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■ダイヤの城のお茶会1

そしてお茶会の時間帯が来た。そのとき私は……。
「ぐかー」
ユリウスの部屋の、作業机の下で寝ていた。
「人の足下で寝るな!猫か、おまえは!!」
脇腹をかるーく蹴られる。もちろん痛くないけど。
「いいじゃないですか、恋人なんですし」
「理由になっていない!寝るなら、そこらへんに適当に転がっていれば
いいだろう!何だって、私の作業の妨害をするんだ!!」
適当に転がるって……。
「だって、こうでもしないと自分を抑えられそうになくて……」
もぞもぞと丸まりながら言う。
「だから猫か、おまえは――な、何の話だ?昼間から慎みのない。
だ、だがおまえがどうしても抑えられないのなら――」
私を怒りかけ、突然顔を赤くし、狼狽する時計屋。
「……あなたこそ何の話をしているんですか」
「は?ち、違うのか、や、その、私は、その……」
ゴニョゴニョ。私はお茶会の話をしているのですが。

なぜ私が、お茶会の時間帯にここにいるかって?
……ふ。ふふ。ダイヤの城のお茶会に行きたいのは山々。
しかし、自分にとって奇跡的なことに、私は自制出来た。
出来たんですよ!すごいでしょー!……と誰に言えるはずもなく、
虚空に一人自慢。虚しい。

行かなかった理由はまず、皆に大きな迷惑がかかるから。
次にもちろん帽子屋に捕まるかもしれないから。
そして……ユリウスに嫌われるかもしれないから。
最後の理由が特に大きく、断念せざるを得なかった。
カフェイン中毒治療も、ちょっとは効いてきたのかもしれない。
多少は冷静になれて、私はどうにか墓守領にいる。
……とはいえ紅茶の誘惑はあまりに大きく、結果、私はお茶会の
時間帯の間、ユリウスの部屋で自分を抑えることにした。
ここでダラダラしてさえいれば気が紛れる。どうしても自分を
抑えきれそうにないときは、この場でユリウスに話し、取り押さえて
もらうことも可能だ。情けなさ過ぎてやりたくないけど……。

「ここって、何か落ち着きますよねー」
ユリウスの作業机の下。
狭くて暗くてちょっと温かい。しかもすぐ傍に恋人がいる安心感。
あまりにも快適空間だった。
お茶会に行きたい気持ちも慰められ、私は小さくあくびをし、また丸まる。
「こら!狭いんだ。こんな場所に引きこもるな!」
またも軽ーく、つま先であちこち小突かれる。
顔をちゃんと避けるあたりが優しさか。
「ユリウス〜。恋人を足蹴にする男なんて最低ですよ?」
「おまえが勝手に入り込んでいるんだろう!」
「わっ!ちょっと、そこくすぐった……!」
「ん?ここか?それともここか?」
「いや、ちょっと、やめ……!」
脇腹などを突かれるから、たまらない。
逃げようにも狭い机の下。長い足で追い詰められる。
「嫌なら早く出て来い、邪魔をするな」
ユリウスの声が笑っている気がするのは、考えすぎであろうか。
「ユリウス〜」
仕方なくノソノソと這い出る。でもすぐに出る気にはならず、ユリウスの
膝にすがってゴロゴロと顔をこすりつける。
厚手のズボンには機械油の匂いが染み付いていた。
「だから、おまえは……」
困り切った声。そして私の頭を撫でる大きな手。
「ユリウス?」
怒ってないのかと見上げると、
「何かあったのか?」
「!」
気づかれない程度に息を呑む。ユリウスの顔をまじまじと見ると、
ユリウスは優しい目で私を見ていた。
「馬鹿が馬鹿なことを考え、馬鹿馬鹿しく悩むな。私に話してみろ」
「…………」
ここはプライドを賭け、腹に一発ぶちかますべきか。
しかし大人な私は怒りをグッと抑え、
「何も。ただ、ちょっとだけ不安になっちゃって」
「不安?何が不安だ?」
「さあ……」
答えるに答えられず、あいまいに笑う。
しばらくユリウスの膝にすがっていると、また頭を撫でられた。
「おまえは、ここが安心出来るのか?」
「はいです」
「……なら好きにしろ。仕事の邪魔はするなよ」
「え」
引きこもりOKだと!?意外な展開に目を丸くする。
「だが床にそのまま寝るな。毛布くらい敷け」
何と!毛布が差し入れられた!
「こ、これは……!!」
私はすぐさま、作業台の下の、わずかなスペースに毛布を敷いた。
踏み踏みして形を整える。
その様子をのぞきこんでいたユリウスは、あきれ顔で、
「本当に猫みたいな奴だな」
「人間ですよ。お礼に珈琲を淹れましょうか?」
「次の休憩時間帯にな」
含み笑いとともに、脇腹をまたつつかれ、『ふに』とうなる。
ユリウスは優しい。私のカフェイン中毒治療につきあって、自分も
珈琲を我慢してくれているのだ。
「うるさくするんじゃないぞ」
それきりユリウスは姿勢を戻し、少し経ってカチャカチャと時計を
いじる音が聞こえた。私も安堵して、薄暗闇の中で、丸くなる。
とはいえ申し訳ないことに、考えるのはお茶会のことばかり。
――今頃、ダイヤのお城では……。
胸が痛くなるくらいの渇望を抑え、寝入ろうとした。が、
「……あのユリウス。人の身体を足置きにするの止めていただけません?」
「靴は脱いでいるだろう」
「いえそういう問題じゃあ……」
足の裏、くすぐったろうか。
しかしまた反撃で小突かれるのが怖い。渋々また丸くなる。
そのうち、足の重みすら心地よく感じ、次第に眠気が……。

気がつくと、足蹴(!)にされつつ、私はすやすや眠ってしまった。

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