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■到着と帰還・中

「な……っ!!」
「ナノ、招待状を送りますわね!いいえ、むしろ測量会が終わって
からお茶会までダイヤの城に滞在して頂いた方が――」
「おい、俺抜きで話を進めるな!こいつは墓守領の住人だぞ」
ムッとしたようにジェリコさん。しかし怒りの源はブラッドやクリスタの
手前勝手な提案ばかりではあるまい。ガクブル。
いつの間にか周囲は静まりかえり、皆さん、私たちのやりとりを見守っている。
「これは異な事を言う、ドードー鳥。余所者は我々の争いには無関係で、
お嬢さんがどこに行き、何をしようと自由だろう」
「そうですわよ。もちろんダイヤのお城では万全の警備で余所者を
守りますわ。我々の警備態勢にご不満でも?」
よほど私を招きたいと思ってくれてるのか……騒動を楽しんでいるのか、
クリスタ様がブラッドの側につく。ジェリコさんは渋い顔で、
「そんなことを言ってるんじゃねえ。監督権限だ。現にこいつは墓守領で
色々しでかしてるからな……城の紅茶をゴッソリ盗みかねんぞ?」
『ああ、確かに』
――ちょ、ちょっと待て!!
何で最後の一言だけ真顔で言うんですか、ジェリコさん。
そして真顔で同意するんですか、墓守領の皆さんとブラッド!!
しかし、全力で否定したいんだけど、いつだったか城の紅茶を盗んだような
記憶が……ええと、あれ?何かを思い出しそうだ。
そうだ。あのお城は、確か……ハー――。
「ナノ。本当に面白い人ですわね」
白百合の女王様はクスクス笑う。
おかげで何か思い出しかけたのに、忘れてしまった。
「ああ。君は実に面白い。何としても私の、もとい、我々のお茶会に招きたいものだな」
……今、わざと言い間違えたな。
「ではナノのため、特別に、とっておきのレア物を出しましょう」
「なら帽子屋領からも、君のため特殊なルートで仕入れた紅茶を持っていくとしよう」
――何!?
「ほ、本当ですか……!?」
私はぴくりと顔を上げる。
「おいナノ!!」
周囲があまりにも冷たいから、二人が神様のように輝いて見えてきた……。
「誘いに応じてくれるだろう?ナノ」
「来て下さいますわね、ナノ?」
「は、は……」
「おい、ナノー!!」
私が悪魔の誘惑に屈しかけたとき。

「ん?」

目の前にカップが差し出された。
「あ……」
深い香り。私はとっさに受け取り、それを飲んだ。
「ナノ」
名を呼ばれる。
瞬間、目の前の霧が晴れ、何だか頭が正常になってきた。
私はカップから顔を上げ、静かに言う。
「コロンビア豆ですね。布ドリップだとやはり舌触りが滑らかです」
もう一口飲んだ。もう一口。
「!!」
そして危うく珈琲カップを落とすところだった。
肩をつかまれ抱き寄せられたのだ。
身体にもたれさせられる形になり、顔が一気に赤くなる。
けど、私を抱き寄せる力は強い。
私を抱き寄せた男性は、帽子屋領とダイヤの城の領主を相手に、臆する
ことなく、キッパリと言い放った。
「こいつは墓守領で紅茶依存症の治療中だ。
これ以上の重症化を防ぐため、茶会の誘いは全て断らせてもらう」
……あの、もう少しカッコイイ言い方はないのでしょうか、ユリウス。

「何をやっているんだよ、ナノ」
傍らに来たエースが呆れたように言う。私はチビチビと珈琲を飲み、
「ユリ……時計屋さん……」
いやあー、危なかった。危うく帽子屋の魔の手に屈するところだった。
「文句ならエースに言え。またあちこちうろつき回って、手こずった」
そして、ジェリコさんに言う。
「おまえも、こいつに手こずっていたようだな」
「本当に手一杯だったぜ。お互いに苦労するな」
「ああ」
……何か『手のかかる子供を持った保護者』同士な顔でうなずく二人。
しかし首筋の毛がチリチリする感じがし、冷気に気づいた。
「治療中?だがドードー鳥もお嬢さんも、そんなことは一言も言って
いなかった気がするが」
紅茶を飲みながらブラッドが言う。しかし私に向けるその目は冷たい。
なぜ時計屋を振り払わないのか、大人しく抱き寄せられているのかと
目で聞かれている気がする。私は色々な意味で怖くて目をそらした。
「なら今から治療プログラム開始だ。重篤症状が慢性化する前に、
適切な治療を施させてもらう」
「あのー時計屋さーん。私、そこまで言われるほどひどくはないと……」
「紅茶のために引きこもり、犯罪まで犯しておいて?」
「…………」
だんまりになるしかない。犯罪はあなたの社会的信用を以下略。
さらに抱き寄せられ、皆に注目され、耳朶まで真っ赤になってしまう。
なおも私とユリウスを睨んでいたブラッドは、突然ハッとした顔になる。
余裕がないときは、少し感情が分かりやすいみたいだ。
「時計屋、おまえ――」
しかしそのとき、
「皆さん、ご着席下さい。間もなく一回目の測量会の結果が出ます」
黒ウサギの宰相閣下が厳かに言う。
痴話喧嘩を見るのにうんざりしたのかもしれないけど。
それで皆、それぞれの席に戻るしかなくなった。
私も珈琲カップを片付けてもらい、席に着く。
ようやくブラッドの目がなくなり、ユリウスの隣で安心した。
でもまだ抱き寄せられていて、恥ずかしい。
「あ、あの……もう、いいですから……」
ガーデンパーティーから人も戻り、視線も増える。
ユリウスはスッと抱き寄せる手を離した。
――あ……。
自分から頼んでおいて、実際に手を離されると心細い。
そんな勝手なことを思いながら膝に手を置いていると、
「――!」
大きな手に、膝にのせた手を包まれた。
ユリウスだ。あまり人目につかない角度で、私の手を握ってくれていた。
でもユリウスをチラッと見ても知らんぷりだった。
――ユリウス……。
嬉しくて嬉しくて頬が緩む。
ユリウスの次の言葉を聞くまでは。

「帰ったら本当にカフェイン依存症の治療を行うからな。
しばらくはおまえのカフェイン摂取量を制限させてもらう」

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