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■ダイヤの城のお茶会5

「さあ、中へ」
シドニーに促され、私は静かに歩いて行く。
広い。だけどどこか寒い。
まさしく扉の向こうは、荘厳華麗な宮廷の広間だった。
ダイヤのモチーフをそつなく取り入れた、芸術的なまでの調度品。
白亜のマントルピース、マホガニーのテーブル。
クリスタルのシャンデリア、銀の燭台。
そして部屋の主は私に気がつくと、立ち上がって微笑んだ。
クリスタ=スノーピジョンだ。
大輪の白薔薇の笑顔で、こちらに歩いてくる。
「いらっしゃいませ、ナノ!とてもきれいですわ!」
「ど、どうも、クリスタ様」
及び腰でいつも通りに話そうとして――ハッとした。
何か寒いと思ったら、広間の数ヶ所に氷の柱がある。
その氷の中にメイドさんとか兵士さんの姿が……見なかったことにしよう。
――今回はお行儀良くしてますか。
ダイヤの女王の噂は、多少は耳にしている。
ここには私一人しかいない。自分の安全は自分で守らないと。
クリスタ様は、今はニコニコしてる。
けど下手なことをすれば、最悪、ここで始末されかねない。
――仕方がないですね。
猫背は止め。両手でドレスの裾をそっとつまんだ。
背筋は伸ばしたまま片足を少し引き、両膝を曲げる。
身分の高い人への跪礼(きれい)だ。
「女王陛下。このような素晴らしい席にお招きいただきまして、
大変、光栄にございます」
「こちらこそ到着を待ちかねましたわ、ナノ」
私の挨拶に満足したのか、ちょっと機嫌を直したような声。
「お待たせしてしまい、深く恥じ入る次第です。どうか非礼をお許し下さい」
「あら、お気になさらないで。招待状も時間帯も、いい加減なもの。
退屈なお茶会にあなたが来て下さっただけで、十分です」
と優雅に微笑まれる。ゾクリ。
私は広間に点在する氷の柱から意識をそらし、クリスタ様に微笑む。
「それで女王陛下……」
「クリスタ、でかまいません。堅苦しい敬語も不要です」
「お断りします。アイデンティティに関わる重要事項ですゆえ」
どキッパリ。クリスタはちょっと目を丸くし、口に手を当て、心から
楽しそうに笑った。
「余所者は面白いですわね。ならお好きになさって下さい。
フフ。帽子屋といるより退屈しませんわね」
……あーあー。『帽子屋』って言っちゃった。
せっかく視界に入れないようにしていたのに。

お茶会だもの。私が広間に入ったときからブラッドはいます。
測量会で会ったとき、彼はすぐ話しかけてきたものだ。
でも不思議なことに、ここでは全く口を挟んでこなかった。
まさか、主催の女王に気を使って?あの帽子屋のボスが?
「あら、帽子屋はすっかり腰砕けですの?」
からかうようなクリスタの声に勇気づけられ、ついに私はブラッドを見――
「――――」
ブラッドは微動だにしていなかった。
女王に凍らされたかのように固まって私を見ている。凝視している。
――え?ちょ、似合わなさすぎて失笑とか言わないで下さいよ!
肩と胸元と背中が大胆に露出した、なのに上品さを感じる大人の
デザインの青いドレス。ふんわり広がる裾にはフリルが盛りだくさん。
慣れない高いヒール。髪はメイドさんたちに完璧に結い上げられ、宝飾の
髪飾りが輝く。顔に軽くメイク。口元にルージュ。シルクの手袋、
ダイヤのイヤリング、サテンのリボン。
に、似合わない?似合わないって素直に言っていいんですよ?
あと腰に提げた玉露は見ないで−。見ないでー!
「あの、何か?」
穴が開きそうなほど見つめられ、つい聞いてしまう。
するとブラッドは我に返ったかのようだった。
「……ん、ゴホン!失礼した」
咳払いをし、立ち上がる。
警戒してほんの半歩退いたけど、彼が私をエスコートするつもりなのだと
すぐに気づいた。客が客をエスコートするのも、妙な話なんだけど。
でもシドニーに制止する気配はない。クリスタも楽しそうに見ている。
「どうぞ、お嬢さん」
ブラッドが、貴族の姫君に対してするように、優しく私に促す。
だから私も滑るように彼の傍に立ち、腕に手を添える。
そして姿勢を崩さず、ドレスの裾を乱さず、ブラッドに合わせ半歩後ろを
歩く。こうすればブラッドが、ドレスを踏むことなく歩けるわけだ。
私たちは、まるで最初から二人で来たみたいに、自然に歩調が合った。
でもブラッドに、測量会で私を脅したときの様子は微塵もない。
それに気のせいか頬が赤いような……まさかね。

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