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■エースとの再会

独房から浴室、浴室から独房に送るまで、ついに使用人は無言だった。
「……どうも」
独房の扉を開けられ、背中を押され、渋々中に入った。
するとすぐにバンッと扉が閉まり、鍵がかけられる音がした。
私は陰鬱な思いで、鉄格子の向こうの青い空を見た。
テーブルの上は紅茶の本と紅茶の器具がどっさり。
一人のときは手をつける気になれず、私はベッドに腰かけ、座ったまま
後ろに倒れた。
真新しいシーツはお日様の匂いがする。
私は目を閉じ、紅茶のことは考えないようにした。
紅茶を淹れた。否定され、抱かれた。
ボスが去った後、見張り付きで浴室に連れて行かれた。
そして独房に戻され、交換したシーツとご対面。


あれから少しの時間帯が過ぎた。
扉の向こうから漏れ聞く会話に『測量会』という単語が頻繁に混じる
ようになった。でも私には何も伝えられない。
誰とも会話せず、狭い部屋しか歩ける場所もなく。
夜になるとボスが来て、紅茶を淹れさせる。
でも私がどんな紅茶を淹れても、必ず何かしら難癖をつけては抱く。
何をしても無駄。自分なりに工夫し、手を尽くしても同じ事。
だから、前にも増してやる気がなくなっていた。
そうすると、その姿勢をなじられ、余計に辛く抱かれる。
最近は食欲もすっかり落ちた。
一人のときは、何もせず無気力に壁を眺めている。


多分、問題は私の技術ではなく、向こうの感情なんだろう。
ブスッとした顔で嫌そうに淹れられては、誰だって美味しく感じられない。
――かといって、今さら愛想笑いで作っても逆効果な気がしますし……。
どうにかして情熱が戻ればいいんだろうけど、こんなとこに押し込められ、
最低の扱いを受けて、どう情熱を取り戻せと。
「はあ……」
皆で笑い合って紅茶を作っていたのが、夢のことのようだ。
でも、例え今独房から解放され、茶畑に戻っても、前のようには出来ない。
――これから、どうすれば。
そのうち飽きられ撃たれるか、怒らせ撃たれるか……。
DEAD ENDしか浮かばない。
起き上がるのも億劫で、私は冷たい天井を眺めた。
暗い気持ちで、次の夜の時間帯が少しでも遅くなるといいと願った。

…………

奇妙な夢を見た。夢と自覚している夢だ。
夢の中で、私は汽車に乗っていた。
誰もいない、無人の列車。
いや、誰かがいた。
列車の車掌だ。いつの間にか私の前に立っている。
彼は私に爽やかに微笑みかけ、口を開く。
「君は、どこへ――」
「うるせえぇーっ!!」
最近、鬱憤がたまっていたのと、なんか車掌の存在自体がムカついたので、
顔面にこぶしを叩きつけた。
……夢だから別にいいですよね。ね?
「ぐはっ……!」
相手がもんどり打って壁に叩きつけられる。
あー、スッキリした。
一度こんな調子でブラッドをぶん殴れたらなあ。
私は列車の席に座り、動かない車掌を見ながら、ぼんやり物思いにふけった。

…………

「……――君、起きてよ……!」
誰かの声を聞いた気がして、目が覚めた。
独房の中には昼の日差しが差し込んでいる。
「……久しぶりに爽快な目覚めです」
どんな夢を見たんだっけか。
積年の恨みの一端をはらせたような、この清々しい気持ちはいったい……。
だけどたまったモノをどこかで吐き出したせいか、ちょっと気分が明るく
なっていた。久しぶりに何か出来そうな気がした。
……紅茶は淹れたくないけど。
とか思っていると、私にまた声がかけられた。

「……余所者君!」

「――っ!!」
声の方向を見、私はガバッとベッドから起き上がった。

窓の外の木。その枝につかまり、こちらを見ているのは間違いなくエースだった!
目が合うと、破顔し、
「良かった!絶対にどこかに囚われてると――」
「シーッ!シーッ!」
私は慌てて口元に手を当て『静かにして』と合図した。
独房の外にも見張りはいるのだから。
彼らは抗争のプロ。独房の中の空気が変わったことに、今にも気づく
かもしれない。
エースにもすぐに伝わったのか、少し緊張した顔になった。
私は扉の気配に神経をとがらせながら、ヒソヒソ声で言った。
「エース……どうしてここに……!」
「君を探しに来たんだ。俺のせいで捕まったみたいなものだし……」
そこで私はハッと思い出した。
墓守領。最近は考えることもなくなっていた。
「ジェリコさんは……?墓守領は私のことを見捨てたんじゃ?」
するとエースはムッとしたように、
「そんなワケないだろう?ジェリコはずっと交渉し続けたさ。
でも帽子屋さんが、何かと理由をつけて君の引き渡しを引き延ばすんだ」
「…………」
「挙げ句、墓守領と帽子屋領の間の大規模な抗争で、交渉自体が止まった。
余所者だから、帽子屋の気を引いたのかもしれないって、ユリウスは半分
諦めてた。けど、俺は諦められなかった。だから一人で探しに来たんだ」
「何て危険なことを……」
時計屋さんが聞いたら卒倒するに違いない。
ジェリコさんが私を見捨てなかったことは嬉しかったけど、今度はエースが
問題だ。子供の彼は、私を見つけて、ちょっと興奮してるらしい。
「余所者君。俺が剣で鉄格子を斬るから、すぐ二人で逃げよう!」
「ちょっとちょっと、待って下さい……!」
子供が剣で、鉄格子を斬るという時点でツッコミどころ発生だけど、
それどころじゃない。
帽子屋ファミリーの領地のど真ん中。
しかも真っ昼間に二人で逃げるなんて、どれだけ危ない行為か。
……しかも、この独房のある場所は一階じゃあないし。
「邪魔する奴は俺が叩き斬るから!」
「そういう問題じゃないんですよ!」
叫んでしまい、慌てて口に手を当てた。
でも手遅れだ。
扉の外の気配が動いた。
多分鍵を開け、確認のため中に入ってくるだろう。
この先は会話も危険だ。
「エース、気持ちは嬉しいけど帰って!ジェリコさんに伝えてくれる
だけで十分ですから……!」
最小限の声で説得する。
「えー、嫌だよ。せっかく君を見つけたのに」
エースに引く気配はない。
「お願いします……本当に今、危ないんです」
祈るように懇願すると、少しは伝わったのかエースは首をかしげる。
「でも、俺、外に出られるかなあ……」
そこでハタと思い出す。
エースは極度の方向音痴だった。
一度引き、領地の外に出る。またはどこかに隠れ、時間帯を置いてまた
私の前に現れる。
彼にとっては迷宮の出口を探すような難作業に違いない。
――どうすれば……!

「どうしましたか〜?」
静かな使用人の声。
そして鍵がガチャリと開き、ギィッと扉が開いた。

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