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■キスされた話

私は呆気に取られていた。
冗談だとしか思えない。
最近の女性遍歴を回想し、自分が彼女たちと並べる器とは到底思えない。
けれど呑気に驚いていられたのもそこまでだった。
ブラッドは、折れるくらいに強く私を抱きしめてくる。
「ぶ、ブラッド、止めてください!!」
顔を近づけるブラッドを必死につっぱねる。
とりあえずもがいていれば、何とかなるのではと……
「ナノ」
ブラッドが私を呼んだ。
「ナノ、逆らうな」
低い、いつもの声。
「…………」
なのになぜだろう。
その声は本当に、私に逆らうことを許さなかった。
そしてブラッドは動きを止めた私の肩に手を回し、ゆっくりと顔を近づける。
以前のペーターのときと全く違う。
私は受け入れるつもりはない。でも動けない。

そんな私に、ブラッドはキスをした。
「……ん……」
思っていたより柔らかい感触に頭が真っ白になる。
――初めてのキスは好きな人としたかったなあ。
何となくどこか冷めた思いで呟いた。
一応記憶喪失だから、もしかしたら元の世界で誰かとキスしているかもしれないけど。
でもブラッドは私の現実逃避を許さない。
「ん……」
舌で唇をなぞられ、驚いて思わず口を薄く開けてしまう。
すぐに生温いものが口内に入り込んだ。
「――っ!!」
何をされているか気づいてブラッドの胸を叩いたけれど、堪えた様子もない。
さらに口の中を荒らし回られ、逃げる私の舌に絡みつく。
「ん……ん……」
苦しくて唾液を飲み込む余裕さえなく、あふれた唾液が口からこぼれる。
気持ち悪い。
でもブラッドはまだ私を許さない。
角度を変えて再度口づけられ、頭を強くかき抱かれる。
再び舌が潜り込み、私が抵抗しないのを良いことに好きなだけかき乱していく。
息が苦しい。なのに身動きが出来ない。
「ん……げほっ」
ようやく口を解放されたとき、唾液をぬぐう余裕もなく、私はぐったりした。
「お嬢さん、もう疲れたのか?
体力がないな。これからだというのに」
ブラッドは私の身体を支えながら、私の反応を楽しそうに眺めている。
「ブラッド……ねえ、疲れているんですよね。
そうでしょう?
だから変なことを考えちゃうんですよ」
「変なこととは思わないな。
むしろ二人とも楽しめる気持ちのいいことだ」
私に変わって手袋で私の口の端をぬぐいながらブラッドは笑う。
「困った、本当に困りました」
私は思っていることを口にする。
どうすればいいのか分からない。
「何も困ることはないよ、ナノ。
全て私に任せていればいい」
そして私の腰を抱き、無理やりに歩かせる。
行き先は……何人もの女性が寝ただろうブラッドのベッド。
「ブラッド。あなたは、ひどい人だったんですね」
他に言いようがない。するとブラッドは皮肉気に笑い、
「マフィアのボスが善人だと思っていたのか?
君には高く買われたものだ」
そう言われると何も言えない。
最初は知らなかったかもしれないけどマフィアだと知ってなお、屋敷に居座ったのは自分自身の責任だ。
あまりの居心地の良さに、何も考えずに過ごしてきたツケだ。
こんな最低な男のために命がけで紅茶を手に入れたのか。
やっぱり、もっと早く屋敷を出るべきだった。
後悔先に立たずだ。
「そう泣きそうな顔をしないでくれ、お嬢さん」
そして身体をかがめ、私の耳元でささやいた。
「最初は少し痛いかもしれないが、すぐに気持ち良くなる。
そして……すぐに私無しではいられなくなるさ」
――そういうのは緑茶だけで十分なんですが。
反論する前に、ベッドにたどりつく。
そして私は真っ白なシーツの上に押し倒された。

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