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■ダイヤの城のお茶会3

空は暗い。星が陰鬱に光り、木々の枝葉がそれを覆い隠す。
墓守領の夜の時間帯。
墓地が近くだと思えば風はなお寒い。

「エース!!」
私は倒れた少年にかけよった。
抱き起こし、恐る恐る耳を近づけると、小さく呼吸が聞こえた。
息があることに心底からホッとする。
「…………」
向こうに人が立っている。男性だ。
エースを倒した悪漢がすぐ近くにいる。
私はエースを抱きかかえるようにし、後ろに下が……重いわ!
ずりずりと数センチ動いただけであった。
すると緊張感のない声が、
「あはは。そんなに警戒しないでくれよ。気絶させただけだろう?」
「何者ですか?」
声の震えがどうしても出てしまう。
「へえ、分からないんだ?」
「分かるわけがないでしょう。そんな怪しい格好で」
そう、目の前の相手はまさしく怪しい。
何せ顔には仮面。全身を覆うローブ。しかも、かすかに血の匂いがする。
私は小さなエースを庇うように抱き、どう逃げたものか考える。
「へえ。そいつを庇うんだ?今しがた君を始末しようとしたのに?」
声は冷ややかだった。向こうは私を知っているような気がする。
でも私には、目の前の相手が何者か、全く分からない。
――あいつ、もしかしてエースを狙って……?
私はバッと立ち上がり、両手を左右に広げた。
「ひ、人質をお捜しでしたら、わ、わわわ私にして下さい。
私は時計屋ユリウスの恋人です!」
カッコイイことを言おうとすると、声が震えてしまうのは何ゆえ。
「へええ……!ユリウスの恋人。君が!?」
「文句でも?」
「いいや、別に」
ニヤニヤ。嫌な感じの笑い方をする人だ。
「ナノ。君さ、いつまで逃げているつもり?」
「は?」
名前を呼ばれたのにも驚いたが、言われたことがよく分からない。
私は別に逃げも隠れもしませんが。
いや、ブラッドからは逃げているけど。そろそろ立ち向かえってか?
いやでもこんな夜に発破をかけられても。
「ええと、あなたは私の名前をご存じなんですね?」
やはり人質目的か。でもエースがまだ気絶しているから逃げられない。
ユリウスが来てくれることを祈るしかない。
「まあジョーカーさんにとっても夢魔さんにとっても、君は
このままの方が都合がいいんだろうけど。俺はちっとも良くないぜ」
「はあ?ジョーカーさん?誰ですか、それ」
それに『夢魔』って、駅長さんがなぜ唐突に?
「ジョーカーさんは覚えていないかな?ほら、君が会うたびに
殴ったりご飯をたかったりしている人」
んー。覚えがさっぱりありませんね。
……て、今あなた、何て言った!
だがツッコミを入れているヒマはなかった。
「君が逃げたまんま、この国になじんでしまうなんて」
ポツリと呟き、男は仮面を外した。
「そんなの、寂しいぜ」
――…………。
ハッとする。月明かりをうつす緋色の瞳。
あまりにもきれいで、怖い。空の冷たい月のように空っぽだ。
なのにこの色、ごく最近、どこかで見たような……。
「ユリウスが可哀相だ」
「――は?」
ポカンとした。私がブラッドから逃げて、何で恋人のユリウスが
困ることに?
「君に…………をあげたいんだけどね。でも、俺も使われる身だし、俺ごときの
権限じゃ君をどうこうすることは出来ないんだ」
「それはそれは」
目の前の相手は頭が×××な人なのか?
よく分からないけど、どうこうされても困る。権力万歳。
「だからさ――」
謎の男は、ローブの中に手を入れる。
銃か剣が出てくるのではと、一瞬、私は身構えた。
「これだけ、こっそり持って来たんだ。君のだろ?返すよ」
何かを渡される。
少し冷たい小さな包み。重くはない。むしろ軽い。
「え?え?な、何ですか?これは」
異臭はしない。いや逆に良い匂いがかすかに香る。
渡した相手は怪しさ爆発なのに、この包み自体は悪いものじゃない気がする。
「それが何かは、君が一番よく知っているだろう?」
「分かりませんよ。大体さっきから何なんですか?あなたは――」
言いかけた言葉が止まる。
男がいない。
さっきまで男がいた場所には、誰もいなかった。
「…………」
一気に背筋がぞーっとしてくる。
「エース!エース!帰りますよ!!」
先ほどまでの遺恨は放棄してやることにし、エースを揺さぶる。
「う……ん……」
エースが身じろぎする。もう少しで起きそうだ。
「エース!!」
大声で怒鳴り、揺さぶる。
「……あ!」
揺さぶっていて、包みを落とすところだった。
「そういえば、何ですか、これは?」
怪しい男からもらった怪しい品。
普通なら中身を確認するまでもなく即効で捨てるべきだ。
だけど、やはり悪いものじゃない気がする。
何だか懐かしい触り心地も。
――どうしてだろう。
改めて触れ、何度か撫でて『あっ!』と思い出す。
袋を包んでいるもの。それは『和紙』だ。
包装は上質の和紙。何て懐かしい……。
余計に中身が気になり、振ってみると中がガサガサと揺れる。
どうやら粉状の物が入っているらしい。
エースのことを気にしながらも、私は困惑を深めた。
「何?いったい何なんですか?これは」
開けてみた方がいいんだろうか。うん、開けないと分からないし。
あ、でも、和紙の表面に文字が見えた気がした。
「うーん……」
夜目でも分からない。
私は月明かりで文字を読もうとした。
「ここじゃ木の枝の陰に入ってますね。もう少し……」
私は数歩、エースから離れ――。
「よし、兄弟。今だよ」
「やったね。これでボーナスだ!」
「え?」
気配。そして首の後ろに衝撃。
――ユリ……ウス……。

目の前が真っ暗になった。

…………

誰かが怒鳴っている。

「何てことをしてくれたんですか!」
「仕方ないだろう?夜だったんだし」
「墓守領の潜伏も大変なんだよ。少しは労ってもらわないと」

遠くで怒鳴り声が聞こえる。
誰だろう。墓守領は騒々しいけど、暖かかった。
こんな風に容赦なく怒鳴る人、いただろうか。
「労えますか!それで転ばせて頭にケガまでさせて!
打ち所が悪かったらどうするんですか!
これ以上、お茶会が遅れたら陛下がどんなにお怒りに――」
「いいじゃない。大丈夫だよ」
「そうそう。お姉さんが勝手に転んだってことにしておいてね」
まぶしい。まぶたの向こうが明るい。
ここはどこだろう。墓守領の私の部屋?
でも男の人の声がする。それも一人ではなく……
「まあいいでしょう。陛下はやっとお茶会が開けるとお喜びだ。
私としても、これ以上帽子屋に、城に居座られても困る」
かすかに目を開ける。私はベッドに寝かされているみたいだ。
でも墓守領のベッドみたいに、落ちついたデザインではない。
きらびやかで、貴族かお姫様が寝るようなフワフワしたベッドだ。
その向こうに、メルヘンの世界に住んでるみたいな黒ウサギさん。
傍らには得意そうな顔の双子の青年。斧がちと怖い。
――て、え?あれ?私は?ここは?
目が覚めるにつれ、状況が把握出来た、が。これは……。
キョロキョロしていると黒ウサギさんと目が合った。
彼は嫌そうに顔をしかめ、
「目が覚めましたか。あなたには思うところは一切ありませんが、
これから一働きしていただきます。選択肢はありません。ですが、
その働きさえ終われば、自由にしてかまいません」
「は、はい……」
一息で言われ、かすれた声で返事をすると、
「よろしい。それではお茶会を開始します!陛下にご伝達を!」
「はっ!」
兵士が居ずまいを正し、足早に部屋を出て行く。
双子の青年はこっちに駆け寄り、人懐こそうに笑いかけてきた。
「久しぶり、お姉さん」
「帽子屋屋敷に帰るまで、もう少しの辛抱だから待っていてね」
「はあ」
まだ寝ぼけている私は、状況が飲み込めず、手の中の包みをいじる。
包みが暖かい。寝ている間も、私はこれをギュッと握りしめていたようだ。
でも放送の和紙は全く傷んでいない。不思議な包みだ。
「ん?なにこれ?」
「変な匂いがするね」
双子は不思議そうに、私の持っている袋を見た。
「変な匂いですか?」
むしろ上品で落ちつく香りなのに。
私はしげしげと袋を眺める。
今は昼間なので、書いてある字を簡単に読むことが出来た。

『玉露』

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