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■虜囚・上

苦しい。身動きが出来ない。
「やめ……ん……――!!」
抗議を全て口にする前に、唇をふさがれた。
私はまだあの狭い部屋から出られていない。
そして、抱きしめられている。キスを強要されている。
「ん……んん……っ!」
月の光が遠い。
私は拒否の意思表示に首を振る。でも逆に頭に手をそえられ、動かないよう抑え
つけられただけだった。なら、と胸に手を突っぱね、どうにか振りほどこうとした。
でも暴れるだけ強く抱きしめられ、より深く唇を押しつけられる。
こんな真似をする物好きは、帽子屋屋敷でもボスしかいない。
そう、私が部屋でゴロゴロしていたら、久しぶりにボスが訪れた。
そして、人払いをし、部屋に入るなり私にキスをしてきたのだ。

「……んん……っ!」
足で蹴ってやろうとした。でも予想していたかのように、逆に足を挟むように
押さえつけられる……具体的に言えば、相手の足がこちらの足に割って入り、
「……っ!!」
逆に足をすくわれ、バランスを崩して後ろに、ベッドに倒れ込む。
落下する感覚に、条件反射でボスにすがる。そうすると優しく背中を支えられ、
ベッドにフワッと横たえられた。
かといって、感謝する気にもなれない。
――止めて……下さい!!
抱きしめられている状態から、押し倒されている状態に移行しただけだ。
私を拘束していた両手は、今度は私の両手を絡め、ベッドに押さえつける。
足の方も解放されず、それどころか……気のせいだろうか。足を使って私の下半身を
刺激してきているような……。
「!……んっ……」
体重をかけて押さえつけられ、手も足も動かず、何も出来ない。
密着する身体から熱が伝わり、ボスの時計の音さえ感じる。
キスも終わらない。息継ぎの暇もほとんど与えられず、何度も口の中を貪られる。
唾液も呑み込めず、あふれたものが口の端からこぼれた。
「――っ!!……!……!」
そして、私を拘束していた片方の手が離れる。
けど、今度は私の身体に触れる。私の形をなぞるように、背中、脇、腰へ……。
――止めて……!放してっ!!
私は自由になった方の手で、ボスの身体を必死に叩いた。
けれどボスは全く無視して……いや、より強く触れてくる。
「……っ……ぅ……」
苦しくて、悔しくて、目に涙がにじむ。
見られるのが嫌で、空いた方の手で急いで涙をぬぐう。
すると、私の反応を見ていたボスが、フッと目を細めるのが分かった。
まるで抵抗を楽しまれているみたいだ。
――どうして……こんなことを……。
そしてボスの手の動きは、より露骨なものになる。
くすぐるように腰のあたりをなぞっていたのが、その下へ……前へ移動する。
まるで愛撫のように、私の下半身に触れ――。

「いやっ!!」

全身がカッと熱くなり、今度こそ力が出た。
自由な方の手で拳を作り、無我夢中でボスを殴ると、さすがに驚いたのか、わずかに
私を拘束する力が緩む。
「止めて……下さいっ!!」
私はバッと、ボスの身体をはねのけ、横に転ぶように逃れ、ベッドから下りた。
そして走って扉へ――もちろん鍵がかかっている。
「開けて!誰か、開けて下さい!!」
……ボスが人払いをしたせいで、扉の向こうに人の気配は無い。
もちろん、押しても引いても、扉はビクともしない。
「来るわけが無いし、誰か来ても、開けるわけがない」
後ろから声がした。思ったより落ち着いている声だ。
「そう嫌がることはないだろう、お嬢さん。ただの冗談だ」
少しダルそうな声は、ベッドに座るボスだった。
――冗談……!?
彼は自分の乱れたタイを直し、私に手招きをする。
「ほら、来なさい、お嬢さん。服も髪も乱れている。整えてあげよう」
「誰の……せいですか!」
怒鳴りつける声が震えている。
「何なんですか!!いきなり部屋に入ってきて……あんな……」
「さてね。あえて言うなら、ああすれば君が喜び、屋敷に留まってくれるのではと、
浅知恵を働かせたまでだ」
「は?」
呆れた声が私の口から出る。部屋に入るなり痴×行為をされ、誰が喜ぶと。
ボスは膝に頬杖ついてフッと笑い、私を見る。
「ああされて、心地よくはなかったか?」
「……はあ?」
どれだけ自信家なんだ、この人。
「嬉しくはなかったか?」
「あ、ああ当たり前じゃないですかっ!!」
怒鳴りつけると、ボスは真顔で腕組みする。
「ふむ。嬉しくないのか。そうか。難しいものだな……」
天井を見、独り言のように呟く。何か別のことを考えている風でもあった。
――何て……自分勝手な!
そして私が内心で憤りをたぎらせていると、ボスがベッドから立ち上がる。
「――っ!」
身がすくむ。凍りついているうちに、一歩ずつボスがこちらに近づいてきた。
「や、止めて!来ないで下さい……!」
扉の前から逃げ、壁際に行く。でも狭い部屋で逃げ場なんてどこにもない。
「っ!」
ドンッと、ボスが私の両側の壁に、手をつく。
「ぼ、帽子屋、さん……」
上ずった声が出てしまう。
何で。どうして。ついこの前まで、紅茶以外の私に感心が無さそうだったのに。

「ナノ」

「――っ!」

顔が強ばるのが分かる。背筋を恐怖が這い上がり、どうすればいいか、分からなくなる。
「言ったはずだ。私のことは『ブラッド』と呼ぶように、と」
「…………ブラッド」
「いい子だ」
ブラッドは笑う。
そして壁からは手を放さず、私に顔を近づけ……また唇を重ねた。

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