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■ダイヤの城のお茶会2

誰かが、私の紅茶を飲んでいた。
どこなんだろう。周囲の風景がぼんやりしていて、分からない。
遠くに大きな塔が見えた気がした。
『悪くは無い。また腕を上げたな。
……だが茶葉がありきたりだ。少々冒険心に欠ける』
何だブラッドか。いつもながら上から目線だ。
私は屋台のカウンターで、ティーカップを拭きながら、
『悪うござんしたね。流通の段階で誰かさんが良い茶葉を独占される
ものですから』
『またそれか。君が我が屋敷に移りさえすれば――』
『またそれですか。お断りします』
いつもの風景、いつものやりとり。
風が吹き、髪がかすかに揺れる。
セピア色の景色の中、ブラッドは切れ長の目を細めた。
『早急に決めることだ。いつまでも居心地の良い場所に、いられはしない』
私は答えず、肩をすくめる。
ブラッドは私をまっすぐに見つめ、
『帽子屋屋敷に来なさい、ナノ。君の望みは何でも聞こう』
敵はなかなか立ち去らない。二杯目をサービスして追い返すか。
私は黒エプロンをパンとはらい、屋台の作業場に立つ。
バーテンダーよろしく、手早くブレンドを作りながら、
『いつもみたいに、無理やり連れて行ったらどうです?』
『君自身が決断しなければ意味が無い』
”意味が無い”とはどういう意味なのか。
でもご指摘の通り、私は居心地のいい場所にしがみついている。
特定の相手を決めかね、ズルズルと居座っている。
けど、たとえ時間がいい加減な不思議の国でも、永遠の不決断が
許されるわけではないらしい。私も少しずつそれを学び始めていた。
『どうぞ』
二杯目の紅茶を差し出すと、ブラッドは受け取るべく立ち上がり――
『っ!!』
カップを取る直前に身を乗り出し、私にキスをした。
危うく落とすところだった。
『……な、何、するんですか』
周囲を慌てて確認するが、幸い人通りは無かった。
『私のことを、少しでも君の中にとどめておこうと思ってな』
悪戯っぽく笑い、二杯目を受け取る。
『はあ?忘れるワケないでしょう。あなたみたいな変な方』
『ふむ。ストレートのダージリンか。君は香りを引き出すのが本当に上手い』
ブラッドは受け流して紅茶を飲み、笑う。
ため息をつき、私も自分のために淹れた紅茶を飲んだ。
でも、鼻腔をくすぐったのはマスカテルでは無い。
ブラッドから移された薔薇の香だった。

…………

「ダージリン!……い、いたた!」
ガバッと起き上がった拍子に頭をぶつけてしまった。
かけられていた毛布がハラリと落ちる。
――あ、あれ?ここは……。
そうだ。ユリウスの作業台の下で寝ていたんだった。
……何だって敷いてた毛布がびしょ濡れなんだろう。
「あれ?ユリウス」
いない。仕事をしながら、私を小突いたり、足をのせてきたりした
外道な恋人がどこにもいない。
私はゴソゴソと作業台の下から這い出ながら、
「ユリウスー。ダージリンが飲みたいんですが」
なぜか知らないけれど猛烈にダージリンが飲みたくなった。
今なら、厨房に忍び込むことも普通に出来そうだ。
「ユリウス?」
しかしユリウスはいない。どこかに出かけたようだ。
そういえば、自分の身体に毛布をかけた覚えは無い。
ユリウスがかけていってくれたのか。だけど私はカフェイン制限中。
彼がいなければ紅茶が飲めない。
「困りましたねえ……」
「何が困ったって?」
「…………」
目の前に、金属の刃物。剣が見える。
剣が、作業台の外から私に突きつけられている。
「ユリウスなら、俺を探して行き違いになったみたいだね。
当分戻ってこないんじゃないかな」

「あのですね、エース。落ち着きましょう。
落ち着いて話し合いましょうよ」
出来る限り後ろに下がるけど、時計屋の作業台は頑丈に出来ていて、
押しても引いても壊れそうにない。完璧な袋のネズミである。
「俺のことを弄んで、今度はユリウスに手を出すつもり?」
「は、はあ!?」
顔は見えないけど、声は静かな怒気をはらんでいる。
剣がいつ私の喉を切り裂いても、おかしくないみたいだ。
「君は友達だと思ってたのに……」
「友達!今でも友達ですよ!」
「でも、ユリウスの恋人になったんだろう?」
「そのことはいずれ話すつもりで……あなたを傷つけたり、居場所を
奪ったりするつもりは毛頭ありませんから!」
余所者がしゃしゃり出て、居場所を盗むなんて出来るワケが無い。
私では、二人の絆には到底、割って入れない。
傍から見ればそうなんだけど、当人にとってはユリウスを取られるんじゃ
ないかと気が気じゃ無いんだろうなあ。
「信じられないよ。笑顔でちゃっかりユリウスを誘惑したくせに」
「エース……傷つけたのは謝ります。お願いですから」
「ごめんね、余所者君」
初めて会ったときのような、よそよそしい声が聞こえた。
そして剣先が動き――
「ユリウスの作業台の真下を赤い水たまりで汚したら、ユリウスは
すごーく怒るでしょうね!!」
ピタッと。私の喉をえぐりかけていた剣が止まった。

…………

時間帯は夜である。
冷たい風が吹くたび、木の葉が不吉にザワザワ鳴っていた。
「ここまで来ればいいかな」
エースはしっかり私の手をつなぎながら言う。
しかし子供といえど剣士。これがかなり強い力で、ふりほどけない。
「良くないです、良くないです」
「黙っててよ、斬られたいの?」
「エース。ユリウスを交えて三人で話し合いましょう?
そうすれば誤解が解けますから」
美術館から、墓地の向こうの森まで、エースに手を引かれてきた。
途中で『デートですか?坊ちゃん』『仲が良いわね、あなたたち』と
皆に冷やかされたけど、ユリウスともジェリコともすれ違わなかった。
私が一緒だから、外に出るのを止められもしない。
助けを求めようにも、ちょっと前まで仲良くしてたエースだ。
『これから斬られちゃうんですよ!』と必死に訴えても、皆、笑うだけ。
誰も本気にしてくれなかった。
まあ私自身、イマイチ実感がないですが。
「それじゃあさ、余所者君……」
エースが私に剣を向けた。月明かりに少年の姿が浮かび上がる。
剣先にブレなし、目に迷いなし、逃げる隙なし。
「はあ……短い人生でした」
ゆっくり、両手を挙げる。
「諦めがいいね。じゃ後ろを向いてくれる?一息でやってあげるから」
――ガキが生意気を言ってるんじゃ無いですよ。
と思いつつ、素直に背を向けた。
――さて、ここからどう生き延びるか。
伊達に修羅場をくぐってはいない。まだ諦めちゃいないです。
「エースっ!!」
とりあえず斬られる前にエースの意表をつくべく、私はバッと振り向き、

「……へ?」

意表をつかれ、口をあんぐり開ける。
エースが地面に倒れていたのだ。気絶しているのか動かない。
「エ、エース……?」
その向こうに立っていたのは――。

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