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■銃とそよかぜ〜My Sweet home(最終話)

 扉を叩き、私は絶叫する。
「出せぇええ!! 誰かここから出して下さいいいぃぃ!!」
 だが呼べど叫べど、扉の向こうから返答はない。
 その割に、バタバタと人が行き交う気配だけはするから腹立たしい。

「出してぇ……」
 力なく呟き、扉に爪を立てる。
 その間も額からダラダラと汗が出る。
「しくじった……」
 戻ってきて完璧にしくじった。
 そう、よく考えるべきだった。人の記憶は美化されるということを。
 よくよく思い出してみれば、ブラッドからは長いこと『紅茶を淹れられる
ペット』扱いだった。
 監禁されたこともある、首輪をつけられたこともある、殺されかけたことも。
 そもそも初体験がアレな上、関係が良好だった時期と、そうでない時期は半々だったような……。

 私は力なく、無人のブラッドの部屋を振り返る。
 あの再会から、ずいぶん長い時間帯が経っただろうって?

 
 ……まだ三時間帯しか経っていない。

 本気で三時間帯だ。

 ブラッドと再会した。
 キスをした。言いたかったことを言った。
 後は席について紅茶と菓子でも腹に入れ、思い出話をしようと思った。
 思えば逃げる隙があるときに、逃げていれば良かったのだ。

 ブラッドは迅速だった。
 あの後、彼は即座に私の拘束を命令。
 私は連れて行かれながら、まだ甘く考えていた。
 もうブラッドったら余裕がないなあ、と。
 だがブラッドは私に問うた。
 拘束される宇宙人のごとく、大人になったディーとダムに両腕を抱えられる私に。
 低く、低く。

『お嬢さん。新しい国では、何人の男と浮気をしたのかな?』

 私は応えた。笑顔で。どこぞの騎士のごとき笑みを浮かべ。

『あなたがいるのに、浮気なんてするわけないじゃないですかぁ☆』

 重苦しい沈黙の後、
『私は寛大な男だ。正直に申告するなら……』
 言葉の後半を省略するのが、逆に恐ろしい。
 しかも部下の前というのに、デリカシーなく聞いてくる。
 絶対に信用されていない上、余裕がない。一言が死を招く。
『してません、してません』
 ニコニコニコと笑顔で応じる。
『そうか。それは良かった』
 ブラッドの声が柔らかくなり、空気が軽くなる。
 私だけではなく、周囲の皆もホッとしたらしい。
 だが、それは罠だった。

『ところでお嬢さん。服についているその髪の毛は、時計屋のものか?
 それとも別の軸の私の物か?』

『え? 嘘! ちゃんと取ったと思ったのに!』

 私は慌てて服を確認し――ハッとした。
 
『あんた、またかよ……』
『お姉さんって、本当に男好きだよねえ』
『ボス。今からでもやっぱり止めた方がいいんじゃない?』
 呆れ顔が返ってきた。
『で、でも、ブラッドが一番好きですよ。あ、あははは……』

 バキッ!!

 ステッキが。ブラッドのステッキが真っ二つに折れていた。
 さすがに皆、一斉に押し黙る。

『エリオット』
『お、おう!!』
『すぐに準備に取りかかれ。五時間帯以内だ』
『ご、五時間!?』
『ボス、さすがにそれはちょっと……』
 双子達までが驚いたみたいだった。
『いいから速くしろ!!』
 ブラッドが怒鳴ると、三人は蜘蛛の子を散らすように走って行った。
 必然的に私は解放される。
『あ、あのですね。ブラッド。向こうの帽子屋屋敷では、紅茶の腕を
ずいぶんと上げたつもりでございまして――』
 
 耳元を銃弾が通過いたしました。

『黙っていろ』

『……はい、ご主人様』

 後はブラッドの部屋につくなり、ドンと中に突き飛ばされ、外から
鍵をかけられました。もう何をしても返事をしてもらえません……。

 …………

 数時間帯くらい経っただろうか。
「ナノ、起きろ。ナノ」
「ぐがー」
 ソファで私は寝ております。部屋はちょっと散らかってます。
 ソファの上にも下にも、本が散乱しております。
 勝手知ったるブラッドの本棚から、紅茶の新刊を取り出し、読んでいました。
「ナノ――起きろ!」
「うおわっ!!」
 ソファから蹴り落とされ、絨毯に転げ落ちた。
 私はガバッと顔を上げ、
「ブラッド! 何するんですか!」
「君は相変わらず自分のペースで行動する子だな。
 部屋の主の断り無く、貴重な本を読み、開いたままそこらに転がして」
 呆れたようにブラッドが、散らかった部屋を見る。
 そして何冊か片付けようとした。
「ブラッド、ブラッド。それは読みかけで……」
 床に寝っ転がったまま手を伸ばすと、届かない場所まで持って行かれた。
「ブラッド〜」
 猫のようにブラッドの足にじゃれかかると、すげなく靴で転がされる。

 ――ブラッド……何だか冷たくないですか?

 そこでハッとする。
 もしかすると、私はブラッドに見限られたのかも。 
 そうだ。こっちは熱くても向こうが冷めないと、どうして考えなかったのだろう。
 ブラッドの嫌がる『浮気(ではないと主張したいけど……)』を繰り返している私だ、
 ダイヤの国の彼のように、私に『興味が失せた』のかも……。

 ――イッツ・フリーダム!!

 私はガバッと起き上がり、
「それじゃあ、さよなら! これから自由に生きます!」
 音速で部屋を出ようとしたが。

 カチャリ。
 
「うわ!!」
 首がしまる!! 
 転びそうになり、慌てて持ちこたえた。
 急いで首に手を当てると……首輪がはめられていた。
「何すんです、ブラッド!」
「何を、と言われても、君が意味不明なたわ言と共に逃走を図ろうと
したから首輪をしたまでだが」
「い、意味不明って……ぐっ!」
 首輪につないだ鎖を引っ張られ、やはり選択肢をしくじったかと焦る。
 久しぶりに見るブラッドの目には、一切の哀れみも容赦もなかった。
「ブラッド……ブラッド……」
 私はこの場を逃れられる言い訳を百八ほど考え――最後に大人しくなった。
 どうしても内側から嬉しさがこみ上げてくるのだ。
 ブラッドが傍にいることに。
 私は素直に彼のそばに行き、肩にもたれ、体重を預ける。
 するとブラッドは少しだけ満足そうに、
「手癖の悪さは相変わらずだが、少しは従順になったようだな」
 いや、喉をくすぐらないで下さいよ。猫じゃないんだから。ゴロゴロ。
 目を細めてブラッドに頭をこすりつける。
 するとブラッドが私の顎を指先で持ち上げる。

「ナノ……」
 ゆっくりと唇が重なる。

「ブラッド……ん……」
 最初はやや浅く、だんだんと深くなっていく。
 ちょっと冷めかけていた身体も熱くなり、ブラッドへの愛おしさが、
抑えきれないほどにこみ上げてくる。
「……ブラッド……」
 甘えるようにブラッドの名をささやくと、痛いくらいに強く身体を
抱擁され、やや乱暴な手つきで身体をまさぐられる。
「ん……」
 身体の力を抜き、ブラッドに体重を預けると耳元で、
「ずいぶんと、誘う仕草が上手くなってものだ」
「へ?」

「だが奴らは君の扱い方を、全く心得ていなかったようだな。
 どうせ甘やかすか、力で抑えようとするかの無能者ばかりだったのだろう?」

 睦言というには冷ややかすぎる声。
「ば、ばかりって、いえですから、その……」
 モゴモゴ言っていると鎖を引っ張られ、背筋が寒くなる。
「飴と鞭でしつけるのが効果的だと、知らなかったのだろう」
 ……飴を持ちだしてきたこと、あったっけ?
「ブラッド? ねえブラッド?」
 だがブラッドは優しい、とても優しい声で、
「では行くか、ナノ」
「ど、どこにですか?」
 全身がガタガタブルブルと震える。

「結婚式場に決まっているだろう」

 一瞬だけフリーズした。
「いえいえいえいえいえ、ブラッド! 結婚は人生の墓場と申しましてね!」
「君に爪の先ほどの世間体と、一定のルールを遵守する傾向があるらしい。
 よって――婚姻によって縛り付ければ、淫乱な性癖が多少なりとも抑えられると判断した」
「い、淫乱って失礼な!!」
「では聞かせてもらおうか。君のどこが貞淑なのかと」
 もう一度鎖を引っ張るブラッド。
 気のせいか、彼がいつになく楽しそうに見える。
 好きなだけ弄べる獲物を手に入れた、凶悪な猛獣のように。

「ブラッド。本当に私なんかと、その、結婚するつもりなんですか?」
 確かに彼のために、たくさんのものを捨てて戻ってきた。
「当たり前だ。君以外の女と、墓場に入るつもりはない」
 だけど具体的に結婚という話になると、引いてしまう。
「お、お断りしたらどうなるのでしょうか?」
「君の前にありとあらゆる紅茶を並べ、鎖でつなぐ。結婚に応じるまで」
「ぐっ!! ひ、卑怯な! あなたは本当に人間ですか!!」
 悲鳴を上げるとブラッドは私から離れ、鎖を引っ張って歩かせる。

「正気に戻って下さいよ〜。ブラッド! 
 あなたの妻って、単なる妻じゃないんですよ?
 マフィアのボスの妻ですよ? そんな大役、とてもこなせません!」
「心配することはない。君の頭の悪さは皆も知るところだ。
 ファミリー総出でフォローする。それでも何かあればエリオットが喜んで
身体を張るだろう。君は何も考えず私の機嫌を伺っていればいい。
 ……大事にするよ」
「傷ついた! 超傷つきました! 絶対嫌ですよ、結婚なんて!」
 わめくものの、首輪をつけられ、引きずられるしかない。
 ど、どこが『大事にする』ですか!!

 で、部屋の外に出ると、メイドさんたちがワラワラと寄ってくる。
 彼女たちの顔を見てホッとする。やっぱりここはクローバーの国だ。
『顔』の分かる人たちが多い。が、
「お嬢様、それではまずお風呂に行きましょう〜」
「一時間帯でウェディングドレスまで済ませますから頑張って下さいね〜」
「いやあああ! 自由でいたいぃ!!」
 さすがに首輪は外してくれたものの、ブラッドは、
「大勢の出席者に、首輪でつながれている姿をさらしたくなかったら、
大人しくすることだ」
 なおも暴れる私に、ブラッドは身をかがめ、優しくキスをする。
 そうされると、何だか力が抜けてくる。

「別の国から、私の元に戻ってきたんだろう?
 いい加減に腹をくくりなさい」

 う。いつになく強引な理由はそれか。
 私は助けを求めて、周囲のメイドさん達を見るけど、
「うふふふふ。一刻の猶予もありませんよ、ナノ様〜」
「それでは行きましょうか〜腕がなりますね〜」
「いやあああっ!!」
 両腕を拘束され、処刑場に連行される罪人のごとく、私は引きずられていった。

 …………

 …………

 …………

「あああああ……あああああああ……」
 ベッドで私は頭を抱え、電動歯ブラシのように、ガクガクと震え続けている。
 脳裏に浮かぶのは、現実と認めたくない、つい先ほどまでの光景。
 教会を埋め尽くす大勢の出席者(恐らくほとんどマフィア関係者)。
 無理やりウェディングドレスを着せられ、呆然とする私。
 そんな私に微笑む、礼装のブラッド。

 誓いの言葉と指輪交換。そして……キス。

 してしまった。

 結婚を。

 よりにもよって、最悪の男と!

 人生の墓場に入ってしまったあ!!

「ああああああ……」
 全身に冷や汗がダラダラと流れる。
 ついでに、その後は大宴会だった。
 マフィアのボスの妻として、大勢の来客に挨拶され、祝福の言葉を述べられ、
ガクガクしながら、ぎこちない笑顔を返した。
 エリオットには『姐さん』と呼ばれるわ、皆の前でブラッドに何度も何度もキスをされるわ……。
 疲れているだろうから、と解放されたのが、ついさっき。

 どういうことだ。前の国から戻ってまだ二十四時間帯も経っていない!!

 枕に顔をうずめ、ジタバタしていると、扉が開いた。
 言うまでも無い、私の旦那様である。
「ナノ。大丈夫か? 頭は」
 真っ先に頭を心配された!!
「ブラッド、離婚して下さい」
「大丈夫ではないようだな」
「冗談です、冗談です。超冗談です!!」
 懐から首輪と鎖と手錠を出され、高速で顔を左右に振る。
 しかしまだ現実を認められず、身体を抱え、ブルブルしていると、

「拒もうと思えば拒むことも出来た。だが、君はそうはしなかった」

 背中を撫でられ、ささやきかけられる。
 そしてブラッドの方を向かされた。
 目を閉じると、唇が重なる。
「ん」
 そしてブラッドが礼服のネクタイを外すのが見えた。
 悔しいけれど、胸がドキドキする。
 私は、この人の物になってしまった。
 そんな思いが遅れて全身を包み込む。
 何だかすごく……すごく……。
「さて」
 彼が私に触れようとし、
「!」
 バッと避けた。我ながら見事な反射神経である。
「…………」
 私の服に手をかけようとし、空ぶる形になったブラッドはしばし固まり、
「では――」
 仕切り直しのつもりなのか、また私に手を伸ばしてきて、
「っ!」
 私は枕を抱え、彼の手をかわす。だがベッドからは出ない。
 ブラッドは宙をつかむハメになった手をしばし眺め、
「ナノ」
「――っ!!」
 盾のように枕を抱きしめ、顔をうずめた。
 耳まで真っ赤になり、何をどうすればいいのか分からない。
 でも逃げる気はどうしても起こらず、枕の間からチラチラとブラッドを見た。
 するとブラッドが、

「ナノ。まさかと思うが……私と結婚して、照れているのか?」
 
「〜〜〜〜っ!!」
 渾身の力で投げた枕は、アッサリ受け止められた。
 守る物がなくなり、私は慌てて後じさり。
 でもついにベッドの端に来てしまい、オドオドとブラッドをうかがう。
「こっちに来なさい、ナノ」
 と、ちょっと声を和らげるブラッド。
 そこで私も観念し、のそのそとブラッドの方へ。
「!!」
 抱き寄せられ、ビクッとして離れようとするけど、ブラッドが許さない。
 私はジタバタとブラッドの腕の中で暴れ……クタッと静かになった。
「……ナノ」
 抱きしめられた、心の底から愛おしい者を抱きしめるように。
 そしてベッドに横たえられる。
「君にはいつも驚かされてばかりだ。本当に飽きない子だな」
 私は服を脱がされながらモジモジと、
「優しく……して下さいね」
「君の愚かな脳に真剣に問いただしたい。己を振り返ったことはあるのかと」
 ひどいわ!

「おかえり、私の『そよかぜ』。そしてようこそ、帽子屋ファミリーへ」

 私はそう言われた瞬間、泣きそうになった。
「……ただいま」
 ベッドの言葉にしてはちょっと変だなと、キスをされながら思った。
 そして思う。

 私には家が出来たんだ。帰る場所が出来たんだ。

 まだ全然慣れない、どころか自覚もほとんどないけれど。
 でも幸せだ。

 ずっとずっと、もしかしたら元の世界にいた頃から探していた、
帰る場所が出来たんだから。

 ……何だかお茶が飲みたくなってきたなあ。
 
「ブラッド、ブラッド。緑茶下さい。玉露、玉露」
 胸に口づけるブラッドにせがむと、呆れたように、
「ナノ。私はずっと君を待っていたんだぞ?」
「玉露・玉露・玉露!」
「安心のあまり知能が退化したか、少しは甘えてくれるようになったと、
考えるべきか?」
 真顔で侮辱された!!
 そして、うるさい私を口づけで黙らせるブラッド。
「ん……」
「良い子にして飼い主を悦ばせたら、な」
『飼い主』はともかく――玉露を用意してくれてるんだ!
 私はテンションが上がり、もぞもぞとブラッドの下から出ようとし、
苦笑気味に妨害される。
 そして触れあいを徐々に深くされながら言った。

「ブラッド。愛してますよ」

「知っているさ」

 そして聞こえるか聞こえないかくらいの、小さな呟きが耳に届いた。
「……私もだ」
「え?」
「何でもない」
「ねえ、何て言ったんですか? もう一度だけ言って下さいよ、ブラッド!」
 けれどそれ以上は、交わりを深くされ、聞き返せなかった。
 
 そして熱い胸の内で思う。
 起きたら、ブラッドの目を盗み、友人皆に挨拶に行こう。
 ただし約一名は後ろから蹴り飛ばす!

 それからお茶会だ。
 皆で、楽しく、やりたい。
 私の紅茶を飲んでもらいたい。

 新しい紅茶も作りたい。茶園だって再開したい。
 やりたいことが、たくさんある。

 ……でも本当はまだ胸が痛い。
 捨ててきたこと、切り捨てた人への罪悪感もいっぱい。
 目を閉じると、なぜか監獄の幻影が見えることがある。

 それでも……それと引き替えに私は手に入れた。
 目の前のこの人を。そして『家』を。

 私はもう『余所者』じゃない。
 愛する人、帰る場所が出来たんだ。

「ブラッド。一生、あなたに紅茶を淹れさせて下さいね」

 熱い思いにとろけそうになりながら言った。
「何よりの告白だな」
 ブラッドは当たり前だ、と微笑み、何度もキスをしてくれる。

 私は誰よりも愛しい人を抱きしめる。
 もう二度と離れない。
 涙がこぼれる。
 胸一杯の思いで、ブラッドに告げた。

「永遠に、あなたを愛しています」


 永遠に。いつまでも、あなたのためだけに紅茶を淹れる。


 それが私の一番の幸せだから!



銃とそよかぜ・完

………………
Thank you for the time you spent with me!!

2014/06/03
aokicam


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