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■救出・下

――撃たれた……っ!
一瞬遅れて叫びだしそうな激痛。痛い。
少し身体を動かすだけでも痛い。
こんな痛みを抱えたまま、門まで、いや、墓守領まで走るなんて不可能だ。
「エース……!やっぱり一人で逃げて下さい!
私だけならどうにかなるかも……!」
私はスピードをゆるめ、言った。
「はあ!?ここまで来て何を言ってるんだよ!門までもう少しだぜ!」
エースはじれったそうに言う。
「このままだったら、あなたまで……」
すでに撃たれた肩からは、濡れた感触が広がっている。
動くたびに痛みが全身にこだまし、今にも足がもつれて倒れそうだった。
「ナノっ!!しっかりしろよ!!」
一瞬、痛みに気が遠くなりかけ、怒鳴られてから我に返る。
同時にエースが、迫ってきた使用人一人に剣で切りつけた。
先走った使用人は赤い物を流し、見事に倒れた。
「逃げるんだよ!ここまで来て、捕まったらおしまいだろ!?」
「……はい……」
私は自分の中の感情を抑え込み、また走り出そうとした。だけど、
「うわあ、ノロすぎだよ、お姉さん」
「こんなゆっくりしたのを捕まえて臨時ボーナスとか、ラッキーだよね」
聞き慣れた声がすぐ傍で聞こえ、ゾッとした。
同時に、撃たれた方の腕をつかまれ、容赦のない力で引っ張られた。
「――ぐ……っ!!」
あまりの痛みに一瞬だけ意識が飛ぶ。
そして再び戻った瞬間には、私は門番に地面に押さえつけられていた。
「離せ、離せよっ!!」
双子のもう一人は、暴れるエースを捕まえている。
その間に他の使用人達も走ってくる。もう……逃げられない。双子は、
「はい、仕事終了。お姉さんは?いちおう医務室に送っておく?」
「どうしようか……?あ、ボスー!捕まえたよー!!」
私はサッと青ざめた。
そして、すぐに使用人さんたちの輪がザッと左右に分かれた。
その向こうから現れたのは……。
「ブラッド!なあ、だから言っただろ!?墓守領の諜報員だって!!」
エリオットが、勝ち誇ったように私を見て言う。
ブラッドはそれには応えない。
彼はエースには目もくれず、氷のように冷たい表情で私を見ていた。
「…………」
何一つ言葉を発さない。それが逆に怖い。
え、えーと……もう、どうでもいいですよね。
ねえ夢なら覚めて下さい!そろそろBAD ENDのテロップとBAD END用の
ED流して!!グロシーンまで放映するとかありえないから!!
「ボス、こっちのチビはどうする?始末しちゃう?」
「チビって言うなよ!!」
エースの抗議を笑い、双子の片割れがエースを蹴る。
「子供に乱暴しないで下さい!ブラッド……図々しいと思いますが、
お願いです。私は残りますから、どうかエースだけは……」
「余所者君!ダメだ!」
私は祈るような思いでボスを見上げた。
そしてブラッドは口を開く。
「子供はこの場で処分し、墓地に放り込め。
この女は地下室に送れ。私が『処理』する」
サッと全身が冷えていくのが分かった。エースの処分もショックだ。
そしてマフィアの本拠の地下室。
そこでどれだけ凄惨なことが行われているか、余所者の自分の耳にも入っていた。
始末されるのか、生かされるのか。どちらにしろ、撃たれるより恐ろしい扱いを
受けることは明らかだった。
「了解ー。じゃ、僕がやっちゃうね」
双子の一人が楽しそうに、エースに斧を振り上げる。
「畜生!はなせ!離せよーっ!!」
「エース!止めてー!!お願いーっ!!」
肩の痛みも忘れ、必死に手を伸ばすけれど、もう間に合わない。
「ナノっ!!」
エースが私に手を伸ばす。けれど私は双子に抑えられ、身動き出来ない。
せめてその瞬間は見たくないと、ギュッと目をつぶった。そして――。

銃声。

驚いて目を開ける。
「わっ!!」
双子の一人が、エースに振り下ろさんとした斧を落としたところだった。
斧は誰にも当たることなく地面に転がった。

「時計屋っ!!」
エリオットの凶悪な声がする。

「ユリウスっ!!」
エースの嬉しそうな声。

「エースから離れろっ!!」
時計屋さんがそこにいた。いつ現れたのか、銃を持ち、構えている。
「やれやれ。単独で敵陣深くに入り込むとは、子煩悩にもほどがあるものだ」
と、ブラッド。すでに使用人やエリオットが護衛として前に立ち、
銃で時計屋さんに狙いを定めている。
飛び込んできた時計屋さんは早くも絶体絶命に――。

「単独じゃねえよ、全員で来た」

ジェリコさんの声がした。
声の方角を見ると、マフィアのスーツを着たジェリコさんがいる。
背後には、強面の部下を大勢連れ、門から歩いてきた。
墓守領の構成員は、全員、銃を抜いて殺気だっている。
ブラッドは呆れたように、
「女子供のために、総出で人の庭に上がり込んでくれたな。
門番は減給処分にでもするか」
「えー!」
「ひどいよ。ボス!」
双子の悲鳴。でもブラッドもジェリコさんも無視する。
もちろん、帽子屋ファミリーの構成員たちも突っ立ってはいない。
音も無く、墓守領の周囲を囲み、まっすぐに銃を構える。
「ブラッド!命令してくれ!」
時計屋さんの頭を狙うエリオットが、ボスに促す。
けどジェリコさんの表情に変化は無い。
いや、エースと……押さえつけられた私を見る。
肩を撃たれ、全身傷つき、多分かなり痩せた私を。
それから聞いたことの無い、冷酷な声で、
「帽子屋、ナノは重病で外に出られず、屋敷で療養していると言っていたな。
そして今となっては、屋敷の方が居心地が良くなったから戻る気は無いと!
おまえは確かにそう説明していたよな!これはどういうことだっ!!」
あたりがシーンとなるような怒声だった。
ブラッドは返答をしない。
場は一触即発。いつ銃撃戦になってもおかしくない空気だった。
私は肩の傷を抑え、マフィアの二勢力がにらみ合う光景を見上げていた。
――て、あれ?
視界が急にぼやけてきた。それに何か、身体の力が……。
そこで今さら気づく。身体寒い。超寒い。
そういえば肩の傷からずーっと、ずーっと、赤いのが出っぱなしでした。
――あう。
私はそのまま地面に崩れた。

『ナノっ!!』

何人かの声が私の名を呼ぶのが聞こえた。
その中にブラッドの声が入っていたか、ついに分からなかった。

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