続き→ トップへ 小説目次へ

■ダイヤの城のお茶会6

そして席に案内され、ブラッドに椅子を引かれる。
「ありがとうございます」
ブラッドが自分の席に戻って行くのを見て、やっと息を吐いた。
でもそればかり気にしてはいられない。
目の前には、夢のように美しいお茶会のテーブルが見えた。
――ああああ!紅茶を控えていて良かったー!
お茶会のため断紅茶をしていたわけではないけど、わき上がる至福を
噛みしめるのに精一杯だった。
「それではナノ。まずは私に淹れさせて下さいませ。
後ほど、あなたの腕前、見せて下さいますね?」
「もちろんです、クリスタ」
一級の茶葉を一級のお客さまに淹れるなんて、腕が鳴る。
主催のクリスタが紅茶を淹れる間に、私もティーナプキンを広げる。
……やはりブラッドの視線を感じる。
シドニーもだ。でも悪い視線ではなく、何か感心したような……自意識過剰かな。
「さあさあ、温かいうちに召し上がって下さいな」
ティーカップは右手で持つ。姿勢は吊り上げられたみたいにまっすぐ。
ティースタンドのティーフーズは下から食べるべし。
「美味しい……!本当に素敵なお味です、クリスタ。
こんな素晴らしい紅茶が飲めるなんて――」
「まあ、ありがとうございます、ナノ。私こそ――」
そうして、楽しいお茶会が始まった。
「…………」
しかしブラッドはフォーマルな席の空気を読まない。
クリスタから話題を振ることはあっても生返事。
こっちは息がつまる思いで気を使ってるっつうのに……。
いや、彼はそれとなく私を見ている。
威圧的なまなざしではなく、ただ純粋に私を。
……つまりボーッとしてる感じなんだけど、大丈夫かなあ。
おかげで、一対一のときほど怖くないですが。
「それではナノ。遠慮なさらずダイヤの城の茶葉をお試しになって」
――来た!
貴族でも役持ちでもない、一介の余所者が招かれた理由はそれに尽きる。
私はスッと席から立ち上がる。
――紅茶だけに集中するんです、ナノ。
才能はないのかもしれない。努力だけでは天才に追いつかないのかも。
それでも、積み重ねたものがあるのなら。
――クリスタの機嫌を損ねないよう、無難にやり過ごさないと。
全ては無事に墓守領に帰るために。
私は茶葉の缶に手を伸ばす。
あとは何も考えず、紅茶の世界に飛び込んでいった。

…………

…………

時間帯が数回変わり、何度目かの夜になった頃、やっとお茶会が
お開きになった。最後の紅茶を淹れたのは女王クリスタ。
少し強めの味のダージリンをいただき、私は主催者に微笑む。
「クリスタ。楽しいひとときでした。
あなたとお近づきになれて本当に嬉しく――」
「こちらこそ、ナノ。是非またお城のお茶会に――」
社交辞令を交えつつ、お開きの会話を粛々と進めていく。が、
「帽子屋。少しは機嫌を直してはいかがです?」
クリスタは完全に呆れ顔だった。
「…………」
ブラッドは無言で最後の紅茶を飲んでいる。
チラッと私を見た気がするけど、でもまた紅茶に戻る。
私は冷や汗が流れるのを感じた。
ブラッドは最初から最後まで、無言だったわけではない。
実は少し話した。
私が紅茶を淹れたときだ。ブラッドは上機嫌だった。
『実に美味い。香り高く、渋みもきいている』
高揚していると言っても良かった。ありったけの美辞麗句で私の紅茶を
褒めてくれた。主催のクリスタそっちのけで褒めるから、クリスタが
機嫌を損ねやしないかと、ヒヤヒヤさせられたものだ。
でもそれも最初だけ。
私が次々に紅茶を淹れ、お茶会が進むにつれ、なぜかブラッドはみるみる
機嫌が急降下させ、元の不機嫌な彼に戻ってしまった。
作法など知ったことではないと言いたげに、好き勝手に飲み会話もせず、
話しかけても返事もせず。無言で紅茶を飲み続けていた。
でも、クリスタたちは涼しい顔だったものだ。
ワケが分からない。
――早く帰りたい。
女王陛下のお茶会は想像以上に素敵だったけど、不機嫌なブラッドを
見て、夢見心地も冷めてきた。
さらわれたとはいえ、勝手に墓守領を出てきたことも思い出されてくる。
――ユリウス……。
そろそろ迎えに来てくれただろうか。
早く彼に会って叱られたい。あとエースのことも話し合わないと。
「それでは、クリスタ、本当にありがとう」
「ナノ。是非また私のお茶会にいらして下さいませね」
女王陛下に膝を折り、今度こそお開きの合図。
「それでは、こちらへ。着替えの支度がととのっています」
宰相のシドニーが、私を広間の外に導いていった。
最後にチラッとブラッドを振り返る。
やはり不機嫌そのものの顔で、別の出口から立ち去るところだった。


3/4

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -