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■独房にて・上

鉄格子の窓の向こうには、美しい月がかかっている。
そして鍵のかかった扉にしがみつき、私は涙ながらに懇願した。
「お願いです!どうかここを出して下さい!カフェインを!紅茶を一口でも……!」
「ナノさん、中毒症状が治まるまで我慢して下さいよ〜」
「今飲んだら、また急性症状が出て危ないですよ〜」
見張りをするのは、なじみのメイドさんお二人。
扉の外で、困り果てた感じのお声だった。

…………

これまでの経緯を説明します。帽子屋領に囚われた薄幸の余所者ナノ。
帽子屋ファミリーのボスに脅され、お茶会で紅茶を淹れる羽目になりました。
私の体調が悪いこともあり、出来上がりが心配されましたが帽子屋さんは、
『……見事だ』
リップサービスなのか、紅茶葉の出来が良かったのか、何とか成功したようです。
ですが、お茶会のため紅茶を飲みまくっていた私は、ついにカフェイン中毒で倒れて
しまいました。そしてお医者様の診断を受け、静養が決定。ただし紅茶は禁止……。

しかし、当初は普通に私の部屋に寝かせられました。
それがなぜ、鉄格子の部屋に行くことになったのかというと……。
『あのー、すみません。紅茶を飲みたいのですが……』
『え?ナノさん〜?なぜここに〜?安静だったんじゃ〜?』
『お世話になったけど〜、だからこそ体調が良くなるまでは駄目ですよ〜』
作業所で断られ、
『あのー、すみません……紅茶を飲みたいのですが……』
『厨房に来られたって差し上げられませんよ〜!通達が来てるんですから〜』
お台所で断られ、
『あのー……すみませ……紅茶を飲みたいの……ですが……』
『うわっ!ナノさんが来たぞ〜!紅茶を隠せ〜!!』
『駄目です〜、駄目ですよ!ボスの命令なんですから〜!』
あちこちで断られ、
『あの……紅茶……を……の……み…………』
『そんな幽鬼のような顔で、私に迫られても困るのだが』
ついにボスにまで断られ。

『しばらく、ここでゆっくり過ごしなさい』
狭い部屋に放り込まれ、ガチャンと、後ろで扉に鍵をかける音。
『誰かぁーっ!!出して下さいーっ!!』
すがりつき、ドンドンと扉を叩いても、誰一人答えてくれない。
こうして私は本当の意味で虜囚となりました。
帽子屋ファミリー!何て酷い人たちなんでしょう!私は何も悪くないのに!!

……えーと。私、悪くない、ですよね?

…………

窓の外は、相変わらず月夜。
私がここに閉じ込められてから、どれほど経つだろうか。
「あうう……」
でも私はベッドの中でうなっていた。
椅子やテーブルもあるし、帽子屋さんの計らいなのか推理小説まで置いてあった。
でもカフェインの禁断症状でダルい私は、何もする気になれない。
――気持ち悪い……頭が痛いです……。
気分が悪すぎて、眠るに眠れない。私がうんうんうなっていた、そのとき。
「あ、ボス〜」
見張りのメイドさんたちがそう言うのが聞こえた。
「彼女に話がある。おまえたちは少しどこかに行っていろ」
帽子屋さんの声がする。
「はい〜」
そして、音も無くメイドさんたちが立ち去る気配。
それから、部屋の鍵がガチャッと回り、扉が開かれた。

軽快な靴音が、ベッドの側まで来る。そしてボスの来訪に、顔も出さない私に、
「こんばんは、お嬢さん。ご機嫌は……悪いようだな」
「ご機嫌もですが、ご気分も悪いです」
お布団にくるまったまま、気だるく答えます。
すると、テーブルの椅子を引きずる音がし、
「やれやれ、君のためを思ってしていることなのに、困ったことだ」
ギシッと、私のすぐそばで、ボスが椅子に座った音がした。
大きな手が布団越しに私の頭を撫でる。
「困ってらっしゃるなら、墓守領に送り返して下さいよ」
「君はそればかりだな。その件については、何度も言っているだろう。交渉中だ」
本当に長い交渉だなあ。身代金でモメてる、とかなんでしょうか。
なおもふてくされて、布団にくるまっていると、耳にページをめくる音が届く。
「……?」
本でも読んでいるのかと気になり、布団から少し顔をのぞかせると、
「私としては、このままずっと帽子屋領に滞在してほしいのだがね」
「……あ!」
ガバッと起き上がる。
帽子屋さんは、ノートをめくっていた。私の紅茶研究ノートだ!
「ふむ。『茶園の改植計画』か。実に興味深い。
何なら、君が仕切るように取りはからっても――」
「よ、読まないでくださいよ!私のノート!」
日記を読まれたようで気恥ずかしく、手を伸ばして取ろうとする。
でも、帽子屋さんはフッと私をかわし、笑ってページをめくる。そして私に、
「君は確かな才能を有している。しかもそれにおごることなく、研究熱心だ。
何より紅茶を愛している。出来れば帽子屋領にこれからもいてほしい」
……お茶会で失望されて終わり、と思いきや、逆にすっかり気に入られたらしい。
「駄目ですよ。帰りますから!」
「あんな先の無い、辛気くさい領土にいるより、ここの方が遥かに才能を開花させ、
高みを目指せる。そうは思わないか?」
墓守領に先が無い、なんて失礼な!
「思いません!いい加減、ノートを読むのは……!それと、私の紅茶は?」
「君の紅茶?」
ノートを取り戻そうとする私をかわしながら、帽子屋さんは言う。
「ええ。お茶会のとき淹れた紅茶の缶ですよ!返してください!!」
すると帽子屋さんは声を上げて、笑った。
「ああ、私が資金を出して作った紅茶で、君が勝手にブレンドし、所有権まで主張
している茶葉か。安心しなさい。私一人で楽しませてもらっているよ」
「な……っ!!」
全部自分で飲むつもりだったのに!力作だったのに!
「ば、馬鹿馬鹿!何てことを!!」
カフェイン禁断症状の不安定さもあって、本気で怒って帽子屋さんを叩こうとし、
「あ、あいたたた……」
頭を抱え、うずくまる。急に動いたせいで、激しい頭痛が来たらしい。
「ほら、無理をしないで寝ていなさい」
「……うう……」
敵に気遣われ、泣く泣くベッドの中に戻った。

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