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■到着と帰還・上

測量会の会場には巨大な砂時計。
私は椅子に座り、ぶたれた頭を撫でていた。
「ひどいですよ、ジェリコさん。ほんの冗談なのに」
「冗談に聞こえねえ冗談を言う方が悪い!
……ていうか、本当に冗談だったんだろうな?」
私はブンブンと首を上下に振る。
エリオットに紅茶を持ってこさせるという、私の狂気的な提案は、
ジェリコさんにより即効で却下された。
隙を見つけたとばかりに、こちらに話しかけようとするブラッドは同じく
ジェリコさんが全力で阻止した。おかげで空気の気まずいこと気まずいこと。
「ナノ。大人しく座ってろ、頼むから」
「はいです」
諦めて座り直す私。しかし内心、気が気ではない。
ガーデンパーティーの盛況はこの会場まで聞こえてくる。
「あの、でもですね、こうしてる間に、希少価値の高い紅茶が飲まれて
いるのでは、残り一杯になっているのではと――」
「黙れ!貧乏揺すりも止めろ!」
何か他の領土の方まで呆れたような目で私を見ている気が。
「いいか?ガキ。仕事をサボってばかりいると、あんなダメ人間に――」
な、何、私を、子供を諭す材料にしているんですか、グレイ!!
――ストレスが……紅茶、紅茶が飲みたい……。
最近、墓守領の紅茶をほぼ飲み尽くし、さらに私のせいで紅茶が金塊なみに
厳重保管されるようになったため、私は本当に紅茶を飲めなくなっていた。
――あああ……。
「はは。夏摘みのダージリンですね。熟成された香りに、爽やかな苦み。
これだけ美しい水の色もあまり見られるものではありません。
やはり、ダイヤのお城の品揃えは素晴らしいですね」
「おい、ナノ!幻覚を見るな!それは幻だ!!」
「何言ってるんですか。ほら、私の目の前に確かに紅茶が――」
「冷や汗かいて手をブルブルさせながら言うなよ!おいー!!」
すると、クスクス笑う声。
「本当に面白いですわね、余所者は」
優雅に微笑むのは黒と百合の花をまとう女王様。
「――はっ!!」
ヤバい。正気に戻り、顔を赤くする私。
「ご安心なさって下さい。低俗な顔無しが出入りするような会場に
一級品や特級品を出すことは決してありません。
そういったものは城のしかるべき場所で、厳重に保管してあります」
やはり、この優しげな女王様も役持ちか。顔無しさんを優雅にディスるなあ。
「だが、二級品にしろ、これだけの繊細な味わいと鮮度。茶葉の質もさることながら、
保管にもさぞや気を使われているのだろうな」
とブラッド。彼は帽子屋屋敷の者達に、紅茶を淹れさせていた。
頼めば、ご相伴(しょうばん)にあずからせてくれるかもしれない。
ジェリコさんの目が怖くて出来ないけど。
それにしても、紅茶を語るときのブラッドはそんなに怖くないなと思う。
「えと、酸化と湿気は怖いですからね。お城ではどんな保管方法を?」
話しかけられた手前、私は女王様に返答した。すると、
「特別なことはしていませんよ。
仕入れた状態の袋のまま冷暗所の貯蔵庫で貯蔵します」
女王陛下ではなく、黒ウサギの宰相閣下が代わって私に答える。
私は腕組みしてうなずき、
「ですよね。茶葉の移し替えは最小限になるに越したことはありません」
「城の設備は羨望に値するな。
帽子屋屋敷の貯蔵庫は、乱暴者が多いからしばしば損傷する」
ブラッドが深く嘆息する。私はブラッドに、
「でも帽子屋屋敷は、生産地と屋敷が直結しているから鮮度の面では
最高レベルですよ。私が思うに、今の保管状態を改善するには――」
そこでハッとして言葉を切る。
ま、まずい。今、ブラッドに普通に話しかけてしまった……!
「なるほど。どう、改善すればいいのかな?
君は紅茶にだけ知識が豊富だからな。是非とも聞かせてほしい」
ブラッドはこちらを見ている。表情は普通だけど……何か嬉しそうだ。
そして、紅茶に『だけ』知識が豊富とは失礼な!
「あ、あ、あの、いえ、その……」
ああああ!墓守領の皆さんの突き刺さるような視線が背中に!!
一方ブラッドは、外堀を埋める気満々なようだ。
「君とはやはり話が合うようだな。
いつぞやの詫びも兼ね、今度のお茶会に是非招きたいのだが」
「……ええと、すみませんが、私は……」
こちらから話を振った手前、即座には断りにくく、モゴモゴする。
私に代わり、ジェリコさんがきっぱり断るべく、口を開こうとしていた。
そこにブラッドは続ける。
「そんなに警戒しないでほしい。ダイヤの女王とのお茶会に招きたいだけだ。
場所もダイヤの城。君が警戒することはない」
「ダイヤの城?ああ、そうか……」
眉をひそめながら、ジェリコさんが言う。
「へ?」
いきなりダイヤのお城のことが出、話についていけない。ブラッドは、
「下らない『ルール』の集まりも、君がいればさぞ楽しいものになるだろう」
――あ。そうだった……。
どういう理由でかは未だに謎だけど、なぜかこの世界の人らは、どんなに
嫌いあっていても、定期的に出会わなければいけない『ルール』が
あるらしい。そしてブラッドとダイヤの城の女王のお茶会に参加しろと。
「い、いえいえいえ!そんな『ルール』の重大なお茶会に関係者でも
何でもない私が参加するなんて……ですよね?クリスタ様」
「あら!楽しそうですわね!いつも退屈ですもの!余所者が来るなんて素敵!」
何とダイヤの女王が、両手を叩き、乗ってきた。

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