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■ダイヤの国のお茶会・中

何か全身が重い。足がガクガクして、立っていられない。
そういえば、前にベッドで寝たのって、何十時間帯前だっけ……?
疲労に加えて栄養不良、そして急性カフェイン中毒か。
さっきまで普通……でもないけど、行動できたのに、一気に疲れが来たらしい。
「す、すみません。気が抜けちゃって……」
「しっかりして下さい〜」
「お茶会で甘い物を、少しでも取った方がいいですよ〜」
両側から支えられ、何とかうなずく。顔は真っ青なんだろうな。
「でも、それに、そのお洋服じゃ出られませんよ〜」
急に、困った声で言われた。見下ろすと、私の服に大きな紅茶のシミが……。
あ。そういえばさっき、紅茶を服にこぼしたんだっけ。うう、思い出したら冷たい!
「どうします〜?今さら替えの服なんて〜」
「エプロンを着けてごまかしましょう〜」
周囲の人たちはさっさと決め、勝手にエプロンが着けられる。
「これで目立たないですね〜。じゃ、行きましょう〜」
「ナノさん、頑張って下さい。足を動かして〜」
「はい……」
監視役のメイドさんたちに支えられ、ヨロヨロ歩き出した。
そしてフッと、ナノブランドの紅茶缶を思い出す。
あれを部屋に持って行きたい。というか、自分で持っていたいー!
慌てて振り向くと、
「大丈夫です。あたしたちがお持ちしますから〜」
とメイドさんの一人が、私の紅茶缶を大事そうに持ち、言ってくれた。
「はい、お願いしますね」
そして私は、お茶会に出発したのだった。

…………

以前見たとき、荒れていた庭園はきれいに整備されている。
そしてその一角にお茶会の席が設けられていた。
出席者は帽子屋さんにエリオット、あと双子君、それに私。
本当に小規模なお茶会みたいだ。
周りを、使用人さんメイドさんが囲み、緊張した面持ちだ。
そして首座に座る帽子屋さんは顔を上げ、
「さて、今回はうまくやってくれたかな。私を満足させる茶葉が作れないようでは、
帽子屋ファミリーを名乗る資格など……」
そこで言葉を止める。
少し沈黙があり、こちらに、
「大丈夫か、お嬢さん?」
「はあ……まあ……」
大丈夫に見えたらすごいかもですね。

私は今、ぐったりと椅子に腰かけ、汗をかき、身体をちょっとブルブルさせている。
視界がグルグルし、テーブルの上のものさえ、まともに見られない。
「お姉さん、大丈夫?外で寝過ぎて風邪をひいたの?」
「いつもみたいに、草むらで横になったら?」
「けっ!見るだけでニンジンケーキが不味くなるぜ。
なあブラッド。こんな奴、追い出して、俺らだけでお茶会をしようぜ!」
「おまえたちは黙っていろ」
帽子屋さんの低い声で、一同はピタリと黙る。
そして芝生を靴が踏む音がし、誰かが私の顔をのぞきこんだ。
耳元で帽子屋さんの声がする。
「やれやれ、楽しいお茶会に、とんだアクシデントだな。
お嬢さん、お茶会は中止しよう。紅茶は下げさせる」
「え……?」
顔を上げる。帽子屋さんの顔が目の前にあった。
「いえ、私は作業所に戻って休んでいます。ですから、紅茶は皆さんで……」
だけど帽子屋さんは、眉をひそめ、
「約束しただろう?お茶会で私に紅茶を淹れてくれると。
肝心の君が紅茶を淹れられないのなら、意味はない。お茶会は中止する!」
最後の言葉は、この場の全員に告げたものだ。
「そんな……!」
でも部下さんたちは、ボスの気まぐれに慣れている。
ごく普通に、片付けの動きに入ろうとしていた。
でも私は平静じゃいられない。
――あれだけ、直前まで皆で頑張って、試飲を重ねたのに。
中止になったら、準備だってまた最初から――。

「ダメ!それはダメです!」

背を向ける帽子屋さんに思わずすがる。うう、急に動いたから、めまいが……。
「おい!ブラッドに馴れ馴れしい真似をしてんじゃねえよ!」
早くも銃を取り出すエリオット。でもそれどころじゃあない。
――皆さんが頑張って作った紅茶なんです。絶対に飲んでもらわないと……!
と、私は帽子屋さんにすがるように立ち上がる。
「わっ!」
フラつきかけたのを、帽子屋さんに支えられた。
帽子屋さんの腕の中にまともに抱かれ、恥ずかしくて、顔が赤くなる。
「お嬢さん。今の君の体調では無理だ。医師を呼ぶから、部屋に――」
でも私はキッと、帽子屋さんを見上げた。
「でも帽子屋さんは仰ったでしょう!
『一流の職人は、どんな状況下にあっても、己の役割を遂行するもの』だって」
「だがあれは……」
「座って下さい。紅茶を淹れますから!」
何とか自分だけの力で立ち、帽子屋さんを席に押しやる。
……て、キリッと言ってはみたものの。実際にはフラついて今にも気絶しそう。
よろめきつつ、テーブルの上の紅茶缶に手を伸ばし、引き寄せた。
――ん?『ダージリンナノ』?
これ、私のブランドじゃないですか。
何で試飲に出す紅茶缶に混ざってんです。場違いな。
すると席に戻った帽子屋さんが、
「ふむ。それを淹れてくれるのか?楽しみだ」
「え?いえ、これは……」
モゴモゴ言ってると、
「うるせえな!とっととしろよ!」
また銃を撃ちそうなエリオット。仕方ない。
他の紅茶缶を取る体力さえ惜しいし、これを淹れよう。
――あとは、最後まで倒れませんように……。
と、紅茶缶を開けかけ、ふと自分の服を見下ろす。
さっき冷めた紅茶をこぼし、汚れた服はエプロンでカバーされていた。
そこらにあったものを、急いで私につけてくれたんだろう。
ホコリの無い、新品の……黒のエプロン。

「…………!」

私はゆっくりと紅茶缶をテーブルに置く。

そして、エプロンをパンッとはらう。
軽くはたいた音が、庭園にやけに大きく響いた。

そして私はゆっくりと顔を上げた。
するとなぜか、その場にいた人全員が、ハッとしたように私を見た。

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