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■エースを探して・下

木々の上に月がかかっている。
長い藍の髪をなびかせ、時計屋さんは夜の森を歩いて行く。
片手にはどこからか取り出したカンテラ。
ジェリコさんのを借りてきたのかもしれない。彼は振り返ると、
「おい、ついてくるな」
「私も行きますよ、時計屋さん。エースのことが心配ですし」

時計屋さんは行方不明の養い子を探している。
エースにいつぞや助けられた私も、お礼のお菓子袋片手に彼を探していた。
しかし時計屋さんは、私が危なっかしいみたいだ。
墓地から森までついてきた私を追い返そうと四苦八苦。
「おまえ一人がいたところで、邪魔なだけだ。いいからもう帰ってくれ」
「いえいえ、お役に立てることもありますよ」
「おまえは余所者だろう。何の役に立つ」
シッシッと、冷たい時計屋さん。私は親指をグッと立て、
「実は目からビームが出ます」
「馬鹿か」
「潜在能力が覚醒し、非常時には背中から翼が生え、天空に」
「やかましい!」
ノリが悪いなあ。とか思ってると、時計屋さんがこちらに向き直り、
「夜の森は危険なんだ。足場は悪いし、視界も悪い。刺客が来て、
守り切れるほど私も強くない。だから今のうちに戻ってくれ」
お言葉は実にありがたいのですが、
「でも、今から戻るのも十分に危険ではないですか?」
「…………」
言葉につまる時計屋さん。
そう。私を怒りながらも歩いてるものだから、私たちはどんどん森の奥に
進んでいる。今一人ぼっちにされて、まっすぐ戻れるかどうか。
「…………」
そしたら時計屋さん。懐から銃を取り出し、天に向けて――
「だ、ダメダメ!ダメですよ!時間帯変えたりしちゃあ!」
大慌てで私は止める。
時間の番人である時計屋さんは、銃で時間帯を変えられるらしい。
でも、ルール違反でこそないけど、あまりやっていいことでもなかったはず。
「ならどうすればいいんだ。おまえが我を張っているからこうなるんだ」
「いえ、それは反省しますけど、でもダメですよ!」
強く止めると、やっと折れてくれたらしい。
「全く、余所者は本当に厄介だな」
時計屋さんは嫌そうに銃をしまう。そして真剣な顔で、
「いいか。怪我をしても私は知らんからな。万が一刺客が来たら――」
「分かりました。あなたが怪我をしたら全力で応急処置をします。万が一
刺客が現れたら、私が敵を引きつけますから、その間に遠くに――」
「逆だ、逆」
こづかれました。うーん、でもやっぱりノリが悪いなあ。
――前の……だったら、もっと上手い切り返しを……。
そこで私はピタリと思考を止める。
なぜか抉られるように心が痛んだから。
――うーむ。あれですか。心の臓に何かしら異常が!?
「時計屋さん……もし私がいなくなったら、私の紅茶の借金、代わりに
ご返済をお願いしますね」
「何の話だ」
くっ。時計屋さんの返しも微妙だけど私のボケもキレが悪いなあ。
「行くぞ」
「はいです」
私は時計屋さんの後をついていった。

…………

夜の時間帯は終わらない。カンテラが照らす足下と淡い月明かりが光源だ。
エースを探す私たちは、ちょっと開けた草原に出た。
「エース!どこにいる!帰るぞ!!」
「エースーっ!お菓子がありますよ!ご飯ー!ハウス!!」
「……あいつをペットみたいに言うんじゃない」
低く言われ、頭をかく。
とはいえ、エースの気配はどこにもない。
美術館の灯りはとうに見えなくなり、見えるのは木々ばかり。
「どうします?一度戻りますか?」
「いや、まだだ。だが……疲れたな。少し休むか。
おい、そこの倒木に座るぞ」
「え?あ、はい!」
なるほど、暗闇に目をこらすと、ちょうど木が倒れているところがある。
座るのにちょうど良さそうだ。
時計屋さんは、さっさと歩いて行く。
でも、その背中に全然疲れのそぶりは見えない。
――もしかして、気をつかわれてるんですかね。
時計屋さんは倒木の表面が乾いてるのを確かめ、腰掛ける。
そして私にも目で促した。
「よいしょ……」
無理やりついてきた手前、ちょっと申し訳なくなって、私は時計屋さんから
身体二つ分ほど離れた場所に座った。すると、
「おい、もっとこっちに来い」
「は?」
意外なことを言われ、凝視すると、
「な、何を勘違いしている。夜の森は少しのことで体温を奪われるから……」
カンテラの灯りに見える顔は、恥ずかしそうだった。
正論なんだから照れることないのに。
「はあ、どうも……」
拒むのも変な感じなので、腰をずらし、ほんの少し離れた場所に座り直す。
「……もっと、こっちに来い。それではまだ身体を冷やす」
時計屋さんはすっごく恥ずかしそうだ。逆にこちらまで恥ずかしくなる。
「ど、どうも……」
ぎこちなく言い、時計屋さんにピッタリ身を寄せるようにする。
すると大きな腕に抱き寄せられた。私はお礼も言わず、もたれる。
「…………」
温かいなあ。
私は目を閉じる。
チクタクと、厚い服越しに聞こえる時計の音、機械油と珈琲の混じった匂い。
それがなぜか、遠い何かを思い出させる。

夢うつつに、声が遠くから聞こえる。私の声も混じっていた。

『これは本物の砂時計。私が作ったものだ』

『ユリウスに、私の上司になってほしいんです』

『……ちゃんと、勉強するんだぞ』

遠くから汽車の音が聞こえる。
大きな背中は遠ざかり、私は一人ぼっちになる。
そんな私をいつか見た赤い瞳が笑う。


『何度も言わせるな。また会える』



――嘘つき……。



「おい、いい加減に起きろ!」
「余所者君!しっかりしろよ、ナノ!」
慌てたような声が間近から聞こえ、私はパチッと目を開けた。

「あれ……?」
木もれ日が、緑の葉っぱの間から落ちてくる。
ピピピと木立からは鳥さんたちの声。
ちょっと目を閉じてる間に、時間帯が変わっていたみたいだ。
森には、湿った空気を含んだ、涼しい朝の風が吹いていた。
そして私の顔をのぞきこむのは――
「……え?あれ?エース?」
「当たり前だよ。他の誰だって言うのさ!」
必死な感じで私の目をぬぐう小さな剣士。
「……て、何するんですか!」
慌てて身体を起こす。
「うわ!いきなり起き上がるな!」
時計屋さんとぶつかりそうになった。
「…………?」
えーと。状況を把握しましょう。
朝の森。倒木の上。目の前にエース。
私は時計屋さんの……膝の上に……膝枕されてたみたいです。
そして慌てて起き上がったせいで、相手の顎に顔をぶつけるとこだったと。
少し離れたとこにエースのテントと焚き火。
焚き火の上にはグツグツ煮えたお鍋と、シチューのいい匂い。
「……エースの方が私たちを見つけ、おまえが起きるまで一緒にいたんだ」
混乱を読み取ってか時計屋さんが補足して下さる。
つまり私はあれから寝こけて、エースが来たのも気づかず……。
私は目をぬぐいつつ、顔を赤くした。
「そ、そそそれはどうも。あの、私……どのくらい寝てました?」
すると時計屋さんは、
「エースが来たのは一時間帯ほど前だ。おまえが寝ていたのは……およそ六時間帯」

何つう壮大な足止めを……穴があったら入りたいとはこのことですか。

するとエースは飛びはね、
「あ、そろそろいいかな。余所者君、シチューが出来たぜ!
ユリウスに教えてもらって、俺一人で作ったんだ!」
ちょっと得意そうにエースが笑い、焚き火に駆けていく。
「はあ……」
「食べたらすぐに帰るぞ。私は膝が痛い」
今度こそ疲れた顔の時計屋さんは、ちょっと目の下にクマを作っている。
なぜかぐっしょり濡れたハンカチで、膝をぬぐっている。
「どうも、大変ご迷惑を……」
恥じ入って立ち上がる。そして気づいた。

時計屋さんのおズボンの膝が尋常ではない濡れ方をしている。
雨でも降ったのかなと、私は空を見上げた。

雫がもう一つ、頬を伝って地面に落ちていった。

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