続き→ トップへ 小説目次へ ■ブラッドの女性遍歴 まあ他人のプライベートだったので、自分の中でもあまり触れることはなかった。 けど、私が最初にこのお屋敷に来たときから、ブラッドにはすでに『女』がいた。 最初にいたのは私が密かに『夜の蝶夫人』と呼んでいた女性だ。 宝石を散らした黒のドレスが似合い、その細面は冷たいほどに美しかった。 高級バーで物憂げにグラスを傾けていそうな夜の蝶。 ブラッドと並んで歩く姿は絵になるほど優美で、遠くからうっとりとため息をついたのは私だけではなかったはずだ。 でも、これといって接点の無い人だった。 何というか遊郭の大夫(だゆう)のような雰囲気があり、下々の者は目に入れない、という感じ。 もしかすると本当にそういう仕事の人だったのかもしれない。 彼女は空気のように私や使用人さんを無視した。 使用人さんたちは何とか彼女の顔色を読もうと奴隷のごとく従っていたものだ。 でもほどなくして、飽きっぽいブラッドは夜の蝶夫人と別れたようだ。 冷たい人だったけど、悪い人でもなかった。 元気に(?)お仕事をしているといいな。 その次は、ゴスロリ服の似合う天然小悪魔美少女。 そりゃもう天然。そして小悪魔。 文字通りだった。 ケーキを持ってきてと命令し、ケーキを持ってきたら、それを使用人にぶつけ、困惑する様をケラケラ笑う。 一回だけなら苦笑いで何とか押さえるけど、小悪魔嬢は毎時間そんな調子だ。 あの服買ってきてこの宝石が欲しいと、皆を無駄な買い物に走らせ、手に入れたものをさっさと捨てる。 問題は、そんな邪悪ささえ彼女の魅力であり、抱きしめたくなるほど可愛いところだった。 その可愛さと奔放なワガママは、ブラッドには目新しくて面白かったらしい。 エリオットでさえ青筋立てる浪費を涼しい顔で許してやっていた。 でも彼女が出入りしていたとき、屋敷中が彼女に振り回され、たまったものではなかった。 ちなみにそのとき(個人的に)緑茶普及キャンペーン中だった私は、ここぞとばかりに 疲れた皆に緑茶と和菓子をふるまい……和菓子だけがたいそう喜ばれ、かなり傷ついた。 そして、そのうちに年齢が近そうなので、私はお友達になれるかなと期待するようになった。 あるときとっておきの伊勢茶と、使用人さんたちに評判が良かった練り切りという可愛い和菓子を持ってあいさつにいったことがある。 ええと、一口飲むなり彼女は茶を私の顔に投げつけ――伊勢茶の適温は五十度くらい なので幸い火傷はしなかったけど――和菓子は窓から捨てられ、『余所者の女に こんな不味いものを食べさせられた』と言いふらされた。 ちょっと泣いた。 使用人さんたちにずいぶん慰められた。 彼女は周囲に私のことを悪し様に伝えるばかりか、なんと、私を始末してほしいとブラッドに言いに行ったらしい。 でもなぜかその直後に、彼女は荷物と大量の服を全部残していなくなった。 わがままが通らなくて出て行ったのだろうか。 皆はホッとして、そのうち彼女のことを忘れてしまった。 今のところ私は始末されていない。 最近のお気に入りはミンクの毛皮が似合うゴージャスな金髪美女だった。 かかとは大丈夫かと心配になるほど高いヒールを履き、その胸とお尻のサイズときたら、同性の私までをも魅了するレベルだった。 歩くときはお尻を揺らす完璧なモンローウォーク。 胸を揺らしてブラッドと並んで歩くさまは、今までのどの女性より『情婦』という言葉がふさわしかった。 ただ、身体も凶悪だけど性格も凶悪だった。 小悪魔嬢などマシなレベルで、彼女はすぐ銃を持ち出すのだ。 でもボスの女なので誰も何も言えない。 使用人さんが彼女の機嫌を損ね、悪し様に罵られ、殺されはしないものの腕や足を撃たれるところを何度か見た。 私が撃たれては、とエリオット、双子君や使用人さんたちには、ボスの女に近づかないでほしいと言われていた。 もちろん私もそれを守った。 でも一度だけすれ違ったとき、撃たれこそしなかったものの、うっかり私が落とした 特級の京番茶を……踏みやがった恨みは一生忘れねえからな。 コホン。でもブラッドは性格がどうだろうと、いやあの性格だから?彼女が気に入っていたようだ。 一度彼女がブラッドの部屋に入ると立ち入り禁止になる時間帯が長くて、この間なんか 最長記録を更新し、確か……コホン、品がございませんでした。 ともかく使用人さんたちには疲れる時間が続いていたのでした。 2/4 続き→ トップへ 小説目次へ |