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■お茶会の招待状・下

――ほら、早く破らないと。
でも、なぜか出来ない。
私は招待状をジッと見つめている。
――ダメ、ダメですよ!今度何かあったら皆に顔向け出来ません!
ノコノコと危地に趣き、まんまと囚われ人になる。
そしてしばし逡巡し、どうにかこうにか本当に破る決心がついた。
「よし……」
手に力を入れると、真っ白な招待状にほんのわずかな折り目が出来る。
私はギュッと目をつぶり、間髪入れず一気に招待状を破こうと――。
「ナノ」
ユリウスの声がした。とっさに感じたのは嬉しさと……焦りだった。
「ユリウス!」
私は見られない角度で、スッと招待状を懐に入れた。
振り返るとやはりユリウスがいた。
周囲を少し気にしながら、私の方に早足で歩いてくる。
「どうしたんですか?あなたはお仕事中なんじゃ?」
「いや。実は他領土の侵入者があったと、ジェリコから連絡があった」
「え……」
なぜかさっき、手紙をくれた職員さんの顔を思い出す。
「どこの領土の者かは分からないし、すでに逃げた後のようだが。
その、おまえに何かあったのではと気になり……」
「そうですか」
心配してくれたのだと分かり、嬉しくなる。
とはいえ半分当たっていて、半分間違いだ。
彼は私に招待状を持ってきただけ。
私宛の手紙なんて、正面から持っていったのでは、ジェリコさんに開封される。
そして私まで渡らず破棄される。それを見越しての侵入だったのか。
――でもクリスタ様。お茶会程度で部下に、命がけなことをさせて……。
ジェリコさんもいちおうマフィアだ。やはり水面下ではそれなりに
エグいこともやってるらしいし。
――何のつもりで招待するんでしょう。
ユリウスに笑顔を返しながら考える。
向こうだって、私が帽子屋に狙われるているという噂を、知らないわけ
じゃないだろう。知っていてお茶会に招いてるなら、かなり無神経だ。
でも招いた。
もしかして私(それと顔無しさん)に降りかかる危険は、これっぽっちも
考慮されていないのではないだろうか。
珍しい余所者が見たいだけ。招待を受けるも断るも自由。
私がホイホイお茶会に出て、その帰りにさらわれても自己責任。
どのみち向こうが何かしら責任と取るとは、とうてい思えない。
「危険なことはなかったか?」
ユリウスは心配そうに私の顔をのぞきこむ。
恋人となった今は、少しずつ感情を見せてくれるようになっていた。
「ええ、何も」
「そうか。なら部屋に戻ろう。珈琲の時間帯だ」
「!!」
そ、そうだ。今、紅茶や珈琲はユリウスの許可がないと飲めない。
食堂の方でも水しか出してくれない。
「い、行きましょう行きましょう!私が最高の珈琲をお淹れしますから!」
「おい、こら、引っ張るな!!」
目の色変える私に、ユリウスは呆れたような顔をする。そして頭を撫で、
「エースのことも気にするな。私からも言っておく」
「…………」
優しい人だな、と思う。
ちゃんと私のこともエースのことも、気にしてくれている。
――今が、幸せなんですよね。
このまま墓守領を出ず、優しい恋人と次の引っ越しまで過ごす。
愛され、守られて。引っ越しがあっても、ユリウスと一緒に。
ユリウスの腕に自分の手を絡めながら、至福の思いに浸ろうとした。
「…………」
でもさっきの招待状が頭にチラつく。
私はそれをユリウスに見せることをしない。
そしてフッと、思い出す。
砂時計だ。『Y.M』の刻印の入った。そして……薔薇の香り。この国に
来たばかりのとき、かすかに自分の身体から匂っていた。
ずっと忘れていたのに、何で今、思い出したんだろう。
「どうした、ナノ?」
「い、いえ、別に。早くお部屋に行きましょう!」
私はニコニコと微笑む。
平静でいられないほどの動揺を胸に抱えて。

…………

「…………」
自分の部屋に戻り、私は懐から出した招待状を見る。
何度も何度も裏返し、透かしまで確かめて。
何の変哲もない招待状だ。
私はそれをテーブルに置き、椅子に座る。
腕をテーブルにのせ、顔を沈めた。
参加しない。出来ない。皆に迷惑がかかる。
万が一、これで帽子屋ファミリーにさらわれたら、顔向けが出来ない。
――でも……。
目を閉じると浮かんでくる。

純白のティーポット、青と金縁の美しいティーカップ。
銀のティースプーン、ケトル、スロップボウル、ティーキャディー。
スコーン、ベイクドケーキ、プディング、サンドウィッチ。
色とりどりに飾られたケーキ・スタンド、ノッティンガムレースの
ドイリー、薔薇のアレンジメント。

王宮のお茶会。上流階級の人が集うお茶会。
そこで紅茶を淹れられる栄誉。
隠し通せない欲求。

私はため息をつく。
お茶会に出たい。
でも迷惑がかかる。確実に。

「あーっ!」
自己嫌悪で、ガンっと、テーブルに頭をぶつける。
「こんなもの……!」
悩むより、と招待状をビリビリに破こうとした。
「…………」
でも結局、震える手で私は招待状をテーブルに置く。
時間がデタラメな世界でも、お茶会の時間帯は刻一刻と近づいている。
私は気を落ち着かせるため、紅茶でも珈琲でもいいから飲みたいと思った。

でも何も見つからなかった。

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