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■エースを探して・上

薄幸の余所者ナノさん。
悪夢の屋敷から平和な墓守領に戻り、穏やかな時間帯が戻ってきました。
時計屋さんのおかげでやる気も復活した私は、部屋にこもり、昼の時間帯も
夜の時間帯も、肩の傷が治る程度には長く、紅茶の研究を続けた。

そしてあるとき。
バタンと私の部屋の扉が開く。
「あれ?ジェリコさん?」
そこには怒りに満ちた顔の領主様が、

「外に出ろーっ!!」

…………

ジェリコさんは怒り心頭で廊下を行く。
私は襟首つかまれ、宙ぶらりんになりながら、抗議した。
「ジェ、ジェリコさん、私は猫ではないのですが」
「猫だろうが!仕事はしないし、紅茶は盗むし、部屋に引きこもるし……」
館長さん、ぶつぶつぶつぶつ。
うーむ。肩の傷が治るまで、ニート生活を許していただいていたのだ。
その傷も完治した以上……。
「仕事は気が向けばしますよ!」
「なら今働いてもらおう!それと三食ちゃんと食え!」
「いやいや!八時間帯に一回くらいは角砂糖をなめてますよ!紅茶だって
盗んだのでは無く、たまたまお借りしようとしたときに人がいなくて……」
「角砂糖って、おまえなあ……いや、紅茶の件は確信犯だろう!
引きこもりなのに、何で料理人がいない時間帯だけ正確に分かるんだよ!!」
「紅茶への愛です」
あと引きこもりとは失礼な。
「紅茶くらい自分で稼いだ金で買え!!」
「お金ないです!」
「働けよ!!」
ああ、世間は実に非情です。ちなみに私は、食堂に連行される最中です。
お野菜たっぷり玄米ご飯定食を食わされる予定。
「せっかく一流の紅茶職人になろうと思ったのに……」
失意で肩を落とす。
するとジェリコさん、怒ってた声のトーンをちょっと下げ、
「なら、美術館のカフェで働いてみるか?」
「カフェ?」
心のどこかがザワッとする。
「モギリより向いてると思うぜ。一度、向こうに話をしてみたけど、
おまえさんなら即戦力になりそうだし、大歓迎だとよ」
うーん。なるほど。カフェかあ。でも……。
わたくし、襟首つかまれながら首をかしげます。
「でもカフェの売れ筋って、珈琲でしょう?私、珈琲は……」
「ああ、そういえば、珈琲が淹れられないし匂いもダメなんだったな」
「はいです」
珈琲はこの国に来てから一度も淹れてない。
でも匂いもダメというのは、嘘。そこまで嫌いなワケでもない。
いちおう、頭の中に淹れ方が浮かぶし、本当は淹れられるんだろうけど。
「なら、紅茶の注文が入ったときだけお呼ばれして、いつもは裏方で皿洗い
でもしてるってのはどうだ?」
「五枚中、三枚のお皿を割ってよろしいのでしたら」
「……簡単なデザートを作るとか」
「十時間帯に一度くらいは、時計の止まる方が出ると思いますが……」
「領主権限。モギリ決定な」
「えー。ひどいですよ、ジェリコさん!権力乱用!職業の自由を侵害!」
「居候は黙ってろ!」
私はズルズルと引きずられていきましたとさ。

…………

…………

それから少しの時間帯が経った。

「エース!エースはどこですかー?」
エントランスのあたりで、私はお菓子の袋片手に、キョロキョロと辺りを
見回す。いないいない。エースがいない。
私の救出の際、危険な行動を取ったエース。そのことを皆に怒られ、
ムクれて飛び出し、未だ墓守領内をウロウロして帰ってこないそうだ。
やっとお給料がたまって、あのときのお礼が出来ると思ったのに。
……ちなみに私の給料の九割九分は、紅茶の返済に回されている。
美術館のお客様。紅茶の価格が三倍につり上がった元凶は私です。
最近では、紅茶は、三重のロックがかけられた金庫に保管されてるそうな。
盗みダメ。絶対ダメ。あなたの人生と社会的信用が台無しになります。
――まあ、細々と茶樹は栽培してるんですけどね。
ナノさん、紅茶不足も限界に達し、ベランダ菜園でこっそり茶樹を育ててます。
不思議の国だとすぐ育ってくれるからありがたい。
でも個人だと、どうしても茶葉までの加工が難しい。
資料も大半は帽子屋屋敷にあるし、まだちゃんとした茶葉は出来てない。
――はあ。帽子屋屋敷だったら、紅茶なんていくらでもあったのに……。
そこで思考を遮断する。
あそこのことは思い出したくもない。次の引っ越しが来るまで、墓守領に
大人しくしていて、二度と関わるまい。
「エース!エースー!」
私が声をからして呼んでいると、
『エース!』
あれ?誰かと声が重なった。

「……?」
「え?」
角を曲がって姿を見せたのは、時計屋さんだった。
「ナノ、か」
「あ、どうも。時計屋さん」
名前は覚えていただけたらしい。そして私たちはほぼ同時に、
「どうされたんですか?時計屋さんが日中に外に出られるなんて」
「どうした?引きこもりのおまえが、日中に外に出るなど」
『…………』
二人して黙った。
時計屋さんもエースを探していたみたいだった。しかし後が続かない。
一度は無くなったと思われた私たちの間の壁……いや、だからこそ、
私たちの間には、前より厚い壁が出来上がったみたいだった。
「あ、そ、それでは。私は向こうを探すから……」
「どうも。それじゃ、また……」
私たちはぎこちなく挨拶を交わし、別々の方向に行った。
『一緒に探してもいいのでは?』と思ったけど、時計屋さんの方が
気まずそうな感じだった。本当に人見知りする人なんだろう。
私も気分を切り替え、
「建物の中にはいませんかね。外でキャンプしてるのかな?」

私は地面の芝生を踏んで外に出た。
そして墓地の方角に、エースを探しに行くことにした。

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