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■測量会へ(強制参加)

測量会。それはダイヤの国の催しであるみたいだった。
国中の人たちがダイヤのお城の会場に集まり、測量会を行う。
測量というのは文字通りで、各領土の色んなことを数値化し、競うと。
響きはちょっと地味かもしれないけど、合間にガーデンパーティーあり、
公認の賭け事有りで、何だかんだでお祭り騒ぎらしい。

「――というわけだ。何か聞きたいことがあるか?」
説明を終えたジェリコさんは微笑む。隣の時計屋さんは無表情。
「はあ……」
私はソファに座って拝聴していた。
この場所はジェリコさんの執務室。役持ちお二人は、私を呼び出し、
測量会についてのご説明をして下さったのだ。
なので私も真剣に質問した。

「墓守領の紅茶の在庫なども、分かるわけですか?」

『…………』

「いや、さすがにそんな細かいことを、測量したりしねえよ」
少し間を置き、ジェリコさんが言う。
「おまえ、まだ厨房の顔無しから、紅茶をしぼり取るつもりか?」
時計屋さんは額に手を当て、心底から呆れたお顔であった。
いえいえ冗談だってば……多分。
「ナノ、紅茶より珈琲を淹れろ、珈琲を!!今すぐに!!」
時計屋さんはイライラしたお顔で、ある方向を指さす。
そこにはテーブルがあり、来客用の珈琲セットがのっていた。
するとジェリコさん、思い出したような顔になり、
「ああ、そういえば珈琲も淹れられるようになったんだって?
ユリウスがあんたを無茶苦茶ほめてたぜ。俺にも淹れてくれよ」
――え?『ほめてた』?時計屋さんが!?
バッと顔を上げ、時計屋さんを凝視すると、
「ジェリコ!!余計なことを言うな!!」
顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
えーと。そ、そうなんだ。嬉しいけど、照れて反応に困るなあ。
「ど、どうも、ありがとうございます」
顔を赤くして頭を下げると、
「ほ、褒めてなどいない!!紅茶馬鹿の割に、大したものを
淹れると言っただけだ!私は、断じて……っ!」
そこまでされると、私の方が恥ずかしいのですが。
ともあれ、リクエストが入ったので、私はソファから立ち上がって、
腕まくりをする。
「では焙煎を始めますので、一時間帯ほどお待ち下さい」
すると、疲れたような声がかかる。
「わざわざ焙煎から始めなくていい。珈琲豆を適当に挽いて淹れてこい」
と、時計屋さん。えー、そんなー。
ジェリコさんも苦笑し、優しい目で私を見て、
「俺たちに美味しい珈琲を淹れようと気遣ってくれたのか?
ありがとうな。でも、焙煎は手間がかかるし、簡単なものでいいぜ」
――ジェリコさん……!
気遣っていただき、ジェリコさんへの好感度が上昇した!
しかし時計屋さんは冷たく、
「ジェリコ。こいつの頭の中は、飲み物のことしかない。
放置しておくと、墓地を珈琲農園に変えられるぞ」
し、失礼な!!そんなことはしませんよ!……しかし時計屋さんに
ギロリとにらまれ、押し黙る。素人の紅茶栽培で、エースを腹痛に
したことへの怒り、まだ解けていないようだ。
「分かりましたよ。では普通に淹れて参ります。少々お待ち下さい」
気分を切り替え、いそいそと珈琲を淹れに行こうとすると、
「あ、そうだ。待ってくれ、ナノ」
ジェリコさんに呼び止められる。
「一応聞くが、測量会はどうする?」
「え?」
振り返る。ジェリコさんは真剣な顔、時計屋さんはやはり無表情だった。
――そうか。催しだから、全ての役持ちが集まるんでしたよね。
……過去の傷には勇気を持って立ち向かうべきだろう。
でも私は即答した。
「参加しませんよ。他の領土の方になんて、会いたくないです」
私はヘタレです。明るく楽しく振るまうようにはしていますが、
夢ではちょくちょくうなされます。
あの妙な銀髪さんに、たまにお世話になっています。
会いたくないのです。帽子屋のボスには。国が変わるまで、二度と。

「そうか。そうだろうな」
ジェリコさんは腕組みしてうなずきます。
「余所者はルールに縛られない。出たくないのなら出なければいい」
時計屋さんも続けて言ってくれたので、私は心底からホッとした。
改めて、珈琲セットの方に向かいつつ、笑顔で、
「はいです。誰もいない中で、お留守番というのは寂しいですが……」

ピタリ。私は一瞬だけ制止する。

『誰もいない』……?

「さ、寂しいですが、お部屋でのんびりしてますねっ」
ハッとして我に返り、言葉の続きを述べたが、すでに遅かった。
「なるべく俺たちのそばにいるようにして、接触させなければいい」
「万が一別行動になったときは、構成員たちに護衛させて――」
ヒソヒソ。最初から決定事項であったかのように……ジェリコさんと
時計屋さんは、測量会会場での、私の護衛方法について話しあっていた。
私は珈琲を淹れることも忘れ、慌てふためいて叫ぶ。
「だだだだ大丈夫ですよ!!墓守領が無人だからって、何も悪さなんて
しません!!どうか私を信じて下さい!!」
するとジェリコさんはたいそう優しい瞳で、
「ナノ。大丈夫だ。俺たちが必ず守る。帽子屋には、指一本触れさせねえ」
時計屋さんも、少しだけ柔らかな目で、
「測量会の会場では、私たちから決して離れるなよ?」

……お二人のどちらにも、全く信用されてないみたいです。しくしく。

…………

「そういうわけで、測量会に一緒に行くことになりました。どうぞよろしく」
テントの床で正座しつつ、エースにペコっと頭を下げると、
「大丈夫だよ。余所者一人くらい、俺がちゃんと護衛するからさ」
床に寝そべって頬杖つき、頼もしげに笑うエース。
……先だって、帽子屋屋敷で始末されかけたのは、どなたっすか。
そしてエースはごろんと寝ながら、意地悪く私を横目で見、
「日頃の悪行が祟ったんじゃない?厨房の連中、今度こそ根こそぎ紅茶を
盗られるんじゃないかって心配してたからね」
「……返す言葉もございません。ただ紅茶が欲しくて」
犯罪はあなたの全てを台無しにします。絶対に止めましょう。
「でも、この紅茶不足、本当に何とかならないですかね」
ため息をつくと、エースは首をかしげ、
「ダイヤの女王様に頼めば?お城の方でも紅茶を扱っているだろう?」
「『ダイヤの女王』?……ああ!」
私はハッとした。ダイヤの国には私がまだ訪れていない『ダイヤの城』と『駅』があるらしい。
でも引っ越し以来のゴタゴタで、どちらの領土にも接触する機会がなかった。
――なるほど。そう考えると、悪いことばかりではなさそうですね。
新しい知人を作り、紅茶の調達をどうにか出来ないか。
まあ交渉下手な自分が、上手くやれるかどうかは別として。
「でも、そういうことは測量会が始まってから考えればいいじゃない」
子供のエースは大あくび。私に毛布を差し出してくる。
「そろそろ寝ようよ、ナノ」
「そうですね。では――」
失礼して、と毛布に潜り込もうとして、

「……何をしている、おまえたち」

低い、低い声がテントに響き渡りました。エースはきょとんとして、
「あ、おかえり。何って、キャンプだよ。あ、ユリウスも入る?」
でも三人だとさすがに狭いかなーと、呑気な声が聞こえる。
ちなみに私は毛布にくるまり、すでにうとうと。
そして。

「人の部屋のど真ん中にテントを張るなーっ!!」

時計屋さんの怒声が、時計屋さんのお部屋に響き渡ったのであった……。

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