続き→ トップへ 小説目次へ

■カフェイン中毒の測量会

花火が盛大に上がる。
真っ白な鳩が羽根を羽ばたかせ、青い空に飛び立っていった。
割れんばかりの拍手と歓声。熱気が肌にまで伝わるようだった。
「ナノ。大丈夫か?」
「ええ、もちろん」
ジェリコさんに言われ、私は顔を上げる。
ジェリコさんが、前の席から振り向き、心配そうに私を見ている。

あれから、控え室の面々はユリウスとエースの到着を少し待った。
でも結局到着せず、待ちくたびれたクリスタ陛下が会場へと全員を
転送したのだ。私は私はジェリコさんの後ろの席に座らせてもらっていた。
今はクリスタ様の開催宣言がすみ、一回目の測量がどうこうとやっている
ところだ。でも私は説明を全く聞いてないし、巨大砂時計にはあまり
興味がなかった。とにかく怖くて気分が重かった。
「おいおい。何がもちろん、だ。真っ青だぜ」
「す、すみません」
「大丈夫だ。俺たちがついてるからな」
そう言うと頭を撫でられた。恥ずかしくなり、
「ジェ、ジェリコさん、人前ですよ!」
そして俺『たち』と仰る割にユリウスはおりませんが。
「馬鹿。下らないことを気にするな」
そして元気づけるように笑いかけた。
「控え室で休んでいてくれ……と言いたいところだが、危なくて勧められ
そうもねえ。まあ、俺のそばにいたら安全だ。終わるまでの辛抱だ」
肩を叩かれた。
「本当に、厄介な野郎に目をつけられたもんだぜ」
どこかを見、舌打ちをする。
ジェリコさんの視線を追うとブラッドと目が合った。
「っ!!」
慌てて顔をうつむかせる。幸い、墓守領と帽子屋領の間には城の領土の
席がある。直接話しかけられることはない。そして私は恐る恐る、
「あ、あの。時計屋さんはまだ到着しないんですか?」
「ユリウス?エースがまだ捕まらないんだろうな」
「そう、ですね……」
奴の迷子癖が憎い。自分がついてるとか何とか言っておいて、何て野郎だ。
ユリウスが隣にいてくれたら、どんなに勇気づけられたかと思うのに。
――ユリウス……ん?
「…………あ」
「うん?どうした、ナノ。何か気分が――」
「ああああああっ!!」
突然叫んだ私に、ジェリコさんどころか周囲の面々、他の領土の人々まで
ビクッとする。ナノさん、一気に注目の的ですが、気にしてはいられない。
「た、た、大変ですよ、ジェリコさん!!」
「落ち着け!見られてるぞ、一体どうした!」
私をなだめつつ、鋭い瞳のジェリコさん。
私はそんな頼もしい領主に重大事を告白する。

「あ、朝の珈琲を飲んでおりません!!紅茶も可ですが!!」

「…………」
沈黙。気のせいか他の領土の人々も沈黙されているような。
ジェリコさんは、げんなりしたお顔で、
「測量会の間に開かれるガーデンパーティで紅茶がふるまわれ――」
そういえば実際に測量が始まり、ガーデンパーティーも開放されたらしい。
周囲の席は、パーティーに向かう人たちでザワザワしている。
「私もいってきます!!」
「ば、馬鹿!行くんじゃねえよ!!」
立ち上がろうとする私を、ジェリコさんが慌てて押さえる。そして耳元で、
「さっきまで怖がってたのは何なんだよ!今は危険だって分かってるだろ?」
「でも!でも朝はやはり目覚めの紅茶を五、六杯は飲まないと……
あああ、調子が出ないです」
この世の終わりとばかりにガックリうなだれると、
「飲み過ぎだ!!それに元から調子出てねえだろ、あんた」
「そういえば、余所者は名高い紅茶の淹れ手だと聞いておりますわ」
ふいに女性の声が混じる。
見るとダイヤの城の領主席から、クリスタ様が声をかけてきていた。
いえいえ名高いだなんて、いえいえいえ。ウフ。
「紅茶の淹れ手というよりは、重症のカフェイン中毒者に見えますがね」
うさんくさそうに言うのは宰相の……えーと、シドニーさんだっけか。
「とにかく、少しここで座っていろ。いいな!」
「でも、でもですねー」
そわそわそわそわ。
「こら!貧乏ゆすりをするんじゃねえよ。
護衛があっても危険なんだ。せめてユリウスが来るまで待っていてくれ」
ヒソヒソ声で言われ、泣く泣く席に戻った。
「ああ……時計屋さん。どうか早く来て下さい……」
「気のせいかもしれねえが、さっきより切実そうだな」
やかましいです、チンピラ館長。
そのとき。バタバタと走ってくる音が聞こえた。
帽子屋領のNO.2ことエリオット=マーチだ。いつの間にかガーデンパーティーの
会場の方に行っていたらしい。
手にはどっさりのニンジンスイーツを抱え、
「おーい!ブラッド!腹が減っただろ!会場にニンジンケーキも用意して
あったから、ブラッドの分まで持ってきてやったぜ!!」
瞬間。
「すみません、そこの変な頭!!」
私は席から立ち上がって叫んでいた。するとエリオットは、
「俺はウサギじゃ……!え?変な頭?変……?」
ショックと疑問が半々な顔で私を見た。しかし私は構わず、

「紅茶と珈琲のセットを一式、今すぐここに持ってきて下さい!」

1/5

続き→

トップへ 小説目次へ

- ナノ -