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■虜囚・下

※R15

私はナノ。記憶喪失の余所者。
ダイヤの国に来る以前のことはサッパリ覚えていない。
この国に来てそこそこ経つけど、思い出したのは飲み物の淹れ方くらい。
あとは全く分からない、
そして最近、ワケの分からないことが増えた。


鉄格子の向こうには、氷のように冷たい月が浮かんでいる。
「ん……ぁ……」
私は、明かりのない独房に立たされている。
そして、キスをされていた。絡みつくような深いキスだ。
「ん……ぅ……」
でももう拒んではいない。
むしろ自分から舌を出し、唾液を絡め、相手の首に手を回して抱きしめている。
まるで恋人にするように。
――どうして……。
知り合って、まだ時間の浅い人だ。
楽しく会話を交わした記憶もある、紅茶について議論を交わしたことも。
でも、良くて友達程度。恋愛相手として意識するには早すぎる。
彼に対して思うところは特にない。
なのに……。

「……ゃ……」
甘えているのか、嫌がっているのか、自分でも分からない声が出る。
――どうして……。
ワケが分からない。なぜ?どうして?
彼に抱きしめられると、触れられると気持ちがいい。
「どうした?あれほど私を嫌がっていた君が」
ブラッドがあざ笑う声が聞こえた。
「ん……っ……」
首筋に小さな痛み。多分、軽く『印』をつけられた。
でも今は、それすら自分を興奮させる刺激にしかならない。
――どう、して……。
自分がこんな刺激に、あまりにも飢えていたと気づかされる。
意識もしていない相手に感じるなんて。これじゃあ、自分は××××じゃないか。
「……ぁ……んあっ……」
すがりつき、キスをねだる。
服の前は完全にはだけられ、胸の肌着はとっくに取り去られていた。
外気に晒され、何度も指や舌で愛撫された胸は、さらなる刺激を待ち望む
ように反応している。そして……。
「……あっ……ん……!」
下を刺激され、身体が快感に震える。
そう、私の下半身は、下の服を下ろされ、下着の上から……触れられている。
「や……ぁ……っ……」
大事な一点を弄られる感覚と共に、濡れた下着を手袋の指で擦られ、思わず、
ブラッドの腕にしがみついた。
キスが一旦終わり、糸を引いて離れる。
私は顔を上気させ、目を潤ませ、荒い息を吐いた。
ブラッドは布越しに、愛液のあふれる場所を容赦なくかき回す。
私はそのたびに甘い声を上げ、ブラッドにより強くすがりついた。
「少し反応しすぎだろう、ナノ。私を拒んでおきながら、強引にされる方が
好きだったか?紳士的に接して、悪いことをした」
ブラッドは人の悪い冗談を言う。その声は全く乱れていない。
まるで自分の反応を、冷静に観察されている気がした。
でも私が何か言う前に、手袋をしたままの指が、布の上から谷間深くもぐりこむ。
「……ぁ……やっ……」
より深い刺激が欲しくて、腰をみっともなく自分から動かす。
「いやらしい子だ」
ブラッドが苦笑する声が聞こえる。
「あ、ああ……ぁ……」
「もう、隠す意味もないな」
「ぁ……っ……!」
ぐっしょり濡れた下着の中に、ブラッドの手が入る。
「ダメ……あ……っ……」
「『ダメ』?何が?こんなに濡らしておいて?」
「そんな……や……ああ……っ!」
下着を少し下ろされ、中を乱暴にかき回され、抑えきれない声が出る。
そしてブラッドの舌も、ついばむように胸を刺激し、欲望は昂ぶるばかりだった。
「やあ……ああ……もっと……っ……」
「嫌なのか、進めてほしいのか?ハッキリさせてほしいものだ」
胸を愛撫しながらの嘲笑。
そして、ヒクつき、雄を待つ場所に深く指を入れられる。
「あ……ああ……っ!」
抑えきれない快感に、弓なりになり、叫ぶ。
背中を支えられていなかったら、後ろに倒れていただろう。
もうそれくらい、理性が失せていた。
愛液が腿をつたい、服を汚していく。
――いや……もう、我慢でき、ない……。
「ナノ。どうしてほしい?」
耳元でささやかれ、
「お、お願い、です……て、手袋、外して……」
直接触れて欲しい。もっと乱暴に、ひどくしてほしい。
潤んだ目で懇願するけれど、

「断る。私の手が汚れるからな」

冷たく拒否された。
「ご、ごめんなさい……」
高まっていた熱がほんの少し収まり、私はすこし怖くなってブラッドを
見上げた。失礼なことを言って怒らせただろうか。
半裸の身体であられもなく抱きつき、服を汚していないだろうか。
「悪い子には、おしおきが必要だな」
「っ!!」
ふいに身体を引き離されたかと思うと、ドンッと突き飛ばされた。
腰砕けになりかけていた身体は、バランスを立て直す暇も無く、ベッドに
背中から倒れる。でもショックでは無かった。まだ雌の本能が理性を侵していた。
「ブラッドぉ……」
私はねだるように手を伸ばす。
けれど返ってきたのは冷やかな視線だった。
彼は汚れた手袋を処分し、新しいものにつけ替えながら、
「続きは自分でしなさい」
「……え?」
「私の前で。よく見えるように」
「…………」
一瞬だけ、怒りと失望と羞恥と、さまざまな感情が交錯した。
でもほんの一瞬だけ。
「は、はい……」
私は欲望の命じるまま、ゆっくりと、濡れた下着に手をかけた。
ブラッドの視線にさえ、快感を抱きながら。

…………

「はあ、はあ……」
ベッドの上で身体を折り、絶頂の余韻に身を震わせる。
私の片手は胸、もう片手は、何もつけていない下半身に伸びている。
本能のままに、でもブラッドの命令通り、彼に『よく見えるように』最後まで
やった。そういう職業の女性になった気分だった。
それどころか、ブラッドが誘惑されて、襲ってくれないかという期待まであった。
けどマフィアのボスは腕組みし、最後まで冷静に私の行為を見ていた。
私だけが、欲望の道化だった。
そしてベッドの上であえぐ私に無表情に、
「無様なものだ。よほどご無沙汰だったようだな」
「……はい……」
「君は見かけによらず、ずいぶんと××××のようだ」
「すみません……」
侮辱的な言葉を吐かれたのに、なぜか謝る。
ブラッドはフッと笑い、壁に立てかけたステッキを取る。
「だが、『どういう関係』だったのか、多少は分かった」
「…………?」
ブラッドの言葉の意味が分からず、横になったまま彼の背中を見上げる。
「もう少し利口に頭を働かせることだ。それから抗うか従順になるか決めなさい」
大人しく従えば、これ以上の嫌がらせはされないのだろうか。
でも説明は無く、ブラッドは独房の扉を開ける。そして去り際に、
「逆らう者は、二度と立ち上がれなくなるまで叩きのめす」
……それはそうなのだろう。成長途上の、帽子屋ファミリーのボスならば
「そして対等の関係より支配を好むのなら、そうしよう。私もその方が楽だ」
ブラッドは一度も振り返らず、扉を閉め、出て行った。

私は冷たい服のまま、ベッドの中で震える。
――墓守領に、帰らないと。
……帰る?わずかな間、滞在していたけど、紅茶作りで引きこもりがちだったし、
深く愛着のある場所でも無い。いや、これだけ長いこと放置され、内心、見捨て
られたのではと疑ってしまっているんだろう。まだ、その程度の信頼関係なのだ。

――なら私は、どこへ帰ればいいんでしょうか……。

ダイヤの国の余所者。
帰る場所は、どこにもない。

5/5

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