続き→ トップへ 小説目次へ ■エースを探して・中 夕暮れの空の下、墓石の群れはどこまでも広がっている。 風にそよぐ草を踏み、私はお礼のお菓子袋片手にエースを探す。 「エース!エース!どこですかー!」 しかし子供の気配はどこにもない。 私は墓石の陰に目をこらしたり、木の上を探したりした。でもいない。 「エース!お菓子がありますよ!炭水化物ー!!」 探して探して。 茂みをかきわけ、小道を探し、林の奥に分け入っていく。 「エースーっ!!」 ――ん? そのときガサッと後ろで音がした気がした。 「エース?いるんですか?」 私は笑顔でそちらを見ました。 しかし、人が出てくる気配はありません。 エースったら、照れてるんでしょうか? 「あのときのお礼をしたいんです。ほら、出てきて下さい!」 私は、音のした方向に呼びかけた。 もう一度ガサッと音がしたので、つい笑顔になる。 「エー……」 言いかけ、止まる。何だか違和感を覚えたのだ。 向こうの気配も動かないでいる。 ――ん……? 何かおかしい。何て言うか、子供の気配じゃない気がする。 第一、あのエースがこんなとき、姿を見せずジッとしてるなんて、 ありえるだろうか? 気配も、子供というより、もう少し大きなものの気がする。 そう、大人の男性のような。 「…………」 私は周囲を見回した。オレンジの空、木、木、木。 美術館どころか、すでに墓地も見えなくなっている。 足の向くまま探し、林の奥に分け入りすぎたのだ。 ……いや、もうここは林ではなく森だ。 辺りに人の気配はなく、夕暮れの風がやけに肌寒い。 「あ、あの、エース……ですよね?あ、あはは。出てきて下さいよ」 しかし向こうの気配は動かない。こちらをうかがっている気もする。 いったい誰なんだろう。 ――帽子屋屋敷の追っ手、通り魔、変質者。 心臓が焦りで鼓動を打つ。 ――お、落ち着け、落ち着くんですよ、ナノ!! 場所的に大声を出しても無駄だ。 ならワザと声を出さず『この女ビビッてやがるぜ、ヘッヘッヘ』的に相手を 油断させ、その間に、相手の横っ面に一撃!! ――よ、よし!脳内シミュレーション完了!さあ来い!! 瞬間。気まぐれなこの世界の時間帯が、夜になる。 真っ暗。超真っ暗。自分の手のひらも見えないくらい真っ暗。 「え?あれ?えー!?」 全てのシミュレーションが吹っ飛んだ。 同時に近くの気配も動く。 ガサガサと音も隠さず、ハッキリとこちらに近づいてくる。 距離は3m?2m?いや、1m……すぐそば! 「い、いやあーっ!!」 パニックに陥り、走り出す!……ていうか暗い!! 手の平も見えないのに足下なんて……あ!何かにつまづい――。 「おい!暗いのにむやみに走るな!!」 倒れる寸前で身体に腕を回され、大柄な誰かに支えられた。 しかし誰の声かなんて考えてる暇は無い。 私の恐怖は頂点に達し、 「うおりゃあーっ!!」 無我夢中で放ったパンチが! 多分、相手の頬に! クリーンヒット☆ 「……っ!!」 倒れこそしないものの、相手がわずかによろめく。 「ふ……ふふっ!女をナメないでいただきます!!」 私はすぐさま身をひるがえし――。 木の幹に! 顔面から! ぶつかった☆ ………… ………… 軽い振動に目を覚ます。 「ん……」 何だろう。とても温かくて懐かしい匂いが鼻をくすぐる。 切なくて、愛おしくて、嬉しくて、悲しい匂い。 そこで私は目を開けた。空には満天の星。周囲は――墓地。 そして気づく。 私は誰かに背負われ、墓地の中を美術館の方角に行くみたいだった。 「時計屋、さん……?」 「ああ」 時計屋さんの声がする。 そうか、時計屋さんにおんぶされてるのか。 「でも、何で時計屋さんが?」 すると少し沈黙があり、心もち低い声が、 「……さっきは、いいパンチだったな」 「!」 そこで私は気絶する寸前のことを思い出した。喜んで、 「時計屋さん!見ててくれたんですか?」 「……は?」 時計屋さんは私を振り向こうとするけど、おんぶだから振り向けない。 私は嬉しくて、 「いやー!私ってすごいですよね! か弱い少女を襲おうとした卑劣な変質者に、勇気ある一撃! 我ながらキマってましたよ!!」 「……卑劣な変質者?」 私は心の底からうなずき、 「あんな不審で不気味で根暗そうな気配の持ち主は間違いなく変質者! それもオタク系ですよ!いやあ、あんなのに捕まったら、どんな 変態プレイを強要されていたことか!立ち向かって正解でした!」 あっはっはと笑い、 「…………」 どうしたんでしょう。時計屋さんが沈黙されている。 やがて低い低い声が、 「……その変質者。夕暮れどきに、ひとけの無い方向へフラフラしている 女を見かけ、危なっかしくて、つい後を追ったのではないか?」 「え?そうですか?えー、考えられないですよー!」 私は首をかしげる……なんだろう。『早めに謝っとけ』と心の中の何かが 告げてる気がするけど、きっと幻聴ですね。 そして時計屋さんは静かな、それは静かな声で、 「その変質者は、気配を消しきれず、途中で女に気づかれた。だが、 いきなり現れても怖がらせるのではと思い、出るタイミングを計っていた。 そのうちに夜になり、女がパニックに陥り出したので心配して出て行ったら 逆に殴られた。そうではないか?」 「…………」 汗が。ここは温暖な気候なのに、冷たい汗が滝のように流れる。 そして私はしばし満天の星を眺め、静かに、 「時計屋さん……私、いつか一流の職人になれるでしょうか」 「ごまかすな!!」 おんぶから地面に下ろされ、さんざん説教されました。 そして私は、時計屋さんに大人の優しさがないことを知ったのであった。 4/5 続き→ トップへ 小説目次へ |