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■言いがかり

※R12

「…………」
テーブルを前に、目を閉じる。
精神集中。余計な雑念を振り払い、心を研ぎ澄ませる。
私は紅茶職人ナノ。
一流を目指している。生きるため。
そして一流を目指すのなら感情には惑わされない。
どんなときも涼しい顔で、最高の紅茶を淹れてみせる。
私は目を開け、紅茶缶に手を伸ばす。
紅茶のことだけを考え、他は考えない。

――美味しい紅茶を淹れたい。

そこに至る手順だけを思い、ティーポットに湯を注いだ。

…………

ブラッドが来たとき、私は月を見、ぼんやりと椅子に座っていた。
手元にはノートが開かれている。ブラッドから返された紅茶のノートだ。
でも今は、何か書かれるでも読まれるでもなく放置されている。
「いらっしゃいませ」
私は声をかけられるより先にノートを閉じ、立ち上がる。
そして紅茶を淹れる準備を始めた。
頭の中の手順に従い、なるべく無駄な動作はしないよう、機械的に動き出す。
「…………」
ブラッドは私に声をかけない。どこか冷ややかさを含んだまなざしのまま
ベッドに腰かけ、足を組むのが分かった。
私も淡々と紅茶の手順を実行し、ポットの中の茶葉の対流を見守った。」
――ここ……かな?
砂時計の砂が落ちきった。以前のような『勘』ではなくデータから算出した
時間で判断する。私は事前に決めた高さと角度から紅茶を注いだ。
――…………。
湯温、色、香り、今のところ問題は見られない。
「どうぞ」
ブラッドに無表情に紅茶を差し出す。
彼は無言でそれを受け取ると、まず顔を近づけ、目を閉じ、香りを
確かめた。そしてカップに口をつけ、ゆっくりとあおる。
私は静かにそれを見守った。
間違いなく合格点を取れる味だ。断言出来る。
そうすればブラッドは私を罰する理由がなく、何もせず出て行ってくれる。
そのはずだ。

…………

…………

後ろから抱き寄せられ、背中に口づけられ、ふと目を覚ます。
まだ身動きしないでいると、さらに強く抱き寄せられた。
うなじへの口づけ、肌をたどる優しい指、そして抱擁。
ふれあう肌から、彼の時計の音が聞こえる。
その音に眠気を誘われ、また眠ってしまいそうだった。
でも私はそうする代わりに、静かに口を開いた。
「今回の紅茶は、何がご不満だったんですか?」
冷たく聞いてみる。すると舌打ちする音が聞こえた。
「起きていたのか」
寝てると思ってたんだ。
「紅茶の味は悪くなかったでしょう?」
「自信家になったものだな」
「以前の手順に正確に作ったのですが」

私のやる気は、結局戻らなかった。
だから私は正確な手順で紅茶を淹れることにした。
気持ちをどれだけこめようとも、『不味い』と言われれば全てが否定
されるのが味の世界。
でも逆に言えば、どれだけやる気がなくとも『美味しい』と言わせれば勝利。
マニュアル通りに作れば、子供だって最高の紅茶が淹れられるはずだ。
というわけで、ブラッドに頼み込んで紅茶ノートを一時的に返してもらい、
そこに以前、私が記した、紅茶を淹れる手順をバッチリ再現した。
しかし、ブラッドは……。

「味が保守的だった。以前のような、紅茶への愛情や、新しい味を開拓
しようという意気込みが紅茶から感じられない」

「…………は?」

絶句。ブラッドの返答に絶句した。
それらしいことを言っているようで、内容は無茶苦茶だ。
「こ、紅茶への愛情とか意気込みとか、そんなものがどう分かるんですか!」
「とにかく、私にはあの紅茶は不味く感じられた。だから君を罰したまでだ」
私を抱き寄せ、耳元で言う。
「じゃあ、どうすれば美味しいと言っていただけるんですか!」
研究に研究を重ねた私のデータ、そして最高のブレンドだったはず。
それを『愛情』という恐ろしく主観的なもので否定されては八方塞がりだ。
「ブラッド。あの紅茶ノートを差し上げますよ。あれを使えば誰だって――」
肩をつかまれたかと思うと、押しつけるようにベッドに仰向けにさせられた。
「い、痛い……ブラッド……痛いです!」
ギリギリと肩をしめつけられ、悲鳴を上げた。
いったい何が刺激したのか。
「ここに入ったばかりの頃の君は、ノートを取り上げられそうになったとき
悲鳴を上げて抵抗しただろう。あのときの君は、どこへ行った!」
「紅茶は……ちゃんと入れたでしょう……?どうして……!」
もう言いがかりの材料を探されているとしか思えない。
「君にはまた罰を与えた方が良いようだ。いい加減な思考で紅茶を淹れる
ことは、無気力になられるよりタチが悪い」
そうして私の肩に犬歯を立てた。
「そんな……」
痛みにうめきながら言う。
「あ、あなたの要求は無茶苦茶です!
いったい、あなたは私に何を求めて……」
身をよじって抵抗するけれど、全く相手にされない。
「さあな」
そしてブラッドが私の胸を乱暴につかむ。
「ん……っ……!」
痛み声が出てしまう。けどブラッドはやっと笑った。
「君は乱暴にされる方がお好みだったな。先ほどは優しくしてやったが
……躾はしっかり行わなくてはいけないからな」
「…………っ」
苦痛の予感に身体が一気に冷えた。
「嫌……嫌です……!私は、今、気分じゃ……!」
「飼い主の命令には従え。君に拒否権はない」
抵抗する私の四肢をアッサリ押さえつけ、ブラッドが笑う。
なおももがく。より強い力に封じられる。嘲笑。
「ブラッド……っ……!」
皮膚に歯を立てられ、痛めつけるように全身に指を這わせられ、涙がにじむ。
こちらの快感を全く考慮していない。
愛撫とも言えない粗野な愛撫。これでは完全に犯罪だ。
いや……違う。でも私の身体は……少しずつ……。
「ん……ぅ……っ……」
「やはり……強引にされる方がお好みか」
濡れだした箇所に指を沈め、マフィアのボスがあざ笑う。
「……ぅ……」
悔しさか悲しさか快感か分からない何かで、涙がこぼれた。
「ひどくされて悦ぶように躾けられたのなら、君の前の飼い主は、
ろくな奴ではなかったのだろう。哀れなことだ」
またワケの分からないことを言い出す。
それでも私の中の雌は、乱暴な愛撫さえ歓迎する。
気がつくと私は泣きながら、声を上げていた。
「や……やだ……あ……」
抵抗するけれど、足を抱えられ、十分に反応した××を押しつけられる。
「そんな男のどこが……私なら……私なら、もっと……!」
その後は聞こえない。
そして貫かれ、私は快感と悲しさで泣いた。


…………

エースと再会したのは、それからしばらく経ってからのことだった。

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