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■刻まれた切り札・下

入ってきた使用人は、目も合わせず、テーブルに何かを置く。
それを見て、私は眉をひそめた。
「紅茶禁止ではなかったんですか?」
そう、置かれたのはティーセット一式だった。
「君があれほど欲しがっていた物だろう。
もう少し喜んでくれると思っていたが」
使用人の代わりに応えたのはブラッドだった。
彼が独房に入り、使用人に合図すると、使用人は一礼し退室した。
ブラッドは慣れた様子で後ろ手に鍵をかける。
私は無意識に、両手で身体を抱えた。そんな私を見下ろし、
「そう警戒するな、お嬢さん。むしろ私の方がくみしやすい相手だと
思わないか?美味い紅茶さえ淹れられたら、特に君に求めることはない」
「…………」
まただ。ブラッドはこの前から、自分と『誰か』を比べるようなことを言う。
その相手は私の知り合いらしい。でも私は記憶喪失で思い出せない。
なぜブラッドがそれを知っているのか……まあ不思議の国の人だし、
何か変な力で、その誰かを知っているのかも。
だけど思い出せない。それが気持ち悪い。
なのに面と向かって聞き出せない。思い出してはいけない気もするからだ。
ブラッドがそれを見透かした上で、ワザと話を振ってくるような気も。
「さて。強情な君に代わり、君の紅茶に答えを聞こうか」
ブラッドは椅子を引き、腰かける。そして私に目で促した。
『淹れろ』
――……余計なことを考えるな、ナノ。
自分に言い聞かせ、立ち上がる。
あれだけされ、さすがに紅茶を淹れないという選択肢は無い。
――従うわけじゃ、ないです。
何も持たずダイヤの国に来た自分。
武器と言えるものは、もう紅茶の腕前しかない。
『紅茶が淹れられません』で譲歩を引き出せないのなら、逆に美味しい
紅茶を淹れて待遇改善を求めれば良い。
私はエプロン代わりに服をはらい、ティーポットに……。
――あれ……?
久しぶりに淹れるせいだろうか。一瞬、手順が頭に浮かばなかった。
ええと、さすがに独房にガスやアルコールランプはないので、お湯として
ポットが置いてある。そうだ。このお湯でまずティーポットを温めて……。
あれ?温めたお湯ってポットに戻してたっけ?
あれあれ?その前にお湯の量を確かめないと……ええと、ええと……。
私は焦りながら、もたもたと手を動かした。
そんな私を、ブラッドはむしろ楽しそうに見ている。
――お、落ち着け、落ち着くんですよ、私。
最初にこの国に来たとき、抗争のど真ん中で紅茶を淹れてたはず。
あのときの平常心を……ええと、いつも私、このくらいの量の茶葉を
使ってたっけ?
ああもう、歩き方を忘れたみたいに、手順が頭から抜けている!
――落ち着け、落ち着け……。
額から汗が出る。
それでも何とか茶葉をティーポットに入れ、ティーポットにお湯を注ぎ、
蒸らし時間に入る。
と言っても、この世界は時間を計る道具がない。だから私は、透明な
ティーポットのジャンピング運動を見ながら、タイミングを計る。
――え……あれ……?
けど、いくら待ってもジャンピング――茶葉の対流が始まらない。
茶葉は浮いたままだ。
――しまった……!湯温が低すぎたんだ!
モタモタしすぎたせいで、蒸らすのに最適な温度を下回ってしまった。
こうなっては茶葉の成分がお湯の中に上手く抽出されない。
もちろん、これはこれで飲めないことはないけど、紅茶職人としては
完全に失敗作だ。かといって、ポットにもうお湯は残ってない。
ティーポットを温めるため、無駄に使ったからだ。
普段の私なら、ちゃんとお湯の量を見てから手順を考えるのに。
もう判断が狂っていたとしか思えない。
「あ、あの、ブラッド……」
「さて、どんな紅茶が出来たのやら」
失敗だと知っているだろうに、ブラッドは笑みを浮かべていた。

…………

ベッドに押し倒され、もがきながら必死で言う。
「意味がないです、こんな嫌がらせしたって……!」
言葉は苦痛で止められた。
ブラッドが私の利き手を強くつかんだからだ。
「や、止めて……痛い……!」
手首を折る気かという力で握るブラッドは、冷ややかな顔だ。
「嫌だと思うのなら修練を積め。次にあんな不味い紅茶を主人に飲ませたら、
本当にエリオットをこの独房に呼び、奴の好きにさせる。
だが今は――」
「そんな……止めてください……!」
目を見開き、首を振る。
でもブラッドは構わずに、こちらの胸元のボタンを外し始めた。
「やだ……嫌……っ……」
腕で身体を隠そうしたけれど、手首をさらに強く握られ、痛みが増した
だけだった。ブラッドは片手で、私の上着をたくし上げる。
「止めて下さい、見ないで……」
ブラッドは晒された胸に手を這わせながら、あざ笑う。
「演技が上手いな、ナノ。今まで何人の男と寝た?」
「…………!」
「余所者は好かれるものだ。
色んな役持ちに、その身体を可愛がってもらったのだろう?」
「そんなこと、言わないで……!」
そういう女と見られていたと知って、なぜか悲しくなる。
「さて、失敗のおしおきだ」
ブラッドの手が私の手首から離れる。
けど今度は下半身に手が及ぼうとしていた。
「……やだ……っ!」
「主に抵抗するな」
底冷えするような冷たい声。気圧され、抵抗が止まる。
あなたは主でも飼い主でも何でもない。
そのような倒錯した関係になった覚えはない。
そんな反論さえはばかられるほどに。
笑い合ったこともある、呆れられたことも、軽口を交わしたこともある。
けど、墓守領と敵対するマフィアのボスなのだと、今さら思い出した。
「やれやれ。紅茶班は君を欠いた途端に、レベルが落ち、紅茶は未完成だ。
肝心の君は屋敷に留まりもせず、不味い紅茶を淹れるようになった。
私も裁量が未熟だな。しつけも、ままならない」
そして私の下着に手をかける。私は必死に両足を閉じ、
「や、止めて……」
かすれるような声で最後の懇願をした。けど、
「嫌なら、次は以前のような紅茶を淹れなさい。
二度の失敗、反抗は許さない。
これは君の心臓にそう刻みつけるための、罰だ」
そう言って、下着を引き裂いた。

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