続き→ トップへ 小説目次へ ■帽子屋屋敷から逃げろ!・後 ……でも、救いがないこともない。 ブラッドが『見せつけた』ため、逆に私たちの関係が成立に至っていないことを皆が知っているのだ。 けれどブラッドが帰ってきたらもう逃げられない。 無理やりにでも関係を結ばされ、今度こそ私は名実共にブラッドの女になってしまう。 そして、私は面白みのない女だ。 必ず飽きられて捨てられる。 下手をすれば最短記録更新だろう。 それでもお情けで屋敷に置いてもらう。 ブラッドが新しい女性の腰を抱いて部屋に入るのを見ている。 いくらのんびりやの私でも今までのように気楽に『ああー、きれいですねー』『やっぱりマフィアのボスの女は違うなあ』と思っていられるだろうか。 絶対に嫌だ。 ――ブラッドに無理やりされる前に帽子屋屋敷を出よう。 貞操と自分の意思を守り抜くのだ。 私は強く決意した。 けど事は簡単ではない。 非常時ということで屋敷の出入りへのチェックは厳しい。 私も、外出禁止にこそされていないが、買い物などで出ることは出来ない。 あの双子の門番君たちは抗争に出ているけど、代わりの使用人さんが常に、門の前に詰めている。 ――いったいどうすれば。 「お嬢様。抗争はそろそろ落ち着きそうですよ。 もうすぐボスが戻ってくるんですよ〜。 早くお嬢様に再会したいってボスが〜」 朗報を伝えに来た使用人さんは箱をいくつも抱えている。 ブラッドから私へのプレゼントらしい。 そういえば不在の期間中、かなりの頻度が贈られた。 しまいには部屋に置ききれなくなって、今ではそれ専用の部屋まで作られている。 開けたことはないから、ブラッドの権力なら返品が可能なはずだ。 嗚呼、貧乏性。 「あ……あはは。そうですか〜」 と引きつった笑いを見せる。 ――でも有事に女に貢ぐボスって……。 とはいえ、抗争中にブラッドが正気に返って、私に興味を無くすフラグは絶たれたらしい。 想像したくはないけど、今までの女性のパターンを思い出すに、帰ったら私を伴い私室に直行だろう。 そして、焦る時間帯が続くうちに、抗争が終わったという報告が飛び込んできた。 「お嬢様〜ボスがお戻りになるそうで〜」 「そ……そうですか」 庭で味のしない茶を飲んでいた私は立ち上がる。 もう今しかチャンスはない。 私は使用人さんたちに微笑んだ。 「ブラッドを迎えに行ってきます。 もう抗争は終わったんでしょう? 私一人で大丈夫ですから」 すまして言うと、誰一人疑うことなく送り出してくれた。 「いってらっしゃいませ〜」 「お気をつけくださいね〜」 皆、何だか微笑ましいものを見ている、という顔だ。 ――恋人に会いたくて、いても立ってもいられないように見られてる? ちょっと焦りつつ、私は玉露の袋を抱え、小走りに門を出た。 ブラッドにはいろんな茶や茶器をいただいたけど、未練のあるものはこの玉露一つ。 元の世界から持ってきて、未だに未だに開封していない大切なものだ。 屋敷にお別れするとき持っていきたいものといえば、これ一つしかない。 私はあのダージリン強奪事件以来、門を出た。 解放感に思わず深呼吸する 抗争が終わったせいか、見張りの使用人さんの姿もない。 それはありがたいけど。 私はお屋敷を振り返る。 今はもう家のように感じている場所だ。 ブラッドが変な気まぐれを起こさなかったら、元の世界に帰るまでいただろう。 出来れば親切一つ一つにお礼を言って出たかった。 砂をかけて去るようなものだ。 私は一歩踏み出す。そして、ためらう。 ――でも、どうしよう……。 自分勝手に好きな場所に行けばいい。 でも私が何かやんちゃをしたら、色んな人に迷惑がかかることは経験済みだ。 私の逃亡で咎められる使用人さんもいるだろう。 大人しくブラッドの女になるつもりはないけど、私のせいで誰かに迷惑をかけたくない。 玉露の袋を持ち、うなっていると、 「あれ? 怪盗『黒いアフタヌーンティー』君?」 「ええ!?」 個人的な黒歴史を突然蒸し返され、私は驚愕とともに振り向いた。 たなびく赤いコートと大剣。 爽やかな笑顔。 ハートの騎士エースさんが立っていた。 4/4 続き→ トップへ 小説目次へ |