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■墓守領への帰還

夢の中で、私は汽車の座席に座っていた。
そして私の前に立つ車掌は、爽やかに笑う。
「君は、どこへ行きたいんだ?ナノ」
「あの……何で私から距離を取ってらっしゃるんですか?」
会話の内容より、そっちが気になってしまう。
そう車掌さんは、会話するには、やや離れた場所から話しかけていた。
「え?また殴られないようにね、あはははは」
「『また殴られないように』?誰かに殴られたんですか?」
「うん。大好きな女の子にね」
何たること。女といえど、他人に暴力をふるうなんて最低だ。
「ひどい子ですね!そういう子は容赦せず、グーで殴ればいいんですよ!」
暴力絶対反対の私には、他人を殴る心理なんて想像も出来ない!
「あはははは。女の子相手にそんなひどいことは出来ないよ」
と言いつつ、いつの間にかそばに来た車掌、私の頭をグーでコンコン叩く。
あ、結構痛い。
「ちょ……いた、止めて下さいよ!何で私を小突くんですか!」
逃げるけど、回り込まれ、またコンコン叩かれる。
「あはははは」
「いえ、だから何で私が!……ちょっと!痛いってば……!」
「あはははは!」
そして何だかよく分からないうちに、笑いながら小突かれまくったのであった。

…………

「い、痛い……」
逃げながら頭を抑えていると、
「痛い?どこが?大丈夫?」
すぐ近くで心配そうな声がした。
「ん……?」
それで起きてしまう。
どうも夢を見ていたらしい。
でも目覚めると同時に、どんな夢を見ていたのか、忘れてしまった。
「ここは……」
自分の部屋だ。墓守領の。
私はベッドで寝ていて、目の前にエースが心配そうにのぞきこんでいた。
――変な夢……でも、どんな夢だったっけ。
「えい」
「痛い!」
とりあえず目の前にある頭を、グーでコンと叩いた。
「い、痛!何するんだよ!」
ベッドに頬杖ついていたエースは、顔をしかめて立ち上がった。
「何するんだよ!せっかくついててあげたのに!」
「いえ、何となく腹が立ったので」
「はあ?やっぱり君、変な子だよね!」
エースはちょっと離れて抗議する。でもどこか行く感じは無かった。
「彼女が腹が立てるのは当たり前だろう、エース!」
そして苦々しい声がどこからか聞こえた。
私は声の方向を見ようとし、
「〜〜〜〜……!!」
瞬間、ねじ切られるような激痛に、声も出せずうずくまった。
痛い痛い痛い、肩が超痛い。
「ナノ!大丈夫!?」
エースが慌てて駆け寄ってくる。そして、
「ナノ。あんまり動くな。あんたは逃げるとき肩を撃たれたんだ。
銃弾を摘出してそんなに経っていない。しばらく休め」
「…………」
涙目で見上げると、ジェリコさんが視界に入ってきた。
彼はベッドの前にかがみ、指先でそっと私の涙をすくう。
それから大きな手で私の前髪をくしゃっと撫でた。
「よく頑張って生き延びたな。ずっと迎えに行けなくてすまなかった」
そう言われて、気絶するまでのことを思い出した。
「……皆、助かったんですか?」
意識が飛ぶ前、帽子屋領と墓守領はにらみ合う態勢だった。
あんな状態で、誰も時計を止めずに済んだとは思えない。
全員無事に帰れたのだろうか。
「ああ、皆、傷一つ無い。抗争は回避した」
「よ、良かった……。でも、どうして?」
「元々、かなり前から、交渉であんたを引き渡す合意は取れていたんだ。
だが、帽子屋は何かと理由をつけて引き延ばしていた。
ワザと抗争まで起こしてな。
で、どうにかあんたを助けようと、俺たちは時機を探っていたんだ」
「…………」
まさか本当に小娘一人のために抗争を起こしたんじゃないんだろうけど、
……でも、彼の執着心の一端を見たようで、少しゾッとする。
「だがエースの奴が、しびれを切らして出て行った。
ユリウスがすっ飛んでいって、俺たちも慌てて後を追ったんだ。
で、帽子屋屋敷で無事……じゃあないが、おまえら二人を発見した。
ユリウスは怒り心頭だし、部下共もいきり立ってる。向こうの連中も
やる気満々。抑えるのに苦労したぜ」
「そこまで険悪になって、よく何もなかったですね」
ジェリコさんはまた私の頭を撫でる。
何だか撫でられるごとに安心する。
「帽子屋の方が、ボス同士で合意した約束を破っていたからな。
女絡みとはいえ、マフィアのボスが約束事を破ったことが知れ渡れば、
裏の世界では、重大な信用問題になる」
「まあ、確かに」
「で、あんたのことは誤射だとか、病気が治ったから引き渡す準備を
していた、とか適当に理由をつけて、無条件で引いてくれた。
こっちも引く代わりに、その説明を受け入れることにしたんだ」
ちょっと申し訳無さそうに笑う。
「そうですか。ありがとうございます」
肩を押さえ、小さく息を吐く。
「あの。すみませんでした。本当に……」
「ん?何で謝るんだ?謝らなきゃいけないのはこっちの方だ。
待たせた分だけ、辛い思いをさせたな」
「…………」
深いまなざしだった。知らないはずなのに、私に何が起きたか知っている
のではないかと、思わせるような。
「そんな……私一人のために、本当にご迷惑を……」
泣きそうになるのを抑え、布団の中で何度も頭を下げる。
「そうだよ。本当に迷惑だったんだぜ。君一人のために――いたっ!」
言いかけたエースが頭を抑える。
「な、何するんだよ、ユリウス!!」
いつの間にか時計屋さんが部屋に入ってきていた。
……静かに激怒されている。ろくに知り合っていない私にも分かるくらい、
時計屋さんの全身からは、怒りのオーラがゆらめいていた。
「一番迷惑なのは、おまえの行動だろう!後先考えず突っ走って!」
怒鳴る。
「でも、結果的に助かったし、余所者君も戻ってきたじゃないか!」
「私が着くのがもう何十秒か遅れていたら、おまえは始末されていた!!
おまえ一人の勝手な行動のため、領土全体にどれだけ損害が出たと
思っているんだ!!」
どうもお説教の開始らしい。うるさいから部屋でやってくれないかなあ。
でもエースも負けずに、
「じゃあユリウスは!余所者君がどうなってもいいって言うの!?」
「……っ」
時計屋さんはグッと黙る。
まあ、実際のとこ本音は『どうなってもいい』んでしょうが、さすがに
私本人を前に言えませんか。と、意地悪く考える。
「まあまあ。とにかく、ナノも戻ってきたんだ。休ませてやれよ。
おまえたちも説教は部屋でしてくれ」
ジェリコはさっさと二人を退散させようとする。
「ヤダよ!俺はもう少し余所者君のそばに――」
「つべこべ言わずに来い!!おまえには話すことが山ほどあるっ!!」
時計屋さんはエースの襟首をつかみ、無理やり引きずっていった。
ジェリコさんも伸びをし、
「それじゃ、俺も仕事があるから行くな。
用事があるときは大声で言ってくれ。誰かしら駆けつけるから」
ジェリコさんはもう一度私の頭を撫でてくれた。
やっと安全な場所に来られたという実感がわき、私は泣きそうになっていた。
「あ、あの、何てお礼を言ったらいいか……」
「ああ、そうだな」
そして次の瞬間、ジェリコさんは私を凍りつかせることを言う。
悪気無く、ごくごく自然に。

「なら、肩の傷が治ったらまた上手い紅茶を淹れてくれよ。
あんたの紅茶は最高に美味いらしいって、国中で評判になってるからな」

5/5

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