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■ダイヤの国との別れ・上

※R15

これまでの詳細なあらすじ。

私「色々あったけどクローバーの国に帰ります。てへ☆」
ダイヤの国のブラッド「地下室へようこそ」

……以上。

 帽子屋屋敷の地下室。
 そこは帽子屋ファミリーの最奥とも言える暗部だ。
 そこは外部の目が一切届かず、脱出など不可能。
 外部の敵や諜報員と疑われた人、あるいは見せしめの犠牲となる不幸な人が
そこに連れ込まれ、身の毛もよだつ悲惨な目に合わされる。
 そこは闇の底。一秒の休息無く、悲鳴が響く場所。


 さて、真面目なあらすじ。
 私ナノは元の国に帰ると、皆に告げました。
 クローバーの国のブラッドのいる場所へ。
 そして当然のことながら、ダイヤの国のブラッドを激怒させたのです。

 本当は何も言わず帰ることも出来たらしいけど、何か悪い気がして
馬鹿正直に宣言した。
 それが完全に命取り。地下に蹴り落とされたわけである。
 しかし発光……もとい薄幸の美少女は、そんなことではくじけない。
 ふ。ふふ、×××だの×××××だの言われ放題ですが、私は海千山千。
 見かけによらず、数々の修羅場をくぐってきたのだから。
 
 ……それにしても、汽車にはいつ来るんだろう。

 …………

 個室……というより独房には灯りがない。
 壁にはひっかき傷や謎の染み、カビ汚れに汚物の跡と、慣れてきても異臭がヒドい。
 とはいえベッドつき独房が与えられただけ、破格待遇。
 それは外からの悲鳴を思えば一目瞭然。
 とはいえ、とはいえ扉を閉められ、重い錠をかけられ、後は真っ暗。
 本も読めなければ紅茶もない。
 ベッドで横になるより他はない。
 地下に放り込まれたけど、今のところは拷問にはあってない。
 幸い、囚人の中でも私は別格だ。今のところは。
 少なくとも拷問にかけられたり、薬品を使われたりする気配はない。
 ここを耐えてまた外に出してもらい、ブラッドときれいに別れる。
 出来ればユリウスにも、一言謝ってから帰りたい。
 私は個室の外からの悲鳴を聞かないようにし、のんびり過ごす。
 だけど、ここに来てから、どのくらいの時間が経ったんだろう。
 今は昼? 夜? 夕方?
 私は暗闇の中で目を閉じる。
 
 悲鳴。悲鳴。悲鳴が聞こえる。

 扉の外からだ。音はほぼ筒抜け。
 私はベッドにうずくまり、布団をかぶる。
 私は必死に耳をふさぐ。
 外からは悲鳴が聞こえる。途切れることはない。
 使用人は無情な声で、囚人の人から、アジトの場所だの、仲間の居所
だのを吐き出させようとしている。
 捕らえられた人が、必死に何かを否定する声。
 そして、拷問器具か何かだろう道具が再稼働する音。
 異臭。異音。そして――さらなる絶叫。
 それは徐々に弱くなり、ついに聞こえなくなる。
 けれど水音がする。起こすために水をぶっかけたんだろう。
 そして最初からやり直し。悲鳴は終わらない。

 食事はいちおうある。もちろん館の豪華な晩餐(ばんさん)ではない。
 栄養食と思われる、全く味のしない固形物が一つ。運が良ければ二つ。
 それと水がコップ一杯。
 まあ動かないから食欲はあまりないけど。
 でもずっと寝ているだけでもない。

「ナノ」

 ブラッドに声をかけられる。いつ来ていたのか。
 薄暗くて、よく見えない。
 でも彼はそっとかがみ、ベッドの私に唇を重ねる。やけに甘い。
 そして私のやつれた頬に手を当てた。
 それから手を優しく首筋に、鎖骨に移動させる。
 慣れた感触に私の身体が期待にうずき始める。
 でも私は何とか笑い、
「ブラッド。マフィアのボスともあろう方が、こんな汚れたベッドで
女を抱くおつもりですか?」
 すると嫌そうな声が、
「まさか。いくら君が相手でも、ここまで不潔な寝具の上ではごめんだな」
 そう言われ、彼が私を、ここから出してくれないかと期待する。
 だが、

「ベッドから下り、壁に手をつきなさい」
 
「……っ」
 とっさに返事は出来なかった。
 確かにここは外から見えない場所だが、音の方は素通り状態。
 それでなくとも、外から休み無く悲鳴が聞こえる場所だ。
「君に拒否権はない。命令に従え」
 それでも声を出せないでいると、
「これ以上拒むというのなら、あの悲鳴の中の一員となってもらうが」
 私は慌てて起き上がる。
 大の男もショック死しているらしい拷問、一分一秒だって耐えられない。

 …………

 外から悲鳴が聞こえる。でも最近は感覚が麻痺してきたかもしれない。
 その証拠に……。
「君は本当に×××だな……こんな場所でも、××××になるとは……」
 濡れて雫を垂らす前を、容赦なく指でかき回され、雫が腿を伝う。
「う、やあ……」
 快感でしびれそうだ。でもすがるものがなく、壁に爪を立てる。
 誰かが逃げる場所を探し、引っかいただろう跡に、私が情欲で爪を上書きする。
 下の服は膝まで下ろされ、愛液がその上にしたたっていく。
 前ははだけられ、反応しきった胸に触れられ、息が荒くなる。
「あ……はあ……いや……」
 誰かの悲鳴をBGMに、潤みきった場所を何度も穿たれる。
 ただ、ブラッドは時折煽るようなことは言うものの、睦言はほとんどない。
 まるで定められた予定でもこなすように、機械的に私を責める。
 けど、こんな場所で、こんな状況で。
 自分一人だけが熱くなっているような羞恥心に襲われる。
 だが冷静になろうにも、全てはブラッドの手の中だ。
「や……ブラッド……もっと……ああ……!」
 音が筒抜けだということも頭に無く、獣のように腰を振り、責め苦をねだる。
 何も聞こえない、誰もいない。ただ、この人だけいれば……。
「この……×××××……」
 侮辱の言葉を耳元で吐き捨てられ、中に生温かいものが弾けた。
「――――っ!!……」
 壁に爪を立て、はぁはぁと余韻の息をつく。
 こぼれた残滓が、私の衣服をさらに汚すのが分かった。
 けどすぐに髪を引っ張られる。
 痛みに余韻が冷め、肩越しにブラッドを見る。
「ブラッド……」
 出たのは、少しだけ、ねだる声だったかもしれない。
「この程度で満足する控えめな女ではないだろう? 君は」
 その通りだった。胸を乱暴に愛撫され、それでも口から出るのは歓喜の声。
 ブラッドはまた私の腰をつかむ。
 自分が堕ちるところまで堕ちた、最低な女だという気がした。

 …………

 地下にいるのに、拷問を受けないという別格待遇。
 ブラッドには、さすがに感謝しないといけないだろう。
 精神的な拷問があるといえばある。
 それが、ブラッドが私を入れた目的じゃないだろうか。

「出て下さい〜」
 
 外の悲鳴も、環境音並みに気にかからなくなった頃。
 ベッドにうずくまっていたら、使用人に声をかけられた。
 私の眠りはごく浅い。でも、いつ扉が開いたか分からない。
 ぼんやりと考えている間に、腕を引っ張られ、無理やり立たされた。
 私は寝っぱなしで、ふらつく足をどうにか動かし、連れて行かれた。
 外に出る。まぶしい。
 ずっと真っ暗な部屋にいたから、どうも灯りが目に慣れない。
「座って下さい〜」
 指示された通り、扉の前にあった椅子に座ると、複数の使用人が寄って
きて慣れた仕草で、私の両腕と両足を、椅子の肘と足にベルトで縛り付ける。
 さすがに警戒しながら彼らを見ると、使用人は無表情に、
「寝ないで下さいね〜」
 これから何が始まるのだろう。
 ぼんやりした意識がさすがに覚醒し、恐怖に震えた。
 だが身体は全く動かせない。

「それでは始めて下さい〜」

 そして……私の身には何も起こらない。
 ただ無関係の人の拷問が始まる――私の目の前で。
 マフィアの敵対者か、諜報員の疑いをかけられたか、男の人への拷問が始まった。
 具体的な描写はどうか省かせてほしい。
 だが嫌な音と臭いがする。そして悲鳴。
「う……」
 吐きそうになったが、手は動かせない。
 声だけと、実際の映像があるのでは、全く次元が違う。
 暴力映画かホラー映画の中でしか起こりえない光景が、現実の光景として
目の前で展開されていた。
 殴打、悲鳴、異音、絶叫。
 時おり赤い物が飛び散り、私の衣服にかかる。
 BGMになりかけていた悲鳴が、現実の音として蘇る。
 あまりの凄惨さに、私はギュッと目を閉じた。だが、
「ナノさん、目を閉じないで下さいね〜」
 私を監視していた使用人に言われた。
「そんなこと言われたって……」
「見ないのなら、あいつにしているのと同じ拷問をナノさんに加えます。
 それがボスのご命令ですよ〜」
 ギョッとして使用人を見る。
「出来ないと思いますか〜?」
 使用人には顔が見えない。それが怖い。
 私は震えながら目を開け、拷問の様子を無理やりに見た。
 でも直接は見ないように、見ているフリをして近くの壁を見た。
「目をそらさないで下さい〜。ちゃんとあいつを見るんです〜」
 ……バレていた。
「次はありませんよ。あ、ナノさんの拷問準備お願いします〜。
 保ちそうにないんで〜」
「は〜い」
 ご飯の準備でも頼むかのように、恐ろしい指示が気楽にされる。
 ガラガラと私のそばに、小さな台が運ばれてくる。
 台にのっているのは、ナイフにペンチ、ハサミ、金槌、鉄パイプ、
錐(きり)、バーナー、濃硫酸やフッ化水素酸の瓶……。
 使用人の一人が手袋をし始め、バーナーを取って火のつき具合を確認する。
「や、止めて下さい。見ます! 見ます! もう目をそらしたりしません!」
 慌てて言って、拷問の様子を見る。
 凄惨で吐き気しか起こらないが、あれが自分の身に起こるかと思えば話は別だ。
 映画だ。目の前の光景は現実のものじゃなくて映画なんだ。
 何とかそう思おうとした。
 ん? 何か異臭が。
「……っ!」
 危うく顔に大やけどをするところだった。
 バーナーの火がすぐそばにあって、私の髪を数本燃やしていた。
 使用人はニッコリと、
「脅しではないです。俺たちは『本当に』ナノさんに拷問をしますから〜」
 ……笑顔に失禁しかけた。ブラッドは本気だ。
「あの、これ、何時間帯続くんですか?」
 もう拷問から目をそらす気は起きず、かすれた声で聞いた。
「さあ、どうでしょう〜?」
 とぼけた声が返ってきた。一時間帯で終わる感じではなかった。

 …………

 地下で時間帯の感覚は無いが、通常なら十時間帯は経ったと思う。
 解放されたとき、自分で歩くことも出来なかった。
 私は色んな意味で汚れていたため、すぐにシャワーに送られた。
 ちなみにここのシャワーは地下室の隅にある。
 水しか出ない上、プライバシーの配慮ゼロで、カーテン等の覆いは無い。
 主な用途は、汚れた拷問器具を洗うことだろう。
 私が身体を洗われる横でも、悲鳴が聞こえる。
 彼は、今生の名残に、女の裸を見る余裕はないだろうか。
 ――あ、無理か。さっき目を××されてたもんな。
 私は麻痺した心で半笑いし、氷のように冷たいシャワーに全身を浸した。

 …………

 感覚がない。暑さ寒さも感じない。
 拷問の光景が夢の中で再現され、何度も飛び起きる。
 夢魔が払っても払っても追いつかない。それ以前に眠れない。
 そうしているうちに、気がつくと暗闇の中、一人で笑っているときも
出てきたし、見殺しにした人の幽霊と会話しているときも出てきた。
 全く刺激のない暗闇で寝ているか、拷問を長時間見させられるか。
 壊れてしまいそうだった。いや、もう壊れているんだろうか。
 一時間帯前にあったことも、ちゃんと思い出せなくなってきた。

 ブラッドも来る。現実の彼も。
 ただ、私の意識もぼんやりしている。
 気がつくと、床にひざまずき、彼の××を×××××していたときもあった。
 壁に背を押しつけられ、膝を抱えられ、責め立てられたことも。
 一度ならず独房の外、地下の隅で抱かれたこともあったような。
 いや、もっともっとひどいことをされた記憶も。
 ただ、記憶が飛び飛びで思い出せない。
 中には本当じゃないこともあるかもしれない。

 それでも私はブラッドにすがりつく。
 彼はとてもきれいだ。皆に命令出来る。すごい人だ。
 この状況下で唯一、私に気持ち良い感覚をくれる。

 何て良い人なんだろう。


「ナノ……」 
 彼のキスに自分から舌を絡め、応える。
 いつの間にか独房の寝具も真新しいものに代わり、もう彼をベッドで受け入れられる。
 私は服を脱ぎ捨て、彼を迎え、抵抗なく身体を開く。
 外は怖い。ここは耐えず悲鳴が聞こえる。
 ここにいられたらいいのに。
 ずっと、ブラッドといられたらいいのに。
「いられるさ。ずっと、ずっと……な」
 熱くとろけそうな中、ブラッドにささやかれる。
 一糸まとわぬ私を抱きしめる腕は強い。
 これだけがあればいい。
 もう自分が何だったのか、何でここにいるのか、少しずつ分からなくなっている。
「それでいい、お嬢さん。過ぎ去ったことには、もうこだわるな。
 私だけがいる。それでいいだろう?」
「はい……」 
 外の悲鳴は私の関心事にはない。
 人が傷つくことも自分が傷つくことも、何もかもが分からなくなっていく。
「ブラッド……」
 抱きしめ、キスをする。深く深く快楽に溺れ、もう彼のことしか考えられない。


「私と結婚しなさい。ナノ」


 耳元で囁かれる。心臓がドクンと動く。

 誓約する。ずっとそばを離れない。
「そうすれば地下室から出してあげよう。すぐに式だ」
 にわかには答えられない。
 だけど否定の選択肢が与えられていないことくらい分かる。
 ブラッドは暗闇の中、うっすらと微笑み、私の髪を指ですく。
「君には一切の義務を課さない。私の部屋に住み、そこで私のために
紅茶を淹れ、私が帰るのを待っていればいい。いつまでも……」

 ――紅茶?
 
 ブラッドはもう一度口づける。

「ナノ。返事は? 私と結婚するな?」
 
 甘く囁き、私を抱きしめる。
 もちろん私は、私は……。
 
 答えようとしたとき。一秒にも満たないその一瞬。
 私の頭の中で、不思議の国に来てから起こったことが全て再生される。
 苦痛の思い出が押しやられる。

 もっともっと大事なこと。
 世界で何よりも大事なこと。

 遠ざかっていく藍の髪。彼には、またいつか会えるかもしれない。


 けれど私をまっすぐ見ている人がいる。
 私を待ってくれている。
 今も、あの整えられた庭園で。
 目の前のブラッドを受け入れたら、彼には二度と……二度と……!


 もう二度と会えないのは――耐えられない!!


「ごめん、なさい……」

 
 私はブラッドの肩を、そっと押して遠ざけた。

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