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■出発前3

時計屋さんの部屋は薄暗く、小さな窓の外は夜。
そして私は抱きしめられている。キスをされている。
それも、さっきまでの触れる程度の抱きしめ方ではない。
痛いくらいの強さ、押しつけられるキス。
「――っ!――!!」
動揺して少し暴れると、慌てたように抱きしめる力が和らいだが、
それでも逃げられるほどではない。キスもそのまま。
「ん……」
重ねた唇を、促すように執拗に舐められ、ためらいがちに開くと舌が滑り込む。
「……っ…………」
――キス、されてるんですよね。私……時計屋さ……ユリ、ウス、に。
もう夢のような心地で、何も考えられなくなり、目を閉じる。
そして舌や口内を愛撫されるに任せた
「っ……」
そのままキスされているだけなら良かった。
が、抱きしめていた手が片方離れ、背中や腰に、少しずつ手が触れてくる。
「あ、あの……っ」
顔を無理やり離して言うと、ユリウスもハッとしたように手を放し、
数歩離れた。慌てふためいた様子で、
「す、す、すまない……おまえが嫌なら止める」
そのアッサリした様子にむしろ戸惑った。
――え?や、止めちゃうんですか!?
どこぞの外道とは正反対の、素直すぎる反応。とはいえ、
「まあ、だって、次に時間帯が変わったら測量会ですし……」
「ああ。そうなんだが……」
『…………』
そのまま二人で気まずく沈黙する。
でもどちらも動かず、互いの目を見ている。
それぞれの領域に戻ることもしない。

私が一歩踏み出すのと同時に、ユリウスも踏み出してきた。

「あなたが、好きです」
そう言った。
「…………」
ユリウスの目に一瞬だけ、悲しげな何かが揺らめいた。でも、

「――私もだ」

そう言って私を抱きしめる。
手で顔を上げさせられ、唇が重ねられた。
そうやって、静かにキスをした。だけど今度は、

――痛い。

「……ぅ……っ……」
――あ、あれ?
ポロッと、目から何かがこぼれた。
「――!?え?あ、おい、や、やっぱり嫌だったか!?」
身体を離し、またも慌てるユリウス。
「いや、その、違います。何で――」
こちらまで動揺が移ってしまい、一生懸命に目をこする。
そしてユリウスを見上げ、普段の落ちつきも余裕もない時計屋さんに
ちょっとだけ笑ってみる。
「きっと、嬉しかったんだと思います。ですから、もう一度……」
「あ、ああ……」
ユリウスはうなずき、私をまた抱きしめ、頬を撫でる。
荒れた手がちょっとガサガサしていた。
「ん……」
唇が重なり、私の方もユリウスの身体を抱きしめる。
そのまま身体を寄せ合うように、何度も抱きしめ、キスをして、
――て、え……!?
ユリウスの顔が離れ、首筋をたどり、また服の上から身体のラインをなぞり出す。
それは優しく、ちょっとくすぐったい仕草で嬉しいのだけど、
「あ、あの、その……」
大きな手が布越しに私の下半身に触れ、形をなぞる。
「……っ!」
指で上を、本当に軽く撫でられ、電流が走ったように身体が震えた。
私の反応にユリウスもフッと笑う。余裕が戻ったのか手つきがさらに
あからさまになっていく。
――ど、ど、どうしよう……。
身体がむずむずしてくる。でも、測量会が。時間帯が……。
と、そのとき窓の外の夜空がわずかに明滅する。
天の助け!私はまだ冷静だ。
「ほ、ほら、ユリウス!時間帯が変わりますよ!
朝か夕方!どっちにしても測量会に――」

銃声一発。

変わりかけていた空は、瞬時に夜に逆戻り。
そして時計屋の手には時間帯を変える銃が。
「……あの」
公私混同甚だしい使い方に、さすがに声が冷たくなる。
「ほら、さっさとすませるぞ。
こうモヤモヤしていては、測量会に集中出来ない」
「いえ、ソレ絶対にあなただけ!!」
「誘っておいて何を言う」
ユリウスはその図体を利用して私をソファの方に押していく。
「誘ってません!と言いますか、さっきまで、嫌なら止めるとか
言って下さっていたでしょう!」
「そうだったか?」
スッとぼけられた。
――こ、この男……!!
次なるツッコミを探していたが、ソファに押し倒されてしまった。

「ゆ、ユリウス……!」
逃げるより先に、のし掛かられ、身体を押さえつけられる。
――こ、こんなことになるなんて……。
数時間帯前までは全く想像していなかった。
「ナノ……」
でも安心させるように頭を撫でられ、深いキスをされる。
「――っ!」
ただ、胸元のボタンを一つ外されたとき、少しだけ身体を硬くした。
そうしたらユリウスは少し目を和らげ、
「嫌か?」
もう一度キスをし、聞いてきた。でも私は首を横に振った。
「へ、平気です。ちょっと、不安になっちゃって……」
「不安?エースのことなら心配はいらない。夜間は一番危険だから、
あちこちの出入り口は昼より厳重に警備されているだろう」
「そうではなく……」
この期に及んで養い子の話かと呆れるべきか、土壇場になっても
エースの心配をする、優しい子と見てもらえたと解釈すべきか。
「好きだ……」
それでも耳元でささやかれ、優しく触れられると、どうでも良くなってくる。
「あ、あの、いつから、ですか?」
こちらから髪に触れ、口づけながら言うと、
「さあな」
と笑う声がした。

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