続き→ トップへ 小説目次へ

■到着と帰還・下

こうして、最初の測量会は呆気なく終わってしまった。
ユリウスたちがガードしてくれたこともあり、帽子屋領の人たちは普通に帰った。
あれからブラッドは特に私に声をかけてはこなかった。
何ごともなく、やり過ごすことが出来たのだ。
あれだけ緊張し、怯えたのは何だったんだと思うくらい呆気なく。
でも後で聞いた話によると、裏では私をさらおうと双子やら向こうの
構成員やらが画策していたらしい。
でも墓守領の方が一手上で、ジェリコさんはあらゆる事態を想定した
態勢を敷き、見えない場所から私を守ってくれたみたいだ。
墓守領の主として、住人をホイホイさらわれるのはプライドが許さない、
ということもあったのかもしれない。
……が、ジェリコさんにとって一番問題だったのは当の余所者。
すなわち私自身。何しろ、怖がっているはずの相手と普通に会話し、
お茶会に参加しかけていたんだもの。
ご迷惑をかけまくったけど、あれは紅茶に狂っていた以上に、ブラッドに
対する緊張から判断力が危うくなっていたのもあると思う。
……あるというコトにしておいて下さい。頼むから!!
――ユリウスが来なかったら、危なかったかもしれないですね。
言葉巧みに(?)誘われかけたところを、ユリウスが来て正気に戻してくれたわけだ。

そうして私は無事に一回目の測量会をやり過ごすことが出来た。
ちなみに私とユリウスの仲は疑われていない。
他の構成員さんたちが、ブラッドを牽制(けんせい)するためユリウスが恋人を
装った、みたいに思ってるようだった。
ジェリコさんは分からない。あの人の笑顔は意外に中身が読めないし。
いやー、本当、多方面にご迷惑をおかけしてしまった。
帰り道ではユリウスがずっと私の傍らにいてくれた。
私はエースの手を握り、彼を逃がさないよう監視。
時間帯が夕暮れに変わるころには、全員で墓守領に帰ることが出来た。

…………

――困ったなあ。

「ユリウス、ユリウス。珈琲にしましょう。珈琲ブレイク!」
「少し待っていろ。今、本を読んでいる」
「……なら私が珈琲を淹れてまいります。下ろして下さい」
「ダメだ」
「ユリウス〜」
今、私はユリウスの部屋で、ユリウスのお膝にのっけられている。
甘い。甘い雰囲気なはずだが、実際はユリウスに読書され、放置。
なのに自由意思で膝から下りられない、半拘束状態なのである。
数時間帯前、私は人目を忍び、こっそりユリウスに会いに来た。
測量会でブラッドに会ったんだもの。緊張が後からやってきて寝付け
なかった。エースに邪魔がられてもユリウスに追い出されてもいいから、
ユリウスの部屋にいたかった。
でも部屋に行くとエースはいなかった。また館内をウロウロしてるらしい。
ユリウスは部屋の作業台で本を読んでいて、無言で私を手招き。
もちろん私は喜んでいそいそとユリウスの元に。
そしてお膝に乗っけられ、内心大喜び。
……しかし、それっきり下りられない。下りようとしても腕や身体で
巧妙に阻まれる。なのに、それ以上のことが何一つ起こらない。
こちらから何かしかけようとしても、この朴念仁は反応しやしない。
だいたい少女一人を膝に延々とのっけて重くないのであろうか。
しかし時計屋は私を膝にのせたまま、眼鏡をかけて本を読んでいた。
彼が熱心に読んでいる書物は……依存症治療プログラム専門書らしい。
作業台の上にも関連の本が数冊ある。私も読もうかと思ったけど
……タイトルが『薬物中毒からの生還』『必ず治る!アルコール依存症!』
『人生を破壊するギャンブル依存』とか心に突き刺さるものばかりなので
止めておいた。で、また少しだけ読書するユリウスに見とれ、
「ユリウスってばー」
身体を少し揺さぶり、構ってくれるようせがむ。
すると、念願かなって、片腕を身体に回された。
「…………っ」
ユリウスはテーブルに分厚い本を置き、真剣に読んでいる
片手で私を撫でたりしながら。でもそれ以上のことはしないようだ。
私は諦めて、まあいいかと、ユリウスの大きな手に触れ、彼の身体にもたれた。
分厚いコートの向こうから、規則正しい時計の音が響く。
私の身体を撫でるユリウスの手が、ときどき胸や下半身に行きそうになり
ドキドキするけど、やはりそういった展開にはならない。
「ん……」
頭を撫でられ、すっかり安心してしまう。
測量会での精神的な疲労もあり、だんだんウトウトしてきた。
「ナノ……」
「――っ」
ふいに、触れるくらい耳元近くでささやかれ、目が覚める。
後ろを向くと、肩越しにユリウスと目が合った。本を読み終えたらしい。
「…………」
どちらともなく、キスをする。
ブラッドに再会して不安だった気持ちが晴れ、心が落ち着く。
そして何だか照れくさい。
そ、そうだ、珈琲。ユリウスのために最高の珈琲を淹れてあげたい。
「ユリウス。珈琲を飲みましょう。下ろして下さい」
微笑むと、ユリウスは優しい眼差しで、

「珈琲は起きてから寝るまでに二杯。紅茶は一杯までだ」

「……はあっ!?」
甘い気分が宇宙の彼方に消し飛び、私は目を見開く。
「幸い、カフェインは肉体的な依存はほとんどない。
摂取量を抑え、一時の離脱症状を乗り切れば適切に量を減らせるはずだ」
そ、そうなのだ。アルコールやニコチン、薬物と違い、カフェインは
わりかしアッサリ止めることが出来る。止めた際に起こる禁断症状……
離脱症状もごく軽い。でも……でもっ!!
「そ、そんなご無体な!!いいじゃないですか、一時間帯に一杯くらい!」
「おまえの依存症は本来なら、入院して治療するレベルだ!!
ジェリコにおまえの治療を申し出たら、大喜びをされたぞ?
おまえは普段からどれだけ、あいつに迷惑をかけているんだ!!」
「え、えーとすみません。私、用事を思い出し――」
「逃げるな!!」
膝から下りようとしたら抱きしめられ、ガッチリと身体を拘束された。
間近にユリウスのどこか意地悪な笑顔が見える。
「そうだな。もし上手く減らすことが出来たのなら、ご褒美をやろう」
「ご、ご褒美……?プレミアつきの紅茶ですか?」
ユリウスは私の頬や髪を撫で、私をギューッと抱き寄せる。
意味ありげに私の胸のあたりや太腿を撫で、
「何をしてほしい?」
「……!」
私が真っ赤になって何か言いかけたとき――。

「ユリウスー!!たっだいまー!!」

エース到来。
『っ!!』
バッと離れる私たち。そうだった……今、ユリウスはこの部屋に、独りで
住んでるんじゃ無いんだった。
エースは絶対に目撃しただろう。その表情は楽しそうだ。
「ユリウス、どうしたんだよ!!いつの間にそんな仲になったんだ?」
「え、エース……これは、その……」
「何?いいよ、続けてくれよ。勉強のため、俺も見たいなー」
エースはニヤニヤとからかってくる。ニヤニヤと。
「なあ?『余所者さん』」
――あ、ああああ!!
顔は笑っているが、目は笑っていない。
いやハッキリと、私への明確な憎悪が見て取れた。

4/5

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -