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■罰

※R18

鉄格子の向こうに、冷たい月が見える。
――何か、表現にオリジナリティがないような。
もっとクールでセンシティヴでクリエイティヴでウィットに富んだ表現は
ないものか。何かいい表現は……いい表現……。
「……っ!!」
背後から髪を引っ張られ、我に返った。
「情事の際に気を散らすようでは、良い女とは言えないな」
「………別にそう思われたくは……ぁっ…」
奥を緩やかに穿たれ、嫌でも声が漏れる。
もう一度気を散らそうと真っさらなシーツをつかんだけど、今度はダメだった。
「ナノ……」
私をうつぶせにさせ支配するボスは、背中に口づける。そして、
「……っ」
かすかな痛み。また一つ、傷跡を残されたらしい。
でも、その箇所がやけに熱くて――ハートに痛みを感じる。
自分が誰かに大変な裏切りをはたらいているような、そんな錯覚に襲われたから。
いや……そんなはずない。誰も裏切ってなんかいない。
望まれない結ばれ方だから、心が痛いだけだ。
「そうだ。もっと苦しむといい……」
「……や……あっ、や……」
腰を上げさせられ、熱く硬い楔を、勢いよく打ち込まれる。
強い快楽に、また愛液があふれてくる。
「ブラッド……や……止め……」
もがくけれど、後ろから支配されていては、抵抗にさえならない。
「ここまで濡らしておいて?敷布に零れてしまいそうだな」
「……ぁっ……」
手を回し、愛液で潤った前を悪戯され、ビクッと背が反り返る。
ブラッドは指で焦らすように弄りながら、肩を上下させる私に、
「もっと触れてほしいか?なら可愛くおねだりしてみるといい」
「誰……が……」
「身体はすでに、意思を裏切っているようだがな」
「ん……ぁ……」
その通りだ。腰は勝手に動き、貪欲に新しい快楽を深めようと、指に秘所を
押しつけるようにしている。その間も緩慢に穿ちながらブラッドは、
「どうしてほしい?」
耳元に、楽しそうに低く囁く。
――もう……我慢……出来ない……。
私は達しそうな身体を必死に抑え、
「あなたが……あなたが……」
『欲しい』と言いかけ、言葉を止める。
――違う。
身も心も流されそうになるとき、何かが私の理性に冷や水を浴びせる。
確信を持って私に告げる。

この人は違う。

「……君は、気を散らすのがお得意なようだ」
少し興が冷めた、という感じのブラッドの声。
「あ……」
触れて欲しい場所から手が離れ、思わずねだるような声が出る。
「快楽が欲しければ自分で慰めるといい。私も早く終わらせよう」
さっきまでの楽しそうな様子と打って変わって冷たい声。
ブラッドは私の腰を抱え……深く貫いた。
「あ……やあ……っ……!」
視界が揺れる。自分を慰めるどころか息を休める余裕もないほどに、
私の中を熱いものが何度も何度も支配する。
「あ、あ、ああ……や……やあ……っ」
「ナノ……この……××……」
女性への罵りの言葉を吐かれる。でもその声も、少し乱れていた。
「一途な女を、演じながら、身体は開く……そういった、君の狡猾さには、
本当に、苛立たせ、られる……」
『一途』?『狡猾』?誰が?どこが?
抗弁したかったけど、おかしくなりそうな気持ちよさに、何もかもが
どうでも良くなってくる。私を押しとどめていたものが崩れ、流れていく。
「ブラッド……ダメ、止めて……!」
シーツをつかみ、汗を流しながら叫ぶ。ブラッドは容赦なく私を責めながら、
「君という女は……!……」
その後は聞けなかった。
もうまともに声が聞こえないくらい、私は行為に溺れていた。

気持ちいい。もっと、もっと欲しい。私は泣いていた。
「や……あ、ああ、ああ……っ」
「ナノ……っ!……」
叫び、抱きしめられる。胸を強く愛撫され、欲しくてたまらない場所を荒く
まさぐられ、汗と体液がシーツに吸い取られていく。
もう何もかもが限界だった。
「やだ……こわれ、ちゃう……ダメ……」
「ああ、壊れろ!壊れ、狂って、私、だけを……!」
そんな声が聞こえた気がした。
そしてさっきの比では無い強さで何度も征服される。
「ああ……っ……」
口から漏れる声も、もう人では無く雌の獣だ。そして、
「……ナノ……っ」
「あ……――――っ……!!」
内に放たれると同時に、私も叫び、白く絶頂に達した。


シーツにつけた頬が熱い。
心臓の鼓動はまだ落ち着かず、私も快楽の余韻でかすかに震えていた。
「…………」
「ナノ」
こちらを向け、と言われた気がして緩慢に首を動かすと、ブラッドの顔が
目の前にある。目を閉じると、舌が涙をすくい、そして唇が重ねられた。
ふれあう舌から涙の味がする。
「ん……」
そのまま私たちは、互いに互いを抱き寄せる。
「これでは君が私の愛人のようだな」
私の裸の背を抱き、ブラッドが笑う。
「…………」
そう、この情事は紅茶失敗の罰。
他の人に罰を与えさせると言っていた気がしたけど、結局ブラッドが来た。
でも私も気持ちよくなっている時点で、目的を達しているかどうか。
「ブラッド、もう外に出して下さい……閉じ込めている意味、ないでしょう?」
「君が従順になり、帽子屋領に永久に滞在すると誓約するのならな」
冷たく言い、ブラッドは起き上がった。
軽く身体をぬぐうと衣服を整える。
そして後始末もままならず、ベッドに横たわる私に、
「誰でもいいのなら、次はエリオットにするか?門番たちも喜ぶだろう」
「…………」
私を怖がらせるようなことを言い、フッと笑う。そして扉を出た。

私は熱も冷めた身体でベッドに横たわる。
弄ばれた身体は衣服よりも休息を求めていた。
そのうち知り合いでも何でも無いメイドさんが来て、服を整え、私を
浴室に案内してくれるだろう。
会話は許されていないのか、どう話しかけても無視されるけど。
浴室に行っている間に、シーツも新しいものに変えられているはずだ。
――でも、下着くらいは……。
私はのろのろと、ベッドの下に脱ぎ捨てられた服を探った。
「……?」
コロンと、そこから何かがこぼれた。
砂時計だ。月明かりにかすかに光っている。
底の『J.M』の刻印が読めた。
「…………」
情事のときほどではないけど、またハートが痛んだ。

――私は、何を忘れているんでしょう……。

答えは見えない。

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