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■お茶会の招待状・上

――あ〜……。
疲れた身体で、お仕事場からの帰り道を、トボトボ歩いて行く。
野郎……いかにも私が誘ったみたいな言い方をして、明るい時間帯
だというのに、あれから何度も何度も……。
結局お仕事ギリギリまで喘がされ、シャワー時間の確保だけで精一杯。
目覚めの珈琲はかなわなかった。
――でも、もしかして、それも計算ずく……?
恐ろしい予感にぶるっと身を震わせる。


紆余曲折を経て、ダイヤの国の時計屋ユリウス=モンレーの恋人に
なった、記憶喪失の余所者ナノ。
別に隠す必要はないけど、ユリウスの性格もあって関係は特に
オープンにはしていない。ジェリコさんは気づいてると思うけど、
ほのめかしたり、冷やかしたりするようなことは何も無い。
カフェイン摂取量の管理をされつつ、ユリウスとは順調だった。
――とはいえ、紅茶が淹れられないのは本当に困りますねえ……。
腕が鈍ってしまいそうだ。
美術館のカフェで働くことを考え、一度ならず打診したけれど……
丁重に断られました。ハイ。強奪を恐れているものと思われます。しくしく。
……とか思いながら廊下を歩いていると、ヒョイッと誰かが出てきた。
小柄な身体、勝ち気な目、
「あれぇ?余所者君」
……よそよそしい声。
「エース」
エースには、ユリウスとの関係を気づかれた。
「さっきユリウスと会ったんだけど、何だか機嫌が良くてさ。
……余所者君、ユリウスと本当に仲良しだよね」
ニコニコしている。しかし目がこれっぽっちも笑っていない。
いや、むしろ氷点下。

エース。時には喧嘩友達、時には命の恩人、時にはトラブルメーカー。
(多分)年齢が近い分、墓守領の他の人たちよりは親しくつきあっていた。
エースの方も私を気にかけ、何かと構ってくれた。
ユリウスとの関係がバレるまでは。
今、エースは目の前で、笑顔で私に手を差し出す。
「余所者君。ちょっと俺と出かけない?たまには外の空気を吸いに行こう」
「遠慮いたします」
初対面時に斬られかけた身として、危険な匂いしか感じない。
するとエースは無邪気そのものの笑顔で私の手をつかもうとし、
「いいじゃないか。紅茶の店に行こうよ。
ユリウスには内緒にしておいてあげるから!」
一瞬だけグラつきかけたけど、さすがに命は天秤にのせられない。
私はそっと後じさり、笑顔で漫画みたいなことを言ってみる。
「エース。笑顔ですが、殺気が隠して切れてませんよ」
「……ちっ」
舌打ちした!今、舌打ちした!!てことは、ホイホイ誘いに乗ったら、
本当に私を手にかけるつもりだったんですか!?
何だか悲しくなってくる。
これが、私を助けに帽子屋屋敷にまで乗り込んでくれたエースなのか。
可愛さ余って憎さ百倍。いや、養い親を取られるという嫉妬と警戒感かな。
「エース。大丈夫ですよ。ユリウスにとっての一番は常にあなたですから」
「……かがんで目線を合わせないでよ」
図星をつかれたエースは、気まずいのか、ぷいっと顔を背け走って行く。
「あ、エース!待って下さい!」
声をかけたけど、小さな背中はすぐに見えなくなってしまう。
やれやれ、と腰に手を当て、後を追おうとした。そのとき、
「ナノさん」
声をかけられた。振り向くと、顔無しの美術館員さんが立っていた。
音もなく私に近づき、
「ナノさん。お手紙、届いてますよ」
「あ、どうもです……ん?」
お礼を言って受け取り、私は相手をまじまじと見た。
美術館で働き始めてそこそこ経つが、こんな人はいただろうか。
いくら顔が無いといっても、つきあううちに少しずつ見分けられるようになる
ものなのに。
「あなた、どちらのエリアご担当でしたっけ」
「……それでは、私はこれで」
「あ、ちょっと!」
私の質問には答えず、その人はエース以上に素早く走り去り、角を曲がって
見えなくなる。私は首をかしげつつ、手元の手紙を見た。
宛名として私の名前が書かれている。
カリグラフィーの手書きで、流ちょうな字体だ。
封筒は純白、手を滑らせると表面に凹凸があるのが分かる。
エンボス加工か。見事なダイヤの紋章だ。そして美しい黄薔薇の封。
どう見ても上流階級からのお手紙です。
しかし、一体誰が……と首をかしげ、ハッと気がついた。

――ダイヤのお城の、お茶会の招待状……!!

この世界のルールのため、ブラッドとクリスタ様がお茶会をする。
測量会のときそんなことを言ってたっけ。すっかり忘れていた。
――ど、どうしよう……。
ドキドキしながら封を開けると、これまた美しい紋章をあしらった便箋が
出てきた。宛名と同じ、整った筆跡でダイヤの城のお茶会に招待することが
簡潔に書かれていた。あとはお茶会の場所と時間帯。
招待者はクリスタ=スノーピジョン。もちろん高位の人だから、代筆者
として宰相シドニー=ブラックのサインも添えられていた。
――でも××時間帯後って、もうあんまり間がないですよ!
そこで我に返る。
「いやいや、行くわけないじゃないですか!」
ダイヤの女王様だけならともかく、このお茶会にはブラッドが参加する。
ブラッドが来るなら当然、部下もついてくるだろう。
そんなところに私がノコノコ一人で行って、無事に帰れるとは思えない。
こちらも護衛を連れていく?
いや、ブラッド相手なら、役持ちクラスを連れていかないと。
しかしジェリコさんもユリウスも、絶対反対するに決まってる。
――もらわなかったコトにしますか。
私は招待状をビリッと破ろうと手にかけ、
「…………」

出来なかった。


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