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■あいまいな昼下がり

「どうだ?最近は上手くやっているか?」
黙々と山盛りキャベツを食べていると、ジェリコさんに聞かれた。
「うーん……」
「当分は領土の外に出せねえからな。気になってな」
そういえば帽子屋ファミリーから脱出して間が無い。
「大丈夫ですよ。お布団は干してフカフカですし、枕の弾力も十分です。
部屋の照明も問題ありません。あとは第三者の侵入を許さぬほど鍵が
頑丈になり、ご飯の宅配サービスがあれば――」
「誰が引きこもり環境のことを言った!社会生活の方だ!」
ツッコミにキレが入るようになったなあ。
私は真顔になって頭を下げ、真面目に感謝の言葉を述べる。
「皆さん、大変よくして下さって、とても感謝しています。
あとは紅茶と紅茶と紅茶さえあれば――」
「次の課題は引きこもりの更正と食生活の改善だな」
心底からと思われる、ため息をつかれました。冗談だってば。
そしてジェリコさんが顔を上げる。
「そうだ、ナノ。俺と領内の見回りに行ってみるか?」
「は?」
「領土内も100%安全なワケじゃ無いが、俺と一緒なら問題ない。
よし、行くぞ。たまには外の空気を吸わないとな」
「いえいえいえ!嫌ですよ!直射日光なんか浴びたら灰になります!」
「吸血鬼か、おまえは!とにかく善は急げだ。行くぞ!」
ジェリコさんは立ち上がった。
強引――というか半分面白がっている気がする。
「嫌です、嫌!誰かーっ!!」
手首をつかまれそうになって、慌ててかわし、助けを求めるも、
「お、頭(かしら)がフラレてるぜ」
「嬢ちゃん!何なら俺らと出かけるか?いい飲み場に案内してやるぜ!」
「いえいえ!皆さんおかまいなく!」
パニックになる私に、ジェリコさんもニヤニヤ笑い、
「よしナノ、命令だ。俺との散歩を断るなら、あいつらとデートな」
「いやああー!!」
「やったー!」
「頭、気前いい!!」
「ははは。そう褒めるなよ」
食堂に、私の悲鳴と、皆さんの悪魔のごとき笑い声。
引きこもりナノさん、ついに社会復帰か!?というピンチのとき、
「騒々しいぞ、ジェリコ。何の騒ぎだ」
陰鬱な声と、ゆらりと現れる黒衣長髪。
真の引きこもりがあらわれた!

「時計屋さん、助けて下さい!!」
私は大慌てで、時計屋さんの長身の後ろに隠れる。
「おい、何の真似だ?」
意地の悪い笑みを見せるジェリコさんと、怯えた様子の私を見比べ、
戸惑った様子の時計屋さん。私は涙ながらに、
「あいつらが!あいつらが私を無理やり連れて行き、集団で非道な行いをしようと!!」
「はあ?」
「おいおい、本気にするなよユリウス。
外に出られないナノを散歩させてやろうとしてるだけだって」
笑いながらジェリコさんが言うも、
「助けて下さい時計屋さん!最高に心地いい薄暗い室内から、昼日の下に
引きずり出される恐怖と苦痛!あなたなら分かって下さるでしょう!?」
「……私は仕事で外に出る暇がないだけだ」
なぜか殴りたそうにこぶしを振るわせ、時計屋さんが仰る。
するとジェリコさん、腕組みをしてうなずき、
「そうか、そうか。よし、なら三人で出かけるぞ!」
『はあ!?』
私と時計屋さんの声が被った。

…………

ゴトゴト揺れる汽車の中に乗っている。
目の前に立つ眼帯の車掌は、私に馴れ馴れしく、
「やあ、ナノ」
「すみません。しょうが焼き弁当お願いします。あと緑茶も」
しばし沈黙があり、
「俺は車掌であって、駅弁販売員じゃないんだけど」
「カツサンド弁当と穴子飯、出来ればご当地弁当も何か」
「いや駅弁そのものを扱ってないんだけど。あと全部食べるつもり!?」
「…………」
「いや、すごくガッカリした目で俺を見ないでよ!
ないものは仕方ないだろう!?」
そして我に返ったのか、ゴホンと咳払いし、
「それで、君はどこに行きたいんだ?」
「え?決まってますよ。もちろん――」


「おい」
「――はっ!」
声をかけられ、顔を上げた。
気がつくと、そこは墓守領のカフェのテラス席だった。
私の目の前には、紅茶と、アイスを沿えたパンケーキがあった。
「注文の品が来たぞ。食べたらすぐに帰る。全く馬鹿馬鹿しい……」
時計屋さんはブツブツ言いながら、ご自分の珈琲とサンドイッチを食べる。
――あ、あれ?
そういえば、ジェリコさんと時計屋さんと三人で出かけるはずだったっけ。
でも、出がけにジェリコさんに急用が入り、二人でのお出かけになってしまった。
「私のしょうが焼き弁当と、カツサンド弁当と穴子飯とご当地弁当は?」
キョロキョロとテーブルを見る。
「寝ぼけるな。それと、食べ過ぎだ」
「そんなー」
ガックリ肩を落とす。
「何か、気がかりな夢でも見たのか?」
時計屋さんがゆっくりと私に言った。私は涙ながらに、
「ハイ、何かよく分からない場所で、全然知らない怪しげで親切な方が、
私に好きなだけ食べ物をおごってくれるという夢でした」
「……心配はいらないようだな」
疲れたような声で、時計屋さんは言ったのであった。

『どこに行きたい』

フッと二つの影が頭をかすめた気がした。
私はどこにいたいんだろう。
墓守領の昼下がり、時計屋さんと途切れがちな会話を交わしながら、
私は考えていた。

測量会が始まったのは、それから十数時間帯後だった。

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