〜』
 私は永遠と思われる数秒、うつむき、

「分かりました……珈琲は、二度と、飲みません……」
 
 沈黙。

「なんてことは、絶対に言いませんからねっ!!」

 …………

 枕を両腕に抱え、ベッドに座る。
「ナノ。こっちを向きなさい、ナノ」
 後ろからはご主人様の声。
 上機嫌だ。それは上機嫌だ。
 私は敗北に打ちひしがれている。

 あの後、門前に数時間帯吊された。
 その間にピアス含めたファミリー全員が集められ、私は彼らの前で
宣言させられた。『珈琲を二度と飲みません』、と。
 ついでに誓約書まで書かせられた。
 なぜか額縁に入れられ、屋敷の入り口に飾られた。
 生き恥ここに極まれりである。
 私は泣きっぱなしだったけど、ブラッドの機嫌は回復した模様。
 珈琲の匂いを落とすためお風呂場に連れて行かれ、そこで強引に(以下略)
 部屋に戻ってからも無理やりに(中略)、とにかく、珍しく構われ続けている。

「触らないで下さい」
「私に命令できる者はいないさ」
 しれっと返し、私を背中から抱きしめる。
「…………」
「紅茶を淹れてほしい。君の紅茶が飲みたい」
「なら離して下さい、触らないで下さい」
「終わったらの話だ」
 私を自分の方に向かせ、口づけてくるブラッド。
 目を閉じ、熱いキスを受け入れる。
「そのうち忘れさせる。必ず、な」
「い、いや、珈琲は普通に好きなだけで深い意味は……」
「君が私以外のものに心奪われる。それが許しがたい」
 そう言って押し倒された。
「まあ、泣かれたときは、一瞬だけ許しそうになったが……」
「え?」
「……何でもない。君は私のものだ。永久に。逆らうことは許さない」
 と言い切り、フッと笑う。
「だが、君には甘くなってしまうな」
 え!? どこが!?
「本当に、君という子は――」
 その後は聞こえない。彼は微笑み、私を強く抱きしめる。
「ブラッド……大好きです」
 唇に、首筋に、鎖骨に、その下に口づけられ、ネグリジェの中に手が
忍び込む。そのうちに、考えていたことを忘れてしまった。



「ナイトメア、ナイトメア! もうあなたしか頼れないんです!
 珈琲の木を仕入れて、お茶の木に混ぜてうちに送ってきて下さい!!」
 夢の空間で、夢魔に訴える。
「本当に懲りないな、君は――いや、どう考えても気づかれるだろう」
 ナイトメアからツッコミを受けつつ、次の手段をいくつも考える。
 くく。いくら万能のマフィアのボスだろうと、そう簡単には終わらせない。
 まずは屋敷での珈琲の確保。いずれは珈琲解禁にしてみせる。
「それで反撃されても泣くなよー。
 まあ、帽子屋も楽しそうだからいいのか?」
 夢魔の言葉は聞いちゃいない。
 
 大好きなブラッドの言うことだから、本当は聞いてあげたい。
 だが食の嗜好はなかなか譲れないものがある。
 そう、エリオットが決して諦めないように。
 いつか日が昇ることもあるであろう。きっと。
「……ナノ……」
 猛烈に何か言いたそうなナイトメアは無視しておいた。

 …………

 そして幸せな気分で目が覚めて、
「おはようございます、ブラッド」
 私の隣にいる大切なブラッドにキスをしようとして。
 彼が本を持っていることに気がついた。
「ところで、君が私の本棚に紛れ込ませていた、とある書籍についてだが」
 彼がゆっくりと、ゆっくりと何かの本を、凍りつく私に見せつける。
 その本のカバーには、ありきたりのタイトルが書かれている。
 だが、半分くらいが派手に破られている。
 破られたカバーの下に見えるタイトルは、

『初心者さんシリーズ・木から育てる自家製珈琲』

「は、はは……」
 ブラッドはその本をゴミ箱にドサッと捨て、代わりにベッドサイドの引き出しから
何かを取り出した。
 手錠。
 荒縄。
 首輪。
 かなりキワドイ『大人の玩具』数点。
 ブラッドは荒縄を鞭のようにビシッとしならせ、
「さて、ナノ。話をしようか。大事な大人の話を」
「は、はははは……ははははは」
 
 そして上がるボスの妻の悲鳴。もちろん誰も来やしない。

 私に制裁を課すブラッドは、ひたすら楽しそうだった、とだけお伝えしよう。

 そんな感じで、私とブラッドの死闘はこれからも続きそうなのでありました。



 まあいつかそのうち、ね。


 終わり☆

2/2

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