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■帽子屋との再会・上

測量会が始まる。空は快晴だった。
私が美術館前の集合場所についたとき、すでにジェリコさん始め、
館員さんに構成員さんたちが全員そろっていた。
ジェリコさんは私に気づくと手を上げて笑い、
「よう、ナノ!遅かったな」
「ど、どうも……」
私の横にユリウスはいない。彼とは別行動だ。


あの後――ユリウスと甘い眠りを……という余裕はもちろんなかった。
すぐ朝の時間帯が来たからだ。さすがにこれ以上は時間帯を変えられない。
私は慌ただしくシャワーを浴び、汚れた服は……ユリウスの妙な力で、
きれいにしてもらった。理屈は分からないけど、役持ちが持っている力の
一つらしい。でも完全にきれいになっていると分かっていても、情事で
汚れた服で出かけるのは、抵抗がある。
私は着替えや身支度のため部屋に戻ることにし、ユリウスとキスを交わして別れた。
そしてたった今、『ずっと寝てました』という顔でジェリコさんの前に姿を
現したのだった。


ジェリコさんは遅刻した私を怒ることなく笑う。
「今回はやけに夜が長かったからな。寝坊も仕方ねえ」
いやあ、どうでしょう。良心がチクチク。
ともかく、遅れた私は頭を下げつつ、美術館の人の輪に加わる。
そして顔見知りの館員さんたちと朝のあいさつを交わしながら、周囲を見た。
――ユリウスは……いませんね。
「さ、俺たちは先に出発だ」
いつの間にか私の横に立ってジェリコさんが言う。
「あ、待って下さい。ユリ……時計屋さんを待たないんですか?」
ユリウスもいちおう役持ちだ。置いていくのだろうか。
「ん?あいつも寝坊したらしくてな。で、エースがいないから、探してから
行くって連絡が入った。悪いが待っていられないからな。よし出発だ」
ジェリコさんはそう言って歩きだそうとする。私は慌てて、
「ま、待って下さい。なら私も時計屋さんと一緒に――」
「ダメだ。奴が今どこを探しているか分からないし、こちらも準備や
向こうの領主への挨拶がある。これ以上は遅らせられない」
挨拶とか!この世界の人なのに常識がありすぎるわ!!
「で、では私だけ後から行きます。時計屋さんを手伝います」
そう言って離れようとすると、
「こらこら。離れたりしたら、守れないだろうが。
さっきも言ったが、奴が今、どこを探してるかも分からないんだ。
下手すれば窃盗被害――ゴホン、二重遭難になるだろう」
……いつまで私の紅茶強制貸与事件ネタ引きずるのかなー。ずっとかなー。
信用を失うとはこういうことか。しくしくしく。
あと二重遭難を心配されるほど方向音痴じゃないっすよ、私。
「よし、出発だ!遅れるなよ!」
ジェリコさんが一同に向けて声をかける。そして皆歩き出した。
「ナノ。離れるなよ。道で紅茶を見かけても目を合わせるな。
知らない奴が紅茶をやると言ってもついていくんじゃないぞ」
……ジョークで言われていると信じたいがジェリコさんは大まじめだ。
周囲の皆さんもちょっとクスクス笑っている。
「いい加減にして下さい。そこまで紅茶狂いじゃないですから!」
そうして私たちは出発し――。
半時間帯後。
「あ、ジェリコさん。あの店に『紅茶を入荷しました』って張り紙が!
ちょっと行ってきますね。あ、新しいブレンドも試したいので、
二百時間帯後に戻ります!!」
「おいおまえら、ナノを抱えていけ」
『了解しました、ボス!』
がっしりした構成員さんに左右の腕をがっしりつかまれ、どこぞの宇宙人の
ごとく、宙に足が浮く。
「いーやーあー!!放してー!!売り切れるーっ!!」
こうして私は強制的にダイヤの城に進ませられたのであった……。

…………

…………

そして特に事件らしいこともなく、一同はダイヤの城の領土に入る。
「すごい!きれい!美しい!ここがダイヤの領土ですかー!!」
構成員さんたちに両腕をがっちりつかまれ、足をぶらぶらさせながら
私は顔を輝かせる。何というセレブっぽい場所!墓守領も良かったけど、ダイヤの
領土はオシャレ!エレガント!冷やかしだけで24時間帯楽しめそうなほど、
店も品物も充実していた。
「あ!紅茶専門店に珈琲専門店!すみません、あそこに連れて行って下さい!」
「分かりました、分かりました」
「良い子だから城に行きましょうね、ナノさん」
「放してーっ!!」
構成員さんに連行されつつ、悲痛な叫びを上げるわたくしだった。

「ひどいですよ、ジェリコさん。ちょっと見に行ってすぐ帰るつもり
だったんですよ?それがお城までずっと宙ぶらりんで連行するとか!
私、色んな人に見られて、ものすごく恥ずかしかったです!」
歩かなくていいのは楽だったけど、道中、注目の的でございました。
ようやく目的地で下ろしてもらい、怒って領主様に抗議すると、
「そうかそうか。なら見られて恥ずかしくない節度を身につけるんだな。
これから初めて会う領主も居るんだ。きちんとしろよ」
「…………」
冗談っぽい口調で言われたが、浮き足立っていた私の気持ちを地に
落とすには十分すぎた。ジェリコさんも分かって言ったのだろう。
私の頭を撫で、
「俺から絶対に離れるなよ。『奴』に話しかけられても返答しなくていい。
俺が代わりに答える。ユリウスもすぐに来る。大丈夫だ」
と言ってくれた。
……ん?ゆ、ユリウスは別に関係ないでしょう!
「それでは、領主の方はこちらへ」
初めて見る格好の、ダイヤの城の兵士さんが案内に来てくれた。
ジェリコさんは配下の人たちに、
「じゃあ、会場で会おうぜ。ナノ、こっちだ」
どうやら領主クラスには専用の控え室があるらしい。
他の皆さんは私に手を振ったりした後、ぞろぞろと行ってしまう。
その先には、確かにスタジアムのような巨大な施設が見えた。
「…………」
そして私たちが向かう建物はどう見ても館。
控え室というか控えの館というか。
「建物全体が控え室になっているんだ」
ジェリコさんは慣れた調子で私に説明し、ふと声を低める。
「……他の奴らと一緒に、会場に行くか?」
心配そうだ。確かに、今なら追いかければ間に合う。
そしてそんな心配させるほど、どうやら私は顔色が悪いらしい。
「いえ……一緒に行きます」
心配をかけたくないのか、迷惑をかけたくないのか。
……それとも会いたいからなのか、自分でも分からない。
「分かった。もう一度言うが、『奴』から何か話しかけられても返答するな。
全て俺が代わりに答えるから」
「はい」
うつむき、小さく言うのが精一杯。
「どうぞ」
兵士さんが控え室の扉を開けてくれる。
「行くぞ、ナノ」
「はい」
私たちは中に入っていった。

そして初めて聞く声がする。
「遅いですよ、墓守領が一番最後だ」
「悪い悪い。迷子が出てな。ギリギリまで探したんだが――」
「またですか。まったくあなた達はいつもいつも――」
初めて聞く声にジェリコさんが返答している。
だけど声の主を確かめる暇もない。

「久しぶりだな、お嬢さん」

一番恐れていた瞬間が来た。
ダルそうで、でもかつて聞いたことのない冷ややかな声がした。

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