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■ダイヤの国のお茶会・上


抗争の多いダイヤの国。そこでは紅茶の流通が滞り、国全体が紅茶不足だった。
……えーと、紅茶を備蓄している領土もあったけど、しごく不幸な事件により、
そこも紅茶不足となってしまったらしい。
そこで新興勢力の帽子屋ファミリーは、ボスの趣味と実益を兼ね、独自の紅茶作りを
開始した。
でも紅茶作りを始めたばかりなだけあって、未だに味は散々。今回行われるお茶会は
表向き、入荷した紅茶がメインだけど、試飲会を兼ねているそうだ。


「ナノさん、ナノさん……」
誰かが、遠くから呼んでいる。
「ナノ、起きて下さいよ〜」
「……っ!」
何度か呼ばれ、揺さぶられ、ハッと顔を上げる。
ここは紅茶製作の作業所だ。
どうやらテーブルに突っ伏して眠っていたらしい。
テーブルには、眠る前に飲み比べていた最終調整版の紅茶がずらーり。
周囲には紅茶製作班の使用人さん、メイドさん。
あと監視役のお二人もいて、みんなが私を囲んでいた。私はお二人に慌てて、
「わ、私、どのくらい眠っていました!?」
「一時間帯くらいです〜。本当はもっと寝かしてさしあげたいんですが……」
申し訳なさそうに言われた。そう、お茶会が始まるのだ。
そういうわけで、ボスに飲んでいただく紅茶を、直前の直前までテストしていた。
でも皆さんは不安そう。
「大丈夫ですよ。あれだけ皆でがんばったんですし……」
私は、頭をスッキリさせるため何口か飲もうと、ティーカップを取り……
「わっ!」
『ナノさん!』
疲労がたまっていたのか、手が滑り、紅茶を服にマトモこぼしてしまう。
「だ、大丈夫ですよ。冷めてますから……」
いただいたタオルで、濡れた箇所を拭き、ついでに冷めた紅茶の味もチェックする。
「で、それよりも、どの紅茶を出しますか?結論は出ました?」
最後に決めるのは、紅茶担当の使用人さんやメイドさんたちでなくては。
「だいたいは〜。参考にうかがいますが、ナノさんのお見立てはどうですか〜?」
使用人さんの一人が、緊張した口調で聞いてきた。私はうなずき、
「ストレートはダージリン・セカンドフラッシュの一本勝負でいいと思います。
ブレンドは3番と27番と48番、それに68番。それから――」
何種類か、ブレンドを上げる。みんなで試作に試作を重ねた厳選紅茶だ。
すると、使用人さん、メイドさんの雰囲気がフッとやわらかくなった。
「あたしたちも〜、それがいいと思ってたんです〜」
「意見がピッタリ一致しましたね〜。では、茶葉の準備をしましょう〜」
するとさすが本職。
全員がスッと動き出し、茶葉を紅茶缶に詰め始める。
目の前で片付けが始まり、お茶会に出撃する準備が整っていった。
あとは天の采配……じゃない、気むずかしいボスの評価を仰ぐだけだ。
私はホッとして、全身の力が抜け、椅子に座り込んだ。
あー、もう。お茶会が終わったら、お仕事じゃない紅茶を好きに飲みたいですねえ。
そしてフッと思いつく。
――あ、そうだー。片付けが終わる前に……。
「あの、皆さん。今ちょっと、私だけのブレンドを作ってもいいですか?」
すると皆さん、私に笑顔でうなずき、
「ええ〜、もちろんですよ〜」
「どうぞ、どうぞ〜」
さすがにお茶会が終われば、ここまで作業所に詰めることはなくなるでしょう。
というか、いい加減、墓守領に帰りたいし。
バイト料代わりじゃないけど、せっかくこうして、目の前に大量の紅茶葉がある。
最初から最後までナノさんの選んだ『ナノブランド』も少しくらい欲しい。
「あ、どうもですー」
空の紅茶缶を頂いた。
私はテイスティングに使っていた紅茶葉の袋を何種か開け、味の記憶を頼りに好き
勝手にブレンドしていく。
それから、フタをしっかり閉め、密封。ペンでキュッキュとラベルを書いた。
「それは、何なんですか〜、ナノさん〜」
監視役のメイドさんたちは、片付けを手伝いながら興味津々。
「『ダージリンナノ』!茶園で採れた最上級のフラワリー・オレンジ・ペコーを
惜しみなく使い、それでいて妥協はない。私の最高のブレンドです」
……何つって。適当に混ぜただけだし。プロのブレンダーじゃないんだから。
『おお〜』
最近、めっきり仲良くなった監視役のメイドさんたち。拍手までしてくれる。
「いいですね〜。ナノさんが配合されたなら、失敗はないですよ〜」
「ナノさんのブレンドなら、俺たちも後でいただきたいですね〜」
作業中の皆さんまで、えらく好意的だなあ。まだ淹れてもいないのに。
今更だけど余所者は好かれるっていうから、それが効いてきたんですかね。
でも誰にもあげない〜♪お茶会が終わったら、これは私一人で楽しむんです〜♪
とか思っていると、作業所の入り口に誰かが走ってきた。使用人さんだ。
「ナノさん〜、お茶会です〜、皆さんがお待ちですよ〜」
「え……ああ!」
ヤバイ!すっかり裏方気分だったけど、参加者側でした。
私は椅子から立ち上がろうとし――
『ナノさん!』
……ヤバイ。倒れかけて監視役のメイドさんたちに支えられた。

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