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■救出・上

一瞬の判断だった。
エースに今から木を下りる、または隠れる余裕もなし。
ナノ、自分には、エースについてごまかしきる話法なし。
エースは捕まると処分される、もしくは処分より恐ろしいことになる。

――エースを……守る!!

「だあぁーっ!!」
私はテーブルの上のヤカンをつかみ、滑るように床を走った。
「え……?」
「うるせえぇーっ!!」
そして、一人の顔面に渾身のこぶしをたたき込んだ!!
不思議。いやあ不思議。
まるで夢の中であらかじめシミュレーションでもしてたかのように、
見事に決まった。
「――っ!!」
使用人の一人はもんどり打って壁に叩きつけられた。
そして私にとっては幸運なことに、そのまま気絶してしまう。
「は……?」
まさか無気力にボスに抱かれてるだけの小娘が、唐突に暴力行為に走る
とは(しかもクリーンヒットするとは)思わなかったのだろう。
歴戦の使用人の反応が、コンマ一秒ほど遅れた。そして私は、
「すみませんっ……!」
もう一人の側頭部に、お水一杯のヤカンをぶつける!!
中身が熱湯じゃ無かったのが残念。
「ぐっ……!」
さすがに、最初の一人のように都合良く気絶はしなかったけど、ちょっと
よろめいた――わっ!野郎、倒れながら一発撃ちやがった。
私は慌てて横に転んで、避けながら、どうエースを守るか考えた。
そして、背後で金属が砕け散る変な音がした。
「――っ!?」
私を狙いかけていた使用人が、倒れる。その胸に、剣が――。
「マジですか……」
剣は斬るものであって、間違ってもナイフ代わりにはならないのに。
「余所者君!!」
私をかばうように、私の前に少年が立ちはだかる。
見ると窓の鉄格子が何本か切れていた。
宣言通りに鉄格子を斬った上、その剣を飛ばして使用人を始末するという、
ゲームさながらのことをやってくれたらしい。
まあ、ありえないことをやってしまうのが、この世界の人たちだけど。
「余所者君、けっこうやるじゃないか!さ、逃げよう!」
「ええ!」
使用人一人を気絶、一人を重傷にしては、もう言い逃れは出来ない。
エースはさっさと窓枠を飛び越え、木の枝に乗る。
「余所者君も、早く!」
私も続いて窓から木の枝にジャンプしようと……下を見てゾッとする。
「で、出来るわけないじゃないですか!!」
身体能力に差がありすぎる上、ここは一階じゃない。
――も、もし落ちたら……!
窓の下を見下ろし、足が震える。
「何やってるんだよ、早く!!」
エースが苛立ったように私に手をのばす。なおも私がためらっていると、
「おい、どうした!?」
――し、しまった!
廊下に倒れた使用人二人が発見されたらしい。ちなみに独房の扉は全開。
今さら扉を閉めに行く時間はないし、もちろん閉めたところで内から鍵は
かけられない。
「余所者君!!早くっ!!」
さすがに焦ったのか、エースの額にも少し汗が浮いている。
必死にこちらに手をのばす。
「俺の手に捕まって!!」
――だ、だけど、木の枝に飛び移るなんて……。
失敗して下に落ちて足でも折ったら完全にゲームオーバー。
まごまごしているうちに、ついに独房の中に人が入ってくる。
「おい!!余所者が逃げようとしているぞ!!」
「絶対に逃がすな!!捕らえろ!!」
のんびり口調もどこかに置いた使用人たちが、激怒の様相で走ってくる。

「ナノっ!!跳べっ!!」

「――っ!!」

もう迷っている時間は無かった。
使用人の一人が私の身体をつかむ寸前、私は窓枠から木に跳んだ。
「っ!!」
やはり基礎能力が足りず、木の枝に足が届かない!!
「ナノっ!!」
ヒヤリとした一瞬後、エースの手が、私の手をつかんだ。
「わっ!!」
しかしエースも子供。落下しつつある私の体重を支えきれず、一緒に木から
落ちてしまった。
――いたっ!痛い!いったあ!!
木の枝が容赦なく私たちの身体を打ちすえる。
けどそれらは落下の速度を、少しずつ吸収してもくれた。
「――っ!!」
ドンッと背中に衝撃を受けたとき、そこは地面だった。
――す、すごい、生きてる。
上を見上げ、ゾッとする。
でもエースが手をつかんでくれなかったら、本当に危なかった。
そして上から、
「余所者が地面に下りたぞ〜!」
「下に人員を回せ!逃がしたらボスが〜!」
早くも上から撃ってくる。
「エース!大丈夫ですか!?」
私は立ち上りながら走りだす。
音がして、一瞬前まで私がいたところを、銃弾が貫いた。
「うん!逃げるぜ!!」
エースも私の手をつかみ、走り出す。二人とも打ち身とすり傷だらけ
だけど、幸い足をくじいてはいないようだった。
――だけど、どこまで行けるか……。
帽子屋屋敷は広い。本邸から門までの距離は非情なほどに長く、その間に
建物だっていくつか点在する。そして、運が悪ければ門には門番が……。
「あそこだ〜!」
「捕まえろ〜!」
「うわ!伝令早すぎですよ!」
何歩も走ってないのに、後ろの大扉が開き、武器を構えた使用人、
メイドたちが走って出てきた。銃弾が耳元をかすめ、私たちは必死に走る。
「ナノ!!早く早く!!」
さすがこの世界の人だけあって、エースは速い。
私も息を切らしながら一生懸命走った。

「――っ!!」

そして、肩に鋭い熱が走った。

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