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■ゴロ寝した話

空が青い。曇ってあんなに真っ白だったんだなーと、今さら発見。
「…………」
私はボケーッと草むらに横たわっている。
チラッと監視役のメイドさんを見、起きようとすると、
「寝て下さい〜!何もしないで下さい〜!」
「いいから、休んで下さい〜!倒れたいんですか〜!」
ギロっと睨まれた。そんなつもりはないのに、働き過ぎだと連れ出された。
でもカフェイン漬けで、眠気なんてこれっぽっちもないんだけど。
なので目を閉じて、膨大な量の紅茶のデータを整理する。

お茶会まで本当に間がなくなった。ボスにお出しする紅茶の選定も佳境だ。
作業所の使用人さんメイドさんたちと遅くまで紅茶を淹れまくり、ボスにお出しする
ブレンドのアイデアを出し合う。
彼ら彼女らが帰ってから、私はさらに一人で研究。
ベッドで寝ることも少なくなり、食事も取らない。
たまに急性カフェイン中毒で倒れそうになる。
監視役のお二人は、ずいぶんうるさくなった。今や雑用兼、健康管理係と化し、
こうして私を青空の下に引きずり出すという、鬼のようなことをしてくれる。
でも。屋敷にも戻らない、見かけても草の上で昼寝、となると世間の評価は……、
「兄弟。お姉さんがゴロ寝してるよ。仕事もしないで昼寝なんてうらやましいね」
「僕らも尊い労働に従事せず、草むらで寝転びたいよね、兄弟」
嫌味だか素直な感想だか分からないことを言い、斧使いの双子が通り過ぎていく。
「おい、おまえ!客だからって、サボって遊んでんじゃねえよ!!」
エリオットは忌々しそうに吐き捨て、大股で去って行った。
かと思うと別のメイドさんが、監視役のメイドさんに、
「あら〜。呑気に休めるなんて、あなたたち、いいわね〜」
「余所者のお昼寝の見張り〜?あ〜あ、こっちは忙しいのに、気楽ね〜」
顔無しさんの間にも人間関係あるのかな、あるんだろうなー。
「撃っちゃいたいですね〜」
「撃っちゃいましょうか〜」
監視役のメイドさんお二人は、不穏なことを話しておられる。
私は寝転びながら、薄目を開け、
「誰かに監視役を代わってもらうとか、そういうのは出来るんですか?」
思えば私の雑用で、ずいぶんコキ使っている気がする。
この世界の住人らしく、彼女らもドンパチが好きだし、ストレスがたまってるんじゃ
なかろうか。ずっと私の監視役なんて気の毒だ。すると二人は私に、
「違いますよ〜。あなたの監視……いえ、見守るのは嫌いじゃないです〜」
「あなたが遊んでる、みたいに誤解されてるのが悔しいんですよ〜」
……何で彼女たちが悔しがるんだろう。
それはともかく。私はちょっと沈黙し、
「誤解じゃ無いかもしれませんよ?失敗したら、お仕事もお昼寝も同じになります」
本番で、ボスが、お客様が満足してくれなければ、全てが無駄になる。
私だって、もっと頭が良ければ、もっと効率的に動けた。
「あのスピードじゃ、遊んでいるのと同じです」
と呟くと、

「私はそうは思わないがね」

「……!!」

ちょっと驚いて、上半身だけを起こした。
監視役のお二人は、すでに背筋を伸ばし、ビシッと控えている。
私は、草むらの上に座る格好になり、かたわらのマフィアのボスを見上げた。
帽子屋さんは相変わらず涼しげなお顔で、
「失敗は成功の母だ。私は君の努力を――」
「努力されてるのは、あなたの忠実な部下さんたちです。
私は紅茶を淹れるのが面倒くさくて、ずーっとここでお昼寝をしてました。
もう暇で暇で、寝るくらいしか、することがなくて!」
慌ててそう言うと、のびをして、大あくびするフリ。
すると帽子屋さんは、笑って、言った。
「なら不真面目で遊んでばかりの、優秀な諜報員君を助けよう。
作業場で、『特に』紅茶作りに身が入らない者に、心当たりはあるか?」
「…………」
テイスティングの出来と、作業所のメンバーを頭の中で組み合わせる。
そして何人かの名前を確定させた。
でも、言っていいだろうか。ここの人だろうと、街の人だろうと生活があるはず。
私一人の告発で、彼ら彼女らが職を失することになれば……。
けど、いい紅茶を作りたいという思いも本当。だけど……どうしよう。
「答えなさい。ナノ」
またビクッと背筋がすくむ。
「――班の……さんと、――班の……、……という人。それから――」
渋々と何人か上げた。帽子屋さんはうなずいて聞いてるだけ。
「その人たちは、真面目に作業をしているように見えても、形だけです。
どうしてか、妙に周囲に気が散っているみたいだし、仕上がりの出来も甘いです」
でも、その……私の見方が悪いだけかも。自信ないなあ。
帽子屋さんは私の表情を読んだのか、微笑んだ。
「ああ、もちろん君だけで無く、使用人たちの意見も聞くから安心したまえ。
彼らに何も無ければ復帰させるし、紅茶作りが向いていないようなら、もっと
適した別の仕事を斡旋(あっせん)しよう」
私はホッとして、胸をなで下ろした。帽子屋さんは、
「そう。もっと適した、別の仕事をね……」
なぜかそう繰り返し、一人で笑っていた。

…………

それからすぐに、私が名前をあげた人たちがいなくなった。
復帰もないみたいだった。
そして申し訳なかったけど、紅茶の出来が少しだけ良くなった。
きっといなくなった人たちは、別の職場を紹介されたんだろう。
私は帽子屋さんの采配に感謝し、いなくなった人たちを忘れることにした。

その後、少し経って、作業所で茶葉の鑑定をしていると。
メイドさんの一人が私にヒソヒソ声で話しかけてきた。
「ナノ、諜報員を見つけたんですって〜?すごいですね〜!」
「……は?」
突拍子もないことを言われ、顔を上げる。
火の無いところに……とは言うけど何ですか、それは。
「噂だけどね〜。ボスがナノさんを、すごく褒めてたらしいですよ〜」
「はあ?何もしてませんよ。第一、諜報員が諜報員を捕まえて、どうするんです」
「あ。そ、それもそうよね〜。どうしてそんな噂が立ったんでしょう〜?」
メイドさんも困った風に首をかしげたので、私はもっと分からない。

とにかく噂はそれ以上広がることなく、エリオットの態度もあまり変わらないので、
ついに噂の真相は分からずじまいだった。


そして、お茶会の時間帯が来た。

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