続き→ トップへ 小説目次へ ■帽子屋屋敷から逃げろ!・前 「――っ!!」 私の頭は瞬時に冷静に戻る。 上半身は胸がむき出しで下にはブラッドの手が入り込んでいる。 ベッドは入り口から離れた場所にあるし……と思いたいがここの人たちは異様に視力がいい。 間違いなく見られた。 羞恥プレイどころではない。 だけどエリオットたちは冷静だった。 エリオットは一瞬だけ私に視線を走らせると、いつもの声で、 「お楽しみのところ悪い! でも緊急事態なんだ」 「お邪魔してすみません〜。 でも敵対ファミリーが領土内に潜入して……」 エリオットたちが一斉に説明し出す。 「やれやれ、無粋なものだ。 まあ、お嬢さんを紹介する手間は省けたか」 ブラッドはため息をついて私から手を離し、ハンカチでじっとりと濡れた手を拭く。 私は瞬時に掛け布を頭まで被り、まん丸になった。 ブラッドは濡れた手を隠そうともしなかった。 部屋を立ち入り禁止にすることも出来たのにそうしなかったなんてひどすぎる……。 全身から体温が引き、ガタガタ震える。 布団の向こうではブラッドが何か難しい話をしている。 やがて足音が近づく気配。 布の上に大きな手を置かれ、ビクッと身体がすくんだ。 ブラッドは私の耳の辺りに優しくささやく。 「お嬢さん、大変残念なことに少しの間、屋敷から離れねばならない。 焦らして悪いが、続きは私が帰るまで待っていてくれ」 ホッとしたような残念なような気分になったのは、私の理性がまだ完全に戻ってきてないからだろうか。そして、 「その服では部屋にも戻れないだろう。 後始末は部下が手伝うから心配するな」 第二の悪夢が始まった……。 私は帽子屋屋敷の庭でボーッと茶を飲んでいる。 ――やはり、玉露ですねえ……。 しかし高価な茶を飲んでいるというのに心ここにあらずの状態だ。 あれからそれなりの時間帯が経ったけどブラッドはまだ戻らない。 私はチラリと背後に視線をやる。 何人かの使用人さんが控え、私が何か指示したらすぐ実行できるようにと待っているらしい。 今まで、こんなことはなかった。 これまで緑茶のお茶会はほとんど一人でやっていて、片付け以外何か頼むことはなかった。 でも使用人さんたちだってそうと分かってるだろうに皆『休め』の姿勢でビシッと待っている。 自分が『ボスの女』と見られていることに、私はため息しか出なかった。 あれ以来、使用人さんたちの私への態度はガラリと変わった。 それはもうガラリと。 思い出したくも無い『後始末』をお手伝いされたとき。 茫然自失の私の服を脱がし、身体を清めていく使用人さんたちは本当に平然としており、礼儀正しく、からかいの言葉一つなかった。 それ以降も何一つほのめかすようなことは言われない。 けれど起床から就寝まで、私の生活は何かと使用人さんの手が入るようになった。 私が目を覚ますと服を用意して待機している。 それから着替えのお手伝いをされる。 その間、部屋には洗面用具を持った使用人さんが入り、着替え終わったら洗面のお手伝い。 それから食事のお手伝い、お茶会のお手伝い、紅茶や緑茶の勉強のお手伝い……こんな調子で寝るまで続く。 四六時中つきまとわれるわけではないし、面倒がりな性分だから楽だというのは否定しない。 けど、今までほとんど一人で好き勝手に過ごしていた私は戸惑うしかない。 自分でやると言っても、使用人さんたちは強引にやってしまう。 どっちが上だか分かりはしない。 やがて一人のお茶会をいつもより切り上げて片づけようとする。 心得て寄ってくる使用人さんたちに『いいですよ』と言うと、 「お手伝いさせてくださいよ〜。 ナノ様はもうすぐ大事な立場になる方なんですし〜」 「俺たち嬉しいです〜。ナノ様はすごくいい方ですから、みんな本当に喜んでますよ〜」 使用人さんたちは作り笑いではない本物の笑顔。 私とブラッドの仲を本当に喜んでくれている。 いくら違うと否定しても、私が照れているようにしか受け止められていない。 それだけに、もう八方ふさがりだ。 ……でも、救いがないこともない。 3/4 続き→ トップへ 小説目次へ |